第7話 食堂へ行こう

(ここまで来れば、大丈夫だろう)

(さっきは本当にヒヤヒヤしたよ) 


 なんとか朝早くからトラブルの予感を未然に回避した私は、念願の食堂に、ようやく足を踏み入れた。


 ここは、大農場に送られてきた当初から通いつめてる配給はいきゅう食堂。


 私の行きつけのお店で、ここには顔見知りが働いてるんだ。


 食べれる料理は、勿論もちろん無料で、ここは農奴達のいこいの場所。


 ここの食堂の特徴は、配給される料理の品数が多いこと。


 だから、農奴達の間では結構評判になっている。


 店内を見渡すと、年季のある使い古された机や椅子が所狭しと無造作に配置されていて、結構多くの大人達がそれぞれのテーブルに腰掛けて仲間内で談笑してるのを目にした。


 店内は、まだ混雑してないみたいで、十分座れる席が残っている。


(お─、嬉しっ、今日はちゃんと座れそう)


 こういう場所は、王都には無かったけど、ここではこんな仕組みのお店が結構あるんだ。


 なんでもここの大農場は、公爵家からの資金援助を受けているようで、貴族社会の流行となりつつある食材をいち早く生産にぎ着ける為に、専用の食材研究施設まであるんだって。


 やっぱ、こんだけの規模の農場を経営しようとするなら、バックが居ないと無理だよね。


 その食材研究施設で生産開発に成功した流行りの流行食材なんかを、大量に生産する食材の一台拠点の1つが、ここの大農場だって、前に教えて貰った。


 公爵家から資金が毎月注ぎ込まれて行くだけあって、ここでは食料生産に可也かなり力を入れているみたい。


 まあ、そんな中で、私のような大勢の農奴達が年中無休と無報酬でこき使われてるんだ。


 お給金が貰えないんだから、無料の配給食堂が無いと私達は生きていけないし、大人数の農奴がこの大農場で住み込みで働いているんだから、こういう施設が絶対必要だと思うんだけど……。


 今はさ、その施設の数が全く足りていないのが実情で、配給食堂の数と農奴の数がまったく釣り合っていないから、もっと配給食堂の数を増やして欲しいって切実に思うんだ。


 農奴階級が最も低い最底辺の私なんかだと、配給を勝ち取った回数が1ヶ月もいて両手で足りる回数しかないから、これは私にとっても死活問題なんだよね。


 だから、本当、何とかして欲しいんだけど、ここの支配者階級さん達には、そんな意思は無いみたい。


 ここではさ、農奴は壊れても取り返しが効く、安い消耗品のような価値位にしか見られていないと思う。


 何でかって言うと、毎日、長い隊列の奴隷馬車に揺られて、多くの奴隷達がこの地に送られて来てるから。


 どうやら、壊れやすい農奴の数が少なくなったら、その都度補充すれば大丈夫だと考える奴隷商人達が、ここを管理する一族に引っ切り無しに売り込みをけているらしくて。

 

 そこで買い取られた奴隷達は、また、弱肉強食がまかり通る理不尽りふじんな檻の中に押し込まれていくんだ。


 そんな中で、力が弱い農奴達は、弱肉強食の戦いに敗れると、過酷かこく生涯しょうがいをこの地で終えるの。


 こんな状況にうんざりするけど、これが現実。 


 日々農奴達が飢えて死んで逝くような、そんな殺伐さつばつとした場所だから、少し配給の並ぶ時間が遅れるだけで、ここの食堂は農奴達の生死を賭けた戦場の場へと舞台が変えるんだ。


 そんな戦場の激戦地のように舞台が変わる食堂は、いまはまだ、戦場の殺伐さつばつとした空気が微塵みじんも感じられない。


 この時刻では日が明けてから、まだ早すぎたようで、戦端がまだ開かれていないみたい。


(今日は、久しぶりに朝食にありつけそうだよ)

(毎日こんなに朝早くに起きられないから)

(今日はホント、得した気分)


 日常と違って見える周りの景色に少し戸惑うが、木製の給食トレーを手に取ると配給待ちの順番待ちの列に並ぶ。整然と規則正しく動いていく人の流れにちょっと感動してしまった。


 いつもだったら、順番待ちで並んでいてら、周りは騒がしいし、ちょっかいを掛けられたり蹴られて列から追い出されることがよくあった。


 でも、今の時間帯は、そんな暴力を振るう大人達は見当たらない。


 並ぶ時間帯が違うだけで、信じられないほど、配給の列がスムーズに進む。


 待ち時間を有効に使おうと、配膳の順番がくるまでの間に、視線を向けて空いていて座れそうなスペースを探してみた。


(あっちのスペースが空いてるね)

(座る席は、あそこの端の席に座ろう)


 今の時間帯は、緑色で染められたぼろ服を着た農奴達が半数と、青色で染められた比較的小奇麗な農奴服を着た農奴達で座る席が占められているようだ。


 簡単に説明すると、青色が管理官待遇たいぐう農奴、緑色が上級農奴、灰色が新人農奴となる。


 私と同じ灰色の色で染められた服の人は、今はいないようだ。

 まあ、それも仕方がないと思う。

 新人農奴は、本当の消耗品としか見られていないんだもん。


 新人研修とは名ばかりの強制労働で疲れ果てた身体は、何よりも睡眠を欲していて、この時間帯に起きるのが大変なのは、誰よりも私が一番よく知っている。


 ここの農奴達は、階級があがるほど、楽が出来る仕組みになってるんだ。

 階級が上がるまで、生きていられるかが、勝負の分かれ道になる。

 まだわたしは、ここに来て1ヶ月のペーペー。

 なので、解らないルールが沢山あるんだ。

 もう、毎日生き残ることに必死でさ。

 まだ、力の抜き加減が良く解らない。

 要領よくしていくのが今後の課題かな。


 おっと、御免ね、ようやく配給の順番がまわって来たみたい。


 配給の順番が回ってくると、差し出した木製給食トレーに、配給当番が慣れた手つきでパパッと料理の品を盛り付けていく。


 今日の朝食は、パン・ド・アスバールが1個、魔物肉の塩焼き、ぽる豆の炒め物、牛乳と野菜の煮込みスープのようだ。ウキウキした気分で盛り付け終わるのを待ってると、配給当番の体格のしっかりした顔見知りのおじさんが盛りつけの作業をしながら話しかけてきた。


