第8話 お肉って美味しいね
その場所は10人が座れるテーブル席で、数人の大人達が空席を1つは挟んで同席しており、おのおのが無言で食事をしていた。
私がぱっと見た感じでは、見た目3人のおじちゃん、2人のおばちゃんが同席してる。
ここに座っている人達は、全員緑色に染まった衣服を着ているから、みんな上級農奴の身分だ。
「ここに座って食べてもいいですか」
先にこの場に座って食事している大人達に、念のため聞いておく。目上の人を立てて最初に伺うのも後々争いごとをさける為にも必要な事なんだよね。
それぞれの大人達が頷いてくれたので問題なさそうだ。
それではと、その席のテーブルにまずトレイを置いてから、空いている椅子の座面に、ウンショ、ウンショ、と両手と足を使ってよじ登るようにしてから腰掛ける。8歳児にしては、少し小柄なのも原因の1つだけど、大人達の座る椅子は子供が腰掛けるには座面が高くて、座るまで少し面倒なんだよ。
周囲の聴衆からはクスクスと笑い声が聞こえるが、そういう状況にはもう慣れたので無視する。
(さあ、久々の朝食だよ)
(朝食を食べた後で、朝の件を検証する時間もとりたい、それに…)
(『神のシステム』で自分の状態を確認しなきゃ)
(なんだか、色々あって忙しいそうだよ)
(さっさと食べちゃわないとね)
目の前の朝食をいただく前に、本当は手を合わせて神様にお祈りしたいけど、ここですると、周りから煙たがられるから、瞑想も簡略化してこころの内にイメージした神様にお祈りするのに留めた。
(永劫の時を巡り、世界をあまねく照らす全能なる至高の神よ)
(日々の恵みに感謝を捧げ、いただきます)
(さあ、食べよう)
ここの農奴達御用達の食堂には、スプーンもなければフォークもナイフもない。
すべて手掴みで食べる。
手洗いの水差しも用意してないから、食べ終わったら指を舐めて綺麗にする。
食べ終えた給食トレーは、残飯はゴミ箱に捨てて返却口に返す。
それがここを利用する際の食事のマナー。
ときたま、料理が空中を飛び交うのも、給食トレーで殴られるのも、後ろからいきなり給食トレーに顔を押し付けられ料理に顔を埋めるのも、すべてここの流儀で許される。
それがここ農奴達御用達である食堂のルールらしい。
孤児院にいたときは、手掴みが当たり前だったけど、7歳の洗礼式を終えてから王宮で徹底的に1年間礼儀作法を指導されたから、ここに来た当初は、あまりのギャップに言葉が出てこなかったけど、今はもうすっかりここのルールに馴染んでしまった。
もう当たり前のように、両手を使って手掴みでむしゃむしゃ食べている。周りで珍しそうに見ている大人達の視線も全く気づかずに、目の前にある料理に舌鼓を打つ。
(おいし────い)
(ちゃんと食べても苦くない)
(この牛乳スープも普通に調理した味だ、美味しい)
(野菜を煮込んで出てきた旨みを活かしていて、泥水じゃ味わえない旨さがある)
私は好き嫌いがもともと無いけど、ここに来てからは、出された料理は味が苦くても、酸っぱくても腐っていてもなんでも食べた。ここしばらくは、人が作る料理の味から遠ざかっていたから、なおのこと、美味しく感じてしまう。
(暖かい料理を食べれるだけで、もう幸せ)
ここに来てから、食堂の食事が食べれない日には、毎日そこらへんにある草や花や木の実や昆虫を食べて凌いでいたから、ことさら、感動して涙が溢れてきてしまう。そのせいで【悪食】スキルが発現して悪食レベルだけがどんどん成長していくから、其の辺の物をつかんで食べる時は、余計に悲しくなって泣けてしまうんだ。
毒耐性のスキルはもっていないけど、私は魔力が異常に高いから、胃袋に収まった物は体内の強い魔力に染まって無毒化されるみたいで、多分このままいくと近いうちに【毒耐性】も発現しそうな予感がする。
(肉が1切れしかないや)
(しっかり噛んで味わって食べなきゃ)
(でも、肉なんて1週間ぶりだからね)
