002

「案外、ていうか__安直ではないわよ」


 影がさすと同時に、頭上から降ってきたストレートな声。


「王子は名前の通り王子様なのよ」


 今年入学したばかりの、鳴神よりひとつ年下の、犬鳴いぬなきアナスタシア・ひいらぎだった。

 彼女は誰もが認める、百合くんや不知火くんに引けを取らないくらい、これまた美少女であり、かなりの自信家。16歳の少女にして、すでに174センチという、抜群のスタイルを手に入れている。さらに、弱冠10歳にしてバイオリニストとしての地位を確立した、誰もが認める__スーパー・エクセレント・ハイスペック美少女である。

 そして彼女を彼とも言う。

 つまり、男でもある。

 チャームポイントは雀斑そばかす、とのこと。世の女子たちからすれば、それはチャームポイントではなく、ウィークポイントになってしまうところだけれど、彼女にとってはそれすらも、魅力にしてしまうポテンシャル。

「雀斑なんて、気にしないわ」とうたっている__歌っている。


「柊くん、は鳴神に用事かな? それとも、鳴神が忘れているとか?」

「どっちもね」


 どんっ__。

 要件を聞けば、縁側に座っていた鳴神と百合くんの間に、大きな紙袋を置いた柊くん。音から、それなりの重さのものであろうと推測できる。

 袋をずらしてみれば、全7章あるうちの、第2章くらいに出てくるラスボスのような容量で、ドドンッ__と効果音をつけられそうなくらい、積み上げられた色とりどりの正方形のペーパータワー。

 おそらく、4000枚くらいはあった気がするけれど。

 これは約1週間後に開催される、予定の七夕祭たなばたまつりの飾りを作るための折り紙。

 毎年、小・中・高、合同で催されるお祭りである。大きめの竹を、隣の中学校のさらに隣にある小学校の運動場に飾り、願い事を短冊に書き残り半年の安泰を願う祭りだ。手持ち花火でワイワイ盛り上がったり、流しそうめんの竹から麺までいちから手作りし、食べたり、他にも炊き出しやいろんな催し物がある。その準備期間中である今日この頃。看板に絵を描いたり、提灯や吹き流しを作ったり、七夕飾り用の折鶴を作ったりしている。毎年の恒例行事だ。看板の絵は小・中・高、それぞれの作品が、小学校の門のところに飾られる。

 そして今年、折り鶴作り担当になったのだ。実はもうひとりメンバーが居るのだけれど、残念ながら、彼は午後の選択授業が入っているようで不在である。


 鳴神と柊くんに選択授業はないのか、と疑問に思うのであれば、ここで明確な答えを示そう。企救丘高校は定時制高校なのだ。午前必須科目を終えると、午後はそれぞれが選択した授業に向かうことになる。単位制で、最低74単位は取らないといけない。4年通う人もいれば、3年でカリキュラムを組む人もいる。

 まぁ殆どが後者だけれど。

 鳴神だってそうだ。

 中には、課外授業と呼ばれる救済措置もある。計画的に授業を組めばなんてことはないけれど。


「教室で待ってても来ないし。神さまの教室に行ったらいないし。聞けば帰ったって言うし? 」

「あーあ、鳴ちゃん。ダメだよ約束破っちゃ」


 百合くんはわざとらしく煽る。反撃はしない。事実だからだ。しかし言い訳があるとすれば、それは百合くんのせいでもある。


「これは不本意な忘却だったんだよ__鳴神としては」


 そもそも、百合くんが呼び出したりしなければ学校にいたのだし、忘れていたとしても、柊くんが教室まで来ただろうし、そもそも覚えていたからね。


「ヒトのせいにしないでよ」

「あんたらで喧嘩しなでくれる? 理由はどうあれ、神さまが忘れてたってことは事実なんだし」

「遅刻した理由が、瀕死のお婆さんを助けたにしろ、車に轢かれた猫の処理で電話をしていたにしろ、途中で自転車がパンクしたにしろ、遅刻をしたことに変わりはないんだよ。鳴ちゃん」

