第5話 朝がきた

 朝明けの鐘の音がかすかに聞こえる。

 その鐘の音で私は目を覚ます。

 朝目覚めると、いつものように魔力奉納と神様へ朝の祈りをすませる。

 いつもの日課を終えた私は、身体の体調の良さに何か不可思議な気持ちになる。


 とても気持ちのいい朝の目覚めなんだけど、何かがおかしいと心に訴えかけるものがある。

 感動するような素晴らしい夢を見た気がするんだけど──。

 周囲が滲んで見えるから、両目を手先で拭うと、両目に溜まっていた涙が頬にまで滴り落ちた。


(寝ながら泣いていたみたい)


 泣いて涙が流したからだろうか、なおさら目覚めがスッキリしたように感じる。

 朝早く目が覚めたから夢の内容を思い返してみるけど……。


(たしか、神様が出てきたような──)

(そうそう、神様といろいろなお話をしていたんだ)

(とっても楽しい夢だったはずだけど……)

(あれっどんなこと話してたっけ?)


 夢の内容が霞みがかったようにおぼろげで、詳しく思い出せない。

 なんだか少しもやもやする。


 けど、夢の内容を振り返るのは後回しにする。


(それより、今日は身体の様子がかなりおかしい……どうして?)

(それも何故か、かなり良い方に──)


 朝の目覚めがとても爽快な気分で、調子が良い。

 昨夜は晩ご飯を抜いて寝たにも関わらず、調子が良い。

 本当に調子が良すぎるように感じてしまう。

 

 最近の私の体調を振り返ると……。


 ここ最近の私は、熱が出ていた。

 だるさが取れない体調で働いていた。

 身体も連日の労働で、疲労もピーク。

 全身筋肉痛になって動くのもやっとだったはず。


 それが、目覚めてみると……。

 

(この間までの体調が、まるで嘘のよう)


 そんな肉体疲労や体調不良は全く感じられない。

 まるで、新品の肉体に交換したかのように思える。


(──夢のお陰なのかな?)


 今日はいままで経験したことが無い位の晴れやかで爽快な気分だ。


「あ──ぁ」と澄みわたるような欠伸をして、大なな背伸びをしてからささっと起き上がる。


 私が軽快に動いたことでガサガサと藁の音がしてしまう。


「すごくスッキリした気分。夢見が良かったのかな」

「でも、それだけじゃ、説明できない」

「神様が私を見かねて、手を差し伸べてくださったのかな」


 周りに寝ている大人達の目と耳を気にして、ぼそぼそと呟く。

 あれほど感じたお腹の空腹感もまったく感じない。

 あまりにも空腹が続きすぎてお腹が麻痺したのか?

 空腹感を感じないお腹をなでていたら、ふと閃いた。


(──あっそうだ。すいぶん朝早く起きれたから、食堂がまだ空いてるかも)


 今日は頭もすこぶる冴えており、思わず、ハッ、とするほどの発想が脳裏に浮かんだ。


(体調のことはまた今度!!)


 突然現れ私を困らせた奇妙な感情を心の奥に放り投げる。


(こっちのほうがもっと大事だもん)


 食欲の欲求に従うようにと、こころの内で即決即断する。


 これは、当然の決断だ。

 今までの毎日を振り返れば、良く解るだろう。


 身体が休養と睡眠を求めるから、どうしても、朝早くは起きれない。

 毎日、朝は食堂に遅れていくと、当然、大人達に殆ど食い尽くされる。

 残っている物と言えば、汚く捨てられた残飯のゴミ。

 残飯のゴミでもいいから漁ろうとすれば、大人達に寄って集って揶揄からかわれ、次第に殴る蹴るの暴行にまでエスカレートしていく。


 それが、ここ毎日の日課だった。

 それに昼は食堂の配給はなく、朝の朝食を逃すと夜まで食べ物を食べる機会が訪れない。


 まだここの大人達は寝静まり熟睡しているようだから、行くなら今しかない。

 今の時間帯に食堂に向かえば、久しぶりの朝食に有りつけそうだ。

 農奴のなかでも最底辺の扱いを受ける新人扱いの私が、調理された料理を味わう機会なんて殆ど無いから、この機会は何が何でも必ず物にしたい。


(よし、食堂に行こう!!)