(どれどれ、なかなか噛みごたえのある肉だね)
(このお肉のガチガチした噛みごたえある食感がたまらないかも)
平気そうに魔物肉にかぶりつくようにガツガツ食べているけど、魔物肉は大抵穢れた魔素で汚染されているから、本当は注意して食べなきゃ駄目なんだ。
でも、人が調理した料理に飢えていた私にとっては、そんなの知ったこっちゃない。
人間の胃袋は汚染肉でも消化できるけど、吸収した穢れた魔素は人体に有害なのは、知ってるけどさ。
【魔素耐性】レベル30の才能持ちだから、魔素の味が薄い魔物肉ぐらい全然平気なんだ。
でも、普通の人は、魔物肉を食べて汚染された身体を頬っておくと、肌が黒ずんだりしてきて、最終的には死に至るから、各々が持つ魔素抵抗力を上回る食べ方をしないように、気をつけなきゃいけないから、ちょっと可哀想。
まあ、神殿が毎月最終日に行う
(やっぱ、久しぶりのお肉は最高の味がする)
(噛めば噛むほど魔素の旨みが口の中にしみ出してきて超美味しい)
「ごっくん」と喉をならし至高のお肉を胃袋に収めて一息つくと、私を見つめる大人達の視線にようやく気づく。
(あれれっ…何かな…大人達が呆然と私を見てるけど)
(何か、顔についてるかな)
(はずかしいな、あんまり見ないでほしいのに)
恥ずかしそうに身体を縮めたシルアだったが、その視線はある対象に目が向くと、そのままその対象を注視して視線がそこで止まって動かない。
(あっお肉残してる。あっちの人も残してる)
ここのテーブルに相席してる大人達は、長年の経験から穢れた魔素臭を嗅ぎ分け、魔物肉を避けて食べており、ほとんど料理された魔物肉に手を出していないようだ。
(お肉残してるのなら、貰えないかな)
(ジーっと見つめてたら、お肉くれるかも)
(駄目で元々、何事も挑戦だよ)
(お肉欲しいよ、お肉ほしいよ)
(届いて!この私の熱い思い!)
物欲しそうに、大人達のトレーに残しているお肉を見つめていると、黒い肌をしたおじちゃんが、私の視線に気づいたらしく、魔物肉の塩焼きを無造作に手で掴むと私のトレーに向けて投げてくれた。
そのお肉は、弧を描くように飛んで目標の私の給食トレーの真ん中に、ベチャッ、と音をたてて落ちた。その衝撃で牛乳スープの汁が私の着ているボロ服と顔に少し掛かった。でもそんなの気にしない。
「やるよ。食いな」
「おじちゃん、ありがとう」
(今日はついてるね、うっしっし)
(お肉をただでもらえちゃった)
(やっぱり挑戦してナンボだね)
なんでもまずはやってみたのが正解だった。
さっそく貰った魔物の塩焼きを、右手で豪快に掴んでお口に頬張る。
「ぷぷぷっダルカロは、結婚をする勇気もない半人前の男のはずでしたが、もうおじちゃんって呼ばれる年になったのですね。月日が流れるのは早いものです」
「うるせえ、ノアレア、黙って食え!」
「は─、勇気を振り絞って告白してみれば、このような意気地なしだとは、思いもよりませんでした」
「ノアレア、今は愚痴なんか聞きたくない、いまはメシ食ってんだ、お前はメシ食って口を閉じてろ」
見かねて、テーブルに同席している女性が2人の恋人同士の争いに待ったをかける。
「はいはい、喧嘩したあとは、どうせ、仲直りするのでしょう」
「2人でイチャつくのは、月明かりの下で密会でもなんでもなさいませ」
「食事をしながら事を成すのは、子供の成長に悪影響を与えますから、この場ではお止めくださいませ」
「「しねえよ」」
「「しないわよ」」
2人の恋人同士は顔を赤く染め上げて反論した。
(あ~、しあわせ~)
もぐもぐと魔物肉を何度も噛み締めて、口の中に広がる魔素味のハーモニーの余韻に浸るシルアは、周りの騒々しい雰囲気を気にせずに、蕩けそうな至福の表情を浮かべたまま、小さな幸福の余韻に浸るのであった。
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