「そうね。何かを成すには、何かを捨てなければならない。これは事実だわ」

「百合君には言われたくないのだけれど、世知辛い!イカの塩辛より辛い!」


 鶴を折りながら現実を見ている__なんとも摩訶不思議な光景だ。


「で、王子が王子ってどういうこと?」


 12時のサイレンが鳴り、思考はリセットされ、ふと、彼女の冒頭のセリフを思い出し鳴神は疑問を唱える。

 柊くんは「ああ」と、息を吐いて口を開く。


「神さまのクセに世間知らずね」

「神さまのくせになら、なんて言われてもいいけれど。さまのくせになんて言ったら、鳴神は異議を唱えるところだったよ。神さまを物知りだなんて、どこの誰が勘違いしたのやら。それは払拭すべき定義だよ。全く」

「プライドないのね、あんた」

「それなりにあるつもりだけれど。そんなことは今どうでも良くて、王子が王子ってどういうことなの? もしかして、実は身分を隠したロイヤル的な感じなのかな?!」

「そこまで物語ストーリー性のある展開じゃないけど。単純な話で金持ちなのよ。億万長者。世界長者番付ってあるんだけど、毎回載ってるわよ。一桁だったわよ。確か」

「へぇ、ファッションブランドでそこまで儲けられたら、万々歳だね」

「脛かじりたいって、思ってるよね? 百合くん」

「そりゃあ、お金さえあれば、人間誰だって生きていけるからね。お金には裏も表もないからね。お金こそ至高なものってないと思うけど? 楽してお金が手に入るなら、もっと万々歳なんだけど」

「楽してどうやってお金作るのさ」

「懐に入る」

「アバウトね。ていうか、リリィにもその顔ぐらいのプライドってないわけ……」


 柊くんが、心底呆れて物を言う。


「顔がこんなだからでしょ。使えるものは使わないと。僕は快楽主義だから」

「まさか、桜だか枕だか知らないけど、するつもり?」

「鳴ちゃん、浅はか。そう言う快楽じゃない。それは人間どうぶつのやることだよ」

「じゃあどの快楽なの?」

「アタラクシア」

「アナスタシア?」

「ボケるな。それと、私の名前と間違えるなんて、いい度胸してるわね? 神様? その口塞いでやるわよ」


 どうやって塞いでくれるのか。キスとかだったら、ちょっと塞いで欲しいかもしれない。


「やらないわよ」


 心を読まれた。


「サトリはやめてよ。恥ずかしいなぁ」

「鳴ちゃんが顔に出やすいだけでしょ」


 百合くんは柊くんのファーストネームに似た単語を発したのち、どこかに消えたと思ったら、お盆に湯呑みを三つ乗せて再び登場した。

 全く__気の利く弟だ。今までの暴言も許そう。

 ちょろすぎだって?

 ちょろいところも含めて鳴神なのだ。


「なに、急に胸なんて張ってんべさ? 自慢するようなことあった」

「柊くん。鳴ちゃんが変なのはいつものことでしょ?」

「そうね」

「わかりやすくて逆にいいでしょ、って」

「とことんポジティブね」


 柊くんは苦笑した。


「で、アタラクシアってなんなわけ? なんかの用語?」

「ラグナロクとか?」

「それ戦争」

「ヘルヘイム?」

「それは死者の国」

「一旦さ、物語ファンタジー要素から離れた解答をしなさいよ」


 柊くんの的確な指摘に、鳴神は首を捻る。しかし、答えを出す前に、百合くんが明確な答えを出してしまった。


「哲学。乱されない心、平静な心とかそう言う意味。静かに生きろって話の哲学」


 つまり、欲望に、情動に左右されず、静かに生きること、それが快楽。それこそが真の快楽だと__そう言うことらしい。

 理解はした。

 できたのだけれど。


「あんたってホントに中学生?」


 正に、全く同じことを言おうとしていた。


「あとホントに神様と血が繋がってんの? 」

「繋がっているよ。母親が姉妹なんだから」


 うん。繋がっているはず。百合くんと顔を合わせたのは、鳴神が5歳の時。生まれたところは見てないけれど、DNA検査も今や、血も涙もないバケモノになったためできなけれど、兄弟だということには間違いないはずだ。


「大人びてるっていうか、仙人よね。もはや」


 うんうんと、柊くんの言葉に首を振って同意を示す。

 けれど今思えば、会ったときからこんなだった。物静かで博識で、他人をよく見ていた。

 観察と言うべきか。

 小学生がする植物観察のそれではなく、学者の研究の経過を観察するような視線。

 そんなのが、色々、類類__相まって、他人の懐に入るのは上手かった。彼の言う通り。彼が入れない懐などないのだ。

 しかし、鳴神が思うところ、懐に入ると言うよりも、むしろ__彼は他者を蠱惑する。

 自分の懐に入れるのだ。彼は確かに、アタラクシアという基盤の下の快楽主義者であり__その裏には利己的平和主義者という本質がある。これは、学術用語ではなく、鳴神が勝手に創作した単語。単に、単語と単語をくっつけただけの単語。

