第12章
第240話
半年間は長いようで、終わってみればあっという間だった。
その半年間、各々何をしていたのかと言うと、アンリはプレートを拠点にコルトがまた倒れないように見張りつつ、大丈夫そうならアウレポトラで手伝いをする日々を送り、ハウリルは早々にルンデンダックに戻るとほぼ付きっきりでプレートには顔を出さなかった。
そしてルーカスはと言うと、コルトの使い走りで機械人形2機を補佐につけて、各地のかつて人が住んでいた地域の調査を行わせた。
モグラ達の居住地域の選定材料探しもあるが、単純にコルトは地上の様子を詳細に知りたかった。
一応コルトも知ろうと思えば探れるのだが、精度調整の加減が難しいのだ。
それなら環境管理されていない状態を知っているルーカスを派遣したほうが、差異判断も手っ取り早い上に炭鉱のカナリアよろしく人が立ち入れる場所かもすぐに分かるという寸法だ。
なんせ魔族は簡単には死なない。
影響を受けないのではなく、影響は受けるが豊富な魔力で損傷を修復するから死なない。
身体に起きた影響で何が起きているのか突き止められるうえに、普通に生きている本人が当時を証言してくれる。
これほど調査に便利な存在はないだろう。
そんな訳でコルトはルーカスに仕事を依頼したのだ。
だが、コルトが共族領の現地調査なんてものを頼むものだから、最初のうちは滅茶苦茶警戒しており、戻って来る度に機械人形にコルトの頭の様子を聞いていた。
失礼な奴である。
それはともかく、そうやって集めた情報でまとめて環境修復をどこまでやるか考えたり、その他細々とした引き継ぎ雑事を半年間やっていた。
コルトは端末パッドを机の端に置くと、そのまま突っ伏した。
中身を見れば見るほどあちこち手を付けたくなるが、その度に横にずっと控えている機械人形に無用と念を押された。
今残っている遺構はほとんど全て、人が作り上げたものだ。
コルトが地上を見なくなってから作られたものである。
それならなおさらどうするかは人の手に委ねられるべきだろう。
コルトはため息をついた。
機械人形が休憩をするように進言してくるが、反発心が湧いてそのまま無視した。
半年だ。
機械人形が算出した補強計画の最低期日である。
定期的に進捗報告が行われてきたが、1ヶ月程前に大体どこも最低限が終わったらしい。
それに伴って魔族も帰っていった。
つまり、最低限が終わったので後はコルトがいつ魔神に会いに行くか決めるだけである。
コルトはもう一度ため息をついた。
指で適当に机をなぞりながら、ずっとこのままズルズルとこの状態が続かないかな、と少し思ってしまう。
そんな事、赦されるはずがないのに。
コルトはのっそりと身体を持ち上げて立ち上がると、次いで重い頭を上げた。
【休憩を推奨します】
「うるさいな、仕事しなけりゃいいんでしょ」
そう素気なく返して部屋を出ていくと、足が進むままに廊下を歩き続けた。
怠い気持ちを態度に隠さずにノタノタと進んでいくと、辿り着いたのは格納庫だ。
1ヶ月前に魔族が帰ったのを機に新設した。
中に入ると一機の航空機が鎮座している。
そしてその前に立つ人影が2つ。
2人は入室した音に気が付くと、振り返った。
「コルト、もう終わったのか」
アンリが険しい顔をしてコルトを見た。
以前ぶっ倒れたので、また無茶をしていないかチェックをしているのだろう。
コルトは笑みを浮かべながらちゃんと休んでると返したが、アンリからの疑いが晴れているかは微妙だ。
「大体どこも終わったって聞いたぞ。あとはお前がいつ行くか決めるだけだってな」
ルーカスにさっき思っていた事と同じ事を言われ、コルトはぞんざいに分かってると返す。
そしてそのまま歩みを進めてアンリの隣に立つと航空機を見上げた。
するとアンリも釣られるように見上げて、しっかりとした声を上げた。
「私も行くからな」
思わずコルトはアンリを見てしまった。
見下ろしたアンリはコルトに一切視線を寄越さず、航空機を睨んでいる。
「えぇっ!?だってあぶなっ」
「私も行くからな!」
遮るように再度言われ、コルトは口をパクパクさせるしかない。
次を続けられなくてそのまま口をパクパクさせていると、しばらくしてアンリはキッと睨むように視線をコルトに向けた。
「お前はいっつもそればっかだな。危ないって言うばっかで、私の気持ちは全然考えてくれない」
「気持ちじゃどうにもならないからだよ」
