雁字搦めを解くもの

かきつばた

とある男の再奮起

 パソコンの前で固まり続けることはや一時間。あれこれ考えたものの、結局、画面上には何の進展もない。


「……そろそろ寝る準備すっか」


 時刻を確認して、独りポツンと呟く。


 そのままブラウザを閉じでもいいが、なんとなく、癖で執筆画面の閉じるボタンを押した。こうすれば、上書き保存を忘れずにすむからだ。

 ……まあ、ここ数日に関してその心配は無用なものだが。


 ネット小説を書き始めたのはここ一か月ほどのこと。仕事にも余裕が出てきて、思い切って書いてみたら意外と続けられた。


 マイページに戻ってきてため息をつく。最終更新日はもう五日前だ。

 完全に滞り中。余裕があったはずなのに、最近また仕事が忙しくなってなかなか時間が……。


 そして、一度止まるとなかなかまた再開するのが難しい。書き方がわからなくなるというか、展開がしっくりこないというか。

 毎日書くのが意外と大事だと、よくよく思い知るのだった。


 幸い、明日は休みの日。時間の問題は解決するだろう。だが、それで小説の続きが出来上がるかといえば……。

 結局は、これはただの趣味なのだ。誰かのための物語ではなく、自分が書きたいから書いている。

 実際、読者の反応は全くないし、PVだって全然伸びてない。……気にしていないけど、無意識のうちに気を重たくしているのかもしれない。


 今度こそブラウザを閉じようとしたら、誤って投稿サイトのトップページに飛んでしまった。


 正直な話、ずいぶんと久しぶりにこのページを見た気がする。本格的に書き始めてからマイページについこもりがちだった。


 新着小説の欄に、魅力的なタイトルがズラリと並んでいる。もっと見るボタンを押すと、それこそ無数のように小説が出てきた。


 すごく当たり前な話だけど、小説を書いているのは俺だけじゃない。こっちが手を止めている間も、誰かが新作を投稿したり既存作を更新したりする。

 それがわかるのが投稿サイト。個々の素性はわからないまでも、このサイトを利用しているという点ではある意味では仲間と言えるかもしれない。


 その無数の仲間たちもまた、いろいろな事情を抱えているはず。でもこうして、今日も今日とて活動しているわけだ。

 その姿に、ちょっと意欲が湧く。みんな頑張ってるんだから俺も――そんな前向きな気持ちと、少しばかりの闘争心。自分も面白いものを書くんだ、と。


 気持ちの昂ぶりに身を任せていると、スマホの着信音が聞こえてきた。

 なんだろうと思いつつ確認してみると、メールの通知が入っていた。この投稿サイトからのもの。


『読者からのコメントが届きました』


 そんな趣旨の文面を見て、一気に胸が騒めき立つ。ここは自分の部屋なのに、ひどく落ち着かない気分になる。

 読者の反応なんて、他人のものだと思っていた。PVは0じゃないが、読者の存在をしっかり認識できたことはない。


 逸る気持ちを抑えつつ、今度はパソコン上でコメントを確認してみる。


『面白くてここまで一気読みしてしまいました! 更新、楽しみに待ってます!』


 どんなことが書かれているんだろう。かなりの覚悟を決めていたが、それは杞憂に終わった。


 両手をキーボードにおいて、ぐっと唾を飲み込む。激しい心音を感じながら、俺はしばらくモニターを見つめていた。


 面白い――その言葉が、ただひたすらに嬉しかった。

 完全に趣味で書いているもの。だから、自分好み。毎回、出来にはそれなりには満足していた。


 でも、それを一度も疑わなかった、というのは嘘になる。その疑念を無視して、ある時まで進んできた。

 更新が止まったのは、その積み重ねの影響もあった。認めたくはなかった。自己満足で書いているんだから、他者からの評価なんていらない。そんなものは、ただの強がりだ。


 だって、俺は投稿サイトで小説を書いて公開しているんだから。

 そこには、必ずほかの誰かが存在している。読者と仲間――その存在の大きさに、改めて気づかされることになるなんて。


 書こう。


 無性に何かを書きたくなった。

 今この瞬間も誰かが作品を書いている。

 そして、少なくとも一人、続きを待っている人がいる。


 別に少しくらい寝るのが遅くなったっていいじゃないか。明日は休日。そして、予定はたった今決まった。

 

 気が付けば、俺は書きかけの最新話のページをクリックしていた。そして、本当にしばらくぶりに文字を打ち込む。

 顔も知らぬ誰かを強く意識しながら――

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