 簡単に説明すれば、自分が平和であれば他がどうなろうが、関係ない、眼中にない、そういう主義だ。幸せになりたければ、他人を蹴落としてでも這い上がれ__と。



「鳴神はラクより楽しい方が好きだからなぁ」

「呑気というか、能天気ね。なんか、リリィに負けない知識とかないわけ?」

「うーん。そうだなぁ。知識、知識……嗚呼! 種類によるけれど、ゴキブリは飛ばないんだよ! あれは上から下に滑空しているだけなんだよ」


 こう言う知識なら沢山ある。蟲の類類の知識。


「無駄に生命力はあるのに、羽が飾りって__笑えるわね」

「進化の過程でそうなったみたいだけれど……何であんなに、みんな嫌がられるんだろうねぇ。ツヤツヤなボディは受けがいいと思うけれど。ほら、ネイルのトップコートでコーティングされてる、みたいな?」

「爪にゴキブリは勘弁でしょ。ネイルしてる人間、全員、敵に回したんじゃない? それに、ツヤツヤじゃなくてカテカカね。ゴキブリは、中年のオジサンの禿げた頭から出た油と同じテカリかただから、嫌われるんだよ」

「あんたも、全世界の禿げを敵に回したわよ」


 柊くんの突っ込みが冴え渡る。


「でも、百合くん。それを言うのだったら、男の子でもゴキブリに恐怖と嫌悪を抱く人だっているよ?」

「将来の自分からの逃避だよ」

「無茶苦茶って言うか、偏見もいいところね。全世界のオスを敵に回したわよ、あんた。あと、禿げないやつだっているわよ」


 柊くんが、やれやれと肩をすくめて、胸に垂れてきた髪を再び背に払うと、フワッと柔らかい匂いが香る。そしてプラチナブロンドの髪は、差し込む太陽の光に反射してキラキラと美しく光る。

 まぁ、今は、光りかた違いで、キラキラではなくテカテカなのだけれど。


「結局、なんで王子の話をしてたわけ?」

「依頼されたんだよ」


 つい先程の王子との詳細を話す。


「よく依頼したわね、あんたに」

「なんだよ、それってどう言う意味? そりゃあ、鳴神は、しがない、つたない、心許こころもとない、神さまなんだろうけどさ?」

「神様の普段の言動を見てたら、誰だって疑心暗鬼するわよ。高2とは思えないべさ。てか、なにそのキャッチコピーみたいな三拍子。考えたやつよく分かってるわね」


 クスクス__

 彼女は口角を上げた。

 その褒め言葉__鳴神にとっては全然褒め言葉ではないけれど、本人には言ってはやらない。調子に乗りそうというか、鳴神が揶揄われるだけだし。結末はひとつしかないのだから。したり顔の彼の視線が、言わずもがな左から突き刺さる。