「それは分かってる。でもお前をほっとけない、危なっかしいんだよ」
「………」
乳児でも相手にしているかのように言われ、コルトはちょっぴり切なくなった。
そんなに危なっかしいかなと自問自答していると、アンリがコルトの目の前に移動し、そしてビシッと指を突きつけてくる。
「ここでルーカスと待ってたのだってな、お前が黙って一人で勝手に行かないように見張ってたからなんだからな!」
絶対一人で行かせないぞと気迫を込めて宣言するアンリ。
コルトはそれを見て、思わずその手があったかと言ってしまった。
口に出してしまったから大問題だ。
一瞬ムスッとした顔をしたのを視認した瞬間、頬に衝撃が走った。
軟弱代表なので衝撃のままに倒れそうになると、その前にアンリによってヘッドロックを決められてしまった。
呼吸ができないような固定のされ方はしていないが、コルトではアンリの腕力に勝てない。
というか、いつの間にこんな絞め技を覚えたのだろうか。
「ごっごめ、ごめっ……て!」
必死に謝りながらアンリの腕をパシパシ叩いて解放を呼びかけるが、全く緩まない。
「一人で行ったら絶対に許さないからな!分かったか!?」
「分かった、分かったよぉ!」
半泣きでそう懇願するが、相変わらず緩まない。
もしやこのまま航空機に乗せられるのか?と思っていると、しょうもないものを見る目でこちらを見ているルーカスと目が合った。
そのまま鼻でもほじりそうな雰囲気である。
その雰囲気になんだか異様にむしゃくしゃしてくると、同時にやっとアンリが解放してくれた。
そのままベシャッと潰れたカエルのように床に落ちるコルト。
アンリはそれを満足そうにみると、あとはハウリルだなと腰に手を当てた。
だがすぐにルーカスがハウリルは来ないと言う。
一昨日、一応この旅と言っていいのかは分からないが、ずっと4人でやってきたよしみで聞きに行ったらしい。
「フラウネールの補佐で忙しいってよ」
「ちょっとくらい大丈夫だって」
「アンリが判断する事じゃねぇだろ」
そんな頭上の会話を聞いてコルトは身を起こしながら、そういえばハウリルに久しく会ってないなと思う。
そしてハウリルを連れて行くかどうか考えて、アンリが行くならハウリルも行くべきだろう。
アンリを村から連れ出して、コルト達に合流させたのはハウリルだ。
その後もずっと一緒にやってきて、今この時があるのも半分くらいはハウリルの行動の結果だと思っている。
それなのに、最後の最後で私用で行きませんと言われても、それは勝手すぎるだろう。
己の行動の結果は最後まで見届けるべきだ。
「なら、僕が呼びに行くよ」
2人が揃って驚きの目を向けてきた。
「コルトが、ハウリルを呼びに!?そう言って抜け駆けするつもりじゃ」
「一人でも危ねぇ目に合わねぇならそれで良いって言うと思ってたわ」
2人ともコルトの発言が予想外だったようで、本当にコルトが呼びに行くのか、呼びに行く振りをして一人で魔族領に行くのではないかと疑っている。
「しないよ。今があるのは半分くらいハウリルさんの行動の結果だと思うから、見届けるべきだと思っただけだよ」
「確かになぁ、アンリがここにいんのもアイツが村から連れ出したからだしな」
「ずっと案内役ではあったよね」
「だからハウリルさんにも来て欲しい。さすがに僕が言えば誰も断れないと思う」
するとルーカスがゲラゲラ笑い出した。
「はっはっは、そりゃお前に言われて忌憚なく断る奴なんてアンリか機械人形くらいだろ」
「他にもいっぱいいると思うけど…」
この肉体の出所の地を思い浮かべてそう反論した。
だがルーカスはそうは思っていないらしく、甘いと言ってくる。
訳が分からないのでもうこの魔族はほっといていいだろう。
それよりもハウリルだ。
「明日僕一人で呼びに言ってくる」
「コルト一人で!?大丈夫か?」
「大丈夫、それに一人で行かないと駄目だと思う」
「皆で言ったほうが説得力も増すと思うけど」
「一人のほうが良い時もあるんだよ」
大勢でぞろぞろ行って、逆に脅しと取られて態度が硬化してしまう事だってある。
それはともかく、今回はコルトの旅の終焉。
コルト一人で行くべきだろう。
それにハウリルとは今まで一度も正面から向き合った事がない。
最後のチャンスにして、良い機会でもある。
「4人で魔神に会いに行こう」
コルトは笑顔を返した。
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