B・J(ブック・ジョイント)

くまゴリラ

B・J(ブック・ジョイント)

「申し訳ありません。当店の入荷分はすべて御予約分のみとなっております」


「そ、そうですか。ありがとうございます!」


 私は申し訳なさそうに頭を下げる店員に誇らしさを感じながら店を後にする。店を出た私は思わず込み上げて来る笑いをどうにか抑え込んだ。

 今日は私にとっての運命の日。なぜなら、私が書いた小説が出版される日だからだ。

 出版社から貰った現物はあるのだが、どうしても本屋に並んでいるところを見たい。その思いを抑えきれずに本屋へと来たのだが、一軒目の結果は予約による完売見込み!

 素晴らしい。エクセレントと言うしかない。

 しかし、私の目的は本屋に並んでいる自分の本を見る事だ。その目的を遂げるためにも別の本屋へと向かおう。



「ええと、その本なら……すいません、売り切れています」


「え……本当に?」


「はい。申し訳ありません」


「いや、良いんだ……」


 嘘でしょ? もう四件目だよ? 無名の新人の本ってこんなに売れるものなのか?

 予想外の売れ行きに嬉しさよりもドッキリなんじゃ? という疑心暗鬼が芽生え始めた頃、一人の見知らぬ男が声をかけてきた。


「あ、あの……」


「はい? なんでしょう……」


 私は警戒感を露わにする。


「あ、あなたと同じ本を探しているのですが、どこにもありません。時間を節約したいので、他の本屋の在庫を確認されていたら教えていただきたいのですぞ……」


「へ?」


 予想外にして、今後の人生でもされることのないであろう申し出に目が点になった。

 いやいや、それよりも……この人は私の本を探している!? 私の……読者……なのか? サインをあげるべきか? サインはまだ作ってないな。あ、本にしてあげた方がいいのか?


「あの?」


 私は思考の迷宮に入りかけたが、男の呼びかけで現実に引き戻される。


「あ、い、良いですよ良いですよ。情報共有、大いにしましょう!」


 私は、この読者と共に本を探すことにした。本を見つけたら、正体を明かして本にサインをさせてもらおう。わざわざ私の本を探してくれているのだ。サインをしたら喜んでくれるはずだ。



『完売しました』


 男と本を探し始めて五軒目。つまり、私にとっての九軒目は店舗出入口の張り紙で私達の知りたくなかった事実を教えてくれた。


「くそ! ここもか!」


「どこにならあるんだ!?」


「切り替えよう。ここの近くに本屋はあるか?」


「すげえ売れてんだなあ」


 私の後ろで数人の男達が興奮しだす。


「店の迷惑になりますぞ。静かにいきましょう」


 四軒目で声をかけてきた男が興奮していた男達を宥める。

 そう。この興奮していた男達も先の店々で私達と出会い、合流してきた人達なのだ。


「ここもない……次はどこに行こう?」


「おや? あなたも本をお探しで? なら、我々と共に参りましょう」


「え? 良いんですか? ぜひ!」


 あ、また増えた。こんな雑な感じで道連れを増やしているのだが、このままでは本を見つけても買えない人が出て来るんじゃないか? その時、この人達はどうするつもりなんだろう?

 そんな事を考えているうちに十軒目の店に到着した。


「うちは入荷してないんですよ。こんなに人気があるとはなあ……」


 盛大な肩透かしをくらい、私達は肩を落として店を出た。外はすっかり暗くなっている。


「こんなに人気があるのなら、こんな時間にはどこも売り切れてるでしょうね……」


 誰かの一言で皆の肩が一際落ちた。

 先程までの『本を見つける』という熱意に溢れていた姿が嘘のようだ。そんな姿を見て、私はいたたまれない気持ちになる。この読者達を……いや、共に本を探してさまよった仲間達をこのまま帰すわけにはいかない!


「じゃあ、ここで解散しますか」


「ちょっと待ってください!」


 突然大声を上げた私を皆が呆然と見つめてくる。


「数日ください! 数日あれば……」


 出版社に掛け合って、本を確保します。それにサインもさせてください。何を隠そう、私が作者なんですから!


「数日後じゃ、意味ないんですよ」


「しゅっぱ……へ? 意味ない?」


 私の申し出は、本題を言い始める前に切り捨てられた。


「意味ないですよ。こんなに売れてるんですから、重版がすぐにかかってしまって値崩れしちゃいますよ」


「そうそう。ビッグウェーブに乗り遅れちまったな」


 皆の言葉の意味がわからない。


「ええと……皆さんは読者じゃ……」


 私の声は震えていた。


「読みませんよ。興味もない。何か人気だって聞いたんで、転売できると思って探してたんですよ」


「え? 全員?」


 神に祈るような気持ちで確認する。


「「「「はい」」」」


 目の前が真っ白になりそうだ。私の目の前にいたのは、読者でも仲間でもなく、敵だったのだ。

 私はこう言いたい。

 ドクシャはどこだ!

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B・J(ブック・ジョイント) くまゴリラ @yonaka-kawa

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