 そうと決めれば慎重に行動に移していこう。

 この大部屋にまだ寝てる大人達を起こすと後々面倒だ。


(そ~っと、足元に注意しなきゃね)

(藁の中に入り込んで寝てる人もいるから要注意)


 藁の踏みしめる音が小さく鳴るように、ゆっくりと足を進める。


 すると、板壁の隙間から陽の光が差し込む薄暗い室内に、パキパキッ、とこの場では聞きなれない音と同時に、素足に何か鋭いものを踏んだような痛みを覚える感触があった。


「痛たたっ」


 思わずちょっと大きめの声が出てしまって、アッ、と思い慌てて右手で口を覆った。


 足の踏み場を元に戻すと、踏んづけた物を取り除こうと、踏んづけた足元周辺を、両手で触った感触でもって調べていく。


 その物は、私の寝ていた周辺に細かく散乱していた。

 その小さくて軽い物体を手に取り、壁際の板壁から差し込む薄い外の光に掲げて調べてみる。


 すると、それは何かの欠片のように見えた。


(──あれっこれは……玉子の殻??)

(私の寝ていた場所に玉子の殻が沢山散らかってる……)


 よくよく調べてみると、藁の奥から、まだ割れていない普通の大きさの玉子も2個発見した。


(これは、大変だ。やばい気がビンビンする。どうしよう)


 この状況から推測してみると、誰かが私の寝ている近くで茹で玉子を食べて殻を撒き散らしたのか、それとも、誰かが、私を陥れようとしているのかも──。


(こりゃ─、参ったよ)

(昨日はたまごを盗み取る機会なんかなかったよ)

(厳重な監視員達にしっかり監視されていたから、隙なんて無かったはずなのに)

(どういうこと??)


 いまいちこの状況だけでは正解にはたどり着けそうにない。


 誰か見ていた人が近くにいたり、事情を教えてくれそうな人がいないかと思い、辺りを探してみる。


 私の周辺で雑魚寝している大人の女性達は、まだ深い眠りについていた。

 大きないびきをしている女性もいた。

 眺めて見た感じでは、まだ起きそうに見えないけど。


(何でこんな状況なのか、全く理解出来ないけど……)

(私が寝ながら茹で卵を食べたのかもしれないし……)

(もしかしたら、この絶好調の体調も、この茹で卵を食べたからかな)


 私は、両手に持っている玉子をじっくり見つめた。


 そのたまごは、純白のように綺麗な色をして艶もいい。

 明らかに見た目が良く、希少価値がある高そうなたまごである。


(それより、どうしよう……)

(ここいらは私が寝ていた場所だから……)

(これがばれたら大目玉をもらって酷い罰があるんじゃ──)


 ここで言う白い玉子、それは、そもそも高級食材であり、庶民には入手困難な品である。


 魔物が生んだ、穢れた魔素が染み付いた腐臭がする卵であれば、庶民が口にできるが、ここでいう玉子は色も艶も違う。


 魔物が生んだ卵とは明らかに見た目が違っている。


 このたまごは、その純白色の色合いと艶と大きさから分かる通り、徹底的に品質管理された高級鳥から生まれた品質の高い貴重な玉子だとわかる。


 白い玉子を定期的に生産するためには、玉子を生む鳥を選別し、徹底管理して環境を整えて飼育をする必要がある。


 そこには、設備費や飼育費、警備費などの大量の資金が掛かる。


 その大量の資金をかけた分と利益を上乗せした分を合わせると、白い玉子を高額な金額で交易をして高級食材として貴族社会に流れていくのは、この世界においては誰もが知る常識であった。


 最下層の階級である農奴が決して口にするものではなかった。


 監視員が、朝収穫したたまごの数を厳格に管理するのを、シルアはその場に居合わせ目の当たりにしていたのだが、その玉子をいまシルアが両手に持っている状況が、そもそもありえないことなのである。