「ほんとに、金蔓かねずるってわけね」

「いやいや__卑しいよ。その言い方。鳴神は金の亡者ってわけじゃないんだから。お金には困っていないし。それを言うなら百合くんのほうだよ」

「分かってないなぁ。鳴ちゃん。僕だって亡者じゃない。あれは人間だったらの話。じゃ、僕はこれで」


 だ、そうだ。人間だったらの話、なのだそうだ。そう告げれば、重たそうに腰を上げて外へ消えていった。


「あの子、どこに行くわけ? こんな時間に」

「給食の時間。もうすぐだから」

「それだけ?」

「それだけだよ。受けた恩恵は全部、受ける子だよ。百合くんは」

「恩恵て……あんたの家っていつも静かよね」

うちの家庭は放任主義なんだよ。いや、放任というか、無関心のが近いかなぁ?」

「あんたんのお家事情なんて、すごくどうでもいいし、聞いてないんだけど」

「そういえば、七夕の願い事は決めたのかな?」

「……そういえばもすぎるわね。藪から棒に__ペンギンが空飛ぶくらい、節が飛躍してるわね」


 鳥だけに__


「それで?」

「別に。特にないけど? 」


 考えるそぶりもなく、彼女は断言した。


「叶うなら書くけどね。適当に怪我しないようにーとか、健康促進とでも書いておくわ」

「願いと言うか、サプリメントか何かのキャッチフレーズだよ、それ。現実主義だなぁ、意外に」

「はぁ? 意外もなにもこの私が、神に願いを請い、思いを馳せるようなロマンチストにでも見えてるわけ? あんたには」

「ギャップ萌えを狙ってみたりとか」

「私にギャップなんて必要無いわよ。全く、一ミリも一ミクロンも__今のままでなまら十分、魅力的だべ」


 いや、確かに__彼女の言う通りである。

 人間離れした美と、時に出てくる訛り、それはまた、彼女の最大の武器だ。そして、多分、これをギャップと言うのだろうけれど。


「鳴神は神さまだから、柊くんの願いを叶えてあげられるけれど」

「ああ、そうだっけ。アンタ神様だったっけ」


 柊くんは鳴神には目もくれず、「アンタ転職したの」みたいに軽く言い放った。置き勉のおかげか、ほぼ空っぽの近い、鳴神スクールバックのように軽く、言い放った。

 一応、鳴神は彼女の先輩という立ち位置ではあるけれど、彼女は誰に対しても基本的に圧の強い人だ。どんなに高圧洗浄機のような態度を取られても、誰もが知っている、周知の事実であり、今更な問題である。


「ま、私は遠慮しておくわ。叶うんなら書くって言ったけど__実際、願い事なんかないし」

「えー。それを聞いてしまうとなんだかやりがいがないよ……神さまって」

「それくらいが丁度良いんじゃない? だって、神様って人の願いを叶えてさぁ__それって、メリットってある?」

「デ・メリット? 鳴神は髪も顔も体も全部、闘牛石鹸とうぎゅうせっけんで洗っているけれど」

「誰がシャンプーの話なんてしてたのよ! しかもデ・メリットじゃなくて、メリット! merit! どんだけピンポイントな聞き間違いしてんのよ……ていうかそのシャンプーのネーミングセンスどうなってんだべや……」

「さぁ? でもネームの割には超人気商品らしいけれど__名前に反して超絶さらさらになるみたいだよ」

「何よそれ」

「鳴神は闘牛石鹸のが、好きだけれど」

「それもそれでどんなセンスで作ってるわけ……」

「さぁ?」


 肩をすくめて、分からないとポーズを決めた。


「私は洗浄液の話をしてるんじゃないのよ。メリットよmerit」


 流石。何ヶ国語もスピーキングできる、美少女の発音はまさしくネイティブだ。


「ちょっとさぁ__今別のことに気ぃ取られてんでしょ? 」

「いや、うん。発音がいいなぁ、とか?」

「……はぁ。まぁいいわ」


 彼女は呆れている。


「なんだっけ。メリット?」

「そ・う・よ。メリット! 得よ得の話……あ、神様だから見返りを求めない__っていう答えは無しにしてよ。無駄に広い神様の良心なんて発揮しなくていいから。利口な回答は耳にタコよ」


 利口。

 神さまをお利口さん呼ばわりする人って、彼女以外に、存在するのだろうか。高圧洗浄機のような性格であると、彼女の幼馴染が言っていたけれど、言い得て妙である。もう一段階詳しく、彼女の性格を記述するのならば、両極端と言ったらいいのか__。

 例えば、アンケートでよくある、4段階か5段階の回答。そう思う、少しそう思う、どちらとも言えない、あまり思わない、全く思わない__といったアンケートがあるとすれば、彼女に中みっつの回答は不要だと言える。彼女はあまりにも曖昧ではなく、抽象的でもなく、輪郭がはっきりしている。直線は存在しないと、自然は直線を嫌うと言われても、彼女がそれを覆す。彼女は真っ直ぐなのだ。犬鳴・アナスタシア・柊という、彼女の存在こそが直線と言える。