「おはよう。嬢ちゃん、今日は随分と早起きだし顔色もいいな」

(え~と、顔見知りなんだけど、名前がすぐに出てこないよ)

(ダヒルさん…ダモロさん…ダギルさん、そうよ、正解はコレ!!)

「おはようございます。……え~と…ダギルさん」

「ダハルだよ。しっかり覚えて、しっかり食べて、しっかり働きな」

(不正解だった……)

「はい、ありがとう」


 配給を終えた私は、こ気味良いテンポで話し終えると、食堂の隅の方のテーブルの席がほとんど埋まっていないのを見定めていたから、そのテーブル席に向けて進んでいく。


 なるべく人の多そうなスペースには警戒をしながら、離れた目的地を目指してテクテクと歩いてると、背後から声を掛けられた。


「おい、新人!!」

(ひゃい!!)

(何よ、もう、ビックリしたじゃない)


 大分驚いた私だけど、すぐにその場で振り返ると、その人物をキッと睨みつけるように凝視した。その人物は草臥くたびれた青色の衣服を着崩して着ているちょいワル親父に見えて、寝相が悪かったのか、くせ毛が目立つ髪型だけど、鼻先のヒゲだけは綺麗に手入れしてるようだ。


「何でしょうか?」


 私はちょいワル親父を睨みつけたまま、短い言葉で問い返す。強気で来る相手には、ここでは引いたら負けなのだ。それが、ここで生き残る為の最低限のルール。私は精一杯のやせ我慢をして虚勢を張る。


(ほんとはブルブル震えて脅えて、その場に座り込みたいくらいビビってるんだけどね)


「向こうへ行くのは止めときな」


 ちょいワル親父は低い声でそう言った。これは警告だろうか?


「え~と……どうしてですか?」


 軽く混乱して突っ立っていると──。


「新人の嬢ちゃんに忠告だ。よく聞きな」

「向こうに空いてる席は、いつも頭の悪い奴らがその周辺に陣取ってる」

「その周辺に座っている奴らも、同じグループだから気をつけな」

「あいつらは、先に座っている奴を見かけたら、そいつを大勢で餌食えじきにするんだ」

「そうなりたくないなら、悪いことは言わない」

「あの方面には近づかないほうがいいぜ」


 その忠告を聞いた私は、もし、この男性が話してくれなかったらと思うとゾッと身震いしそうになる。この人は親切な人だ。この人に対する好感度がぐいぐい上昇していく。もう少しで父親認定してあげてもいいかもしれない。


「親切に話してくれて、ありがとう」

「気にするな。誰かが集団で蹴られている中で、まずい飯を食いたくないだけだ」


(謙遜しちゃう感じもポイント高めだよ)

(よ─し、お近づきになれないかな?)


「わかりました。じゃあ、そこの席が空いてますから、隣に座ってもいいですか」


 取って置きの素敵な笑顔を作り込みながら、ツンツンおじちゃん?にお近づきの言葉を掛ける。


「他にも席があるだろ、他に行け」


 釣れない言葉が返ってきた。懐いてみて優しくして仲良くなって甘えて、最終的には私の派閥に入るように仕向ける──『幼女を愛でさせ隊計画』が出だしの初めから頓挫とんざした。

(でも、私は諦めない女の子なの)


「じゃあ、か弱い新人の私に、どこに座ればいいか教えてください」


「向こうの方は、嬢ちゃんみたいに群れるのが嫌いな奴が好んで座ってる。そっちで食ってろ」


 指先でその方向を指して、そう話し終えると、ツンツンおじちゃんは、目線をそらして黙々と食事を食べ始めた。


「ありがとう、やさしいおじちゃん」


 とびっきりの笑顔でお礼を言うとツンツンおじちゃんが教えてくれた場所に向きを変えて進んでいく。私が通り過ぎていくテーブル席から話題にあがって盛り上がっている話が聞こえてきた。


「グレイ様は、おやさしいぜ。ほっときゃいいのによ」

「たしか、あいつ、ガキの為に奴隷堕ちしたって聞いたぜ」

「ガキのくせにもう色目を使いやがる。育てがいがありそうだ」

「あの新人に初めてを教えてやるのは俺だからな」

「おいおい、あんまり怯えるような話しをしてやるな」


(ふ──ん、あのツンツンおじちゃんは、グレイさんって名前なのね)

(覚えとこ!)


 そう思ったシルアだったが、名前を覚えるのが実は苦手で興味のなくなった対象の名前は、すぐにきれいさっぱり忘れてしまうような、さっぱりとした性格をしている。


 余程の強烈な印象がない限り、すぐに記憶の彼方に忘れてしまうようだが、今回の状況だと、多分暫くは覚えているだろう。


(ここが空いてるから、ここに座って食べよう)

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