 このランクの貴重な玉子は、農奴では盗みださないかぎり、決して手の出ない品物だといえる。


(私、お腹が空いても、倒れそうでも玉子は盗まないって)

(盗んだ人の罰を受ける場面に遭遇したことあるから)

(そんなの、絶対にやらないからね)


 そうこころの内で強く思った。


 そんな私の脳裏では、ある記憶がよみがえりその記憶映像が映し出されていた。

 

 その記憶は、盗みがばれて捕獲された女性の農奴が、服を剥ぎ取られやせ細った裸体を晒しており、下卑た笑いを浮かべる数人の男性達に個室に連れ込まれていくと、その中からは、痛そうな鞭の音や助けを求める声と、男性達に襲われて助けを求める声や甲高い悲鳴の音が響き渡る場景だった。


 あの記憶を思い出すと、恐怖で震えて背筋が寒くなる。


(あんなふうになるのは嫌だからやるわけない)

(あ─、でも、警備員の人達に言い訳しても、聞いてくれるかな)

(あの人達に捕まったら、酷い事されそうだし、怖いな~どうしよう)


 警備員というのは、魔物達や人的な略奪から大農場を守る人員達のことである。


 この大農場では、広大な敷地面積が見渡す限り続いている。そこには、当然ながら少なくない魔物も生息しており、それを討伐し警戒監視するのが警備員の主な仕事となる。


 また、警備員等は、農奴達の監視業務も仕事の任務に含まれている。


 そんな農奴達は彼らのストレスの発散するための道具として扱われているのを、よくシルアはよく目にしていた。


 警備員達の間では、目立つ行為をした農奴を、よってたかって袋叩きにする行為が横行しており、その行為自体が彼らに与えられた特権であった。

 

(もしかしたら、私が玉子を盗んだとか、謂われのない罪をなすりつけて、あのムキムキの怖そうな人達に、よってたかってボコボコにされたりなんかしたら……)


(そうなったら、私の体力じゃ……)

(──生きていられないと思う)


 悪い方向に考え始めると、どんどん不安な気持ちになる。


(どうしよう。私が犯人にされちゃうかも)

(どうにかして早くこの卵の殻を集めちゃって、見つからないように隠しておかないと、大変なことになりそう)


 すると──。


 周囲のたまごの殻が、淡くて綺麗な光に包まれると、光の粒子のように細かく解けて、やがて大気に溶けて消えた。


 そして──。


『【卵の殻】を【たまごBOX】に回収した』


 卵の殻がすっきり消滅したと同時に頭の中に声が聞こえた。


「へっ………」


(──消えちゃった)


 茫然自失になったけど、両手で抱え持った2個の茹で卵に、自然に視線が向くと、ハッ、として心神喪失状態から早々に復帰した。


(さっきの声は……『神の御声』…どういうこと?それに──)

(【たまごBOX】って何??)


両手で抱え持った2個の茹で卵を改めてじっくり見ると……


(これも消したり出来ないのかな??)


──2個のたまごも光の粒子になって溶けるようにして消えた。


(うひょっできちゃった)


『【爆裂たまご】と【妖精たまご】を【たまごBOX】に回収した』


(よし、なんか全然状況つかめないけど……)


 散らかった状況証拠は跡形もなく消えてしまった。


 これはラッキーチャンス到来かも。


 泥棒になった気分を味わってキョロキョロと周りを見渡す。


 誰も気ずいて成さそうな雰囲気。誰かが非難する声も聞こえてこない。


(逃げるなら今だ、今しかない)


 そう心の声が強く私に訴えかける。


 食堂にいって人の波に紛れてしまえば、逃げ切れるかも。

 ここは一旦食堂に緊急非難した方が、良さそうだ。


(まずは、この場からさっさと撤収しちゃえ)


 その結論に至った私は、敷き詰めてある藁が大きく鳴らない様にソロリソロリと足の踏み場に気を配って進むと、なんとかボロを出さずに大部屋から脱出できた。







「チッ、あのガキ」


 女性の苛立つ声がした。


「これだから、異能持ちは、いけすかねえんだ」


 静まり返った空間に、女性の低い声が響いていた。

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