 直接目にしたもの、耳にしたもの、口にしたもの、触ったものしか信じない。そういう少女だ。

 そんな彼女に、そう言われてみれば得することなんて何も無い。『得』という言葉を頭の中に浮かべてみる。同じ文字を沢山並べる。

 しかし、やはり何も無いし思いつきもしない。


「ないよ。利益は全くないよ。けれど、こっちはお金貰っているよ」

「へぇ__こっちは《・》、ねぇ」


 彼女はなぜとは聞かないけれど、続きを求めている。


「稼業ってこともあるけれど__最初から答えを求めるだけの依頼は、鳴神としては楽しくないからね。例えば、夏休みの宿題の答えを丸写しすると言うか、そんな感じ」

「あんた、いつもそうしてるじゃない」

「こ、これは、あくまで例えだから! 宿題は写してなんぼなんだよ!」


 こほん。

 気を取り直して__。


「別にそのやり方が気に入らないわけではないけれど。上手く、答えを手に入れられるのなら、それでいいと思うのだけれど。楽しみがないんだよ」

「楽より、楽しいの方がいい、って話? 」

「そうそう! 鳴神は結果より過程が好きなんだよ」

「結果より過程が大事ってやつ?」

「違うかな。大事ではないよ。過程の中で、どれだけ突飛なことが起こるかとか、どんな目に遭うのかとか、考えるだけで楽しいし__実際にやってみればもっと楽しい、面白いんだよ」

「祭事より、その前の準備が楽しいってわけね」

「さすが! それ以上の比喩は見当もつかないよ」

「課題もそれくらいのノリでやればいんじゃない?」


 柊くんはよくわかっている。

 確かにそう思って試してはみたけれど、腑に落ちなかったと言うかなんと言うか。


「ふと思ったんだよね。鳴神は学者になりたいわけではないから、ある程度生活ができる教養でいいかな、と」


 それに、兄弟見たく頭がいいわけではない。容量もそこまでいいとは言えない。


「みんなは鳴神のことを、神さまって言うけれど__『神』って一概の抽象的な外枠ではいいかもしれないけれど、具体的には、正確には__概念というか、呪いとか呪詛そのものなんだよね。願い事は叶えられるけど、それは呪いの一種であって、使えば呪われたのと同じ」


 もし。「頭をよくしてほしい」なんて願い事を鳴神に要求したとして、それが叶えられたとして。結果__人知を超えた頭脳を手に入れたとして。普通の神さまであれば__人間の想像している神さまであれば、そこで終わりなのだろう。なんの代償もなく手に入れられる。

 しかしながら、鳴神の場合は違う。願いの対価にふさわしい、何かが失われる。

 だから、むしろ__鳴神の実態は、悪魔のそれに等しい。


「それは不憫な話ね」


 不憫というわりにはケラケラと笑っている柊くん。


「願い事も呪も紙一重。例えば、初期ジョブのレベルゼロから強制的に上級ジョブにクラスチェンジするくらい、馬鹿げたような力が加えられている、と言うことなんだよ」


 ニートで親のすねかじっていた人間から、いきなり、天照大神アマテラスオオミカミや、全知全能のゼウスに転職するくらいありえないことなのだ。異世界転生して一発逆転、なんて夢のまた夢。


「王子も王子よね。あんたに相談するより、なきにすればいのに」

「なんで、お狐さまに?」


 唐突に出てきた固有名詞。

 町唯一の、九尾狐神社の巫女である、祈祷院きとういん哭のことだろう。


「神様より、一般的な教養も、そう言う類のものに関しても、優秀だし__なんて言ったて、彼ら幼馴染だし」

「初めての耳と書いて初耳。実体験は初めてだよ」


 そりゃあ、初耳だから初めてなのは当たり前だよね__と、心の中で自分で自分に突っ込んでみる。頭痛が痛い、って言っているようなものだ。


「柊くんてなんでそんなに王子のこと知っているの? まさか__」

「元彼じゃないわよ。前にモデルをしてたのよ。彼のブランドの」


 相変わらず、グローバルな人脈だ。バイオリニストに留まることはない彼女の才能とでも言うのだろうか。芸能界に、一時の間身を投じていたことは知っていたけれど、ここまで世界的とは思わなかった。いや、そもそも、音楽という世界がグローバルなのか。


「幼馴染、かぁ……って、また鳴神のことバカにしたよね。今思い返したけれど! 鳴神だってやるときはやるんだよ!」

「あっそ。私との約束は忘れていたくせに、ねぇ?」


 言い返す言葉もございません__なのだけれど、鳴神は宣言した。


「見てなよ! 鳴神がただの馬鹿でも、ただの阿呆でもないこと、証明してあげるから」


 それに彼が鳴神に依頼したのにも、きちんとした理由があることは確かだろう。ただ、柊くんは鳴神が暇そうだからに決まっていると、そう賭けを持ちかけたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る