第239話

「資材を必要としているのは主に共族なのに、その共族が魔物討伐に加わらないのはいかがなものでしょうか」


よく聞き慣れたいつもの穏やかそうな言い方だが、ブレや譲歩を一切感じられない雰囲気があった。

だがコルトも負けじと言い返す。


「魔物討伐は魔神が望んだ魔族評価なんだから、何も問題は無いと思います」


すると、ハウリルは聞き分けのない子供を見るような、困ったような表情になった。


「本当にそれだけで大丈夫だと思っているのですか?」

「思ってますけど、何が問題だって言うんです」

「いつか魔神が満足して評価をする必要がなくなったら、その後はどうするのです」

「………」


何も言い返せなかった。

魔神の評価が終われば、共族用の資材を報酬にわざわざ専用の場所で魔物を討伐させる理由が魔族側にはなくなってしまう。

そんな事はコルトが先に気付いて然るべきだったが、魔族に”仕事をさせる”の一点で目が曇っていた。


「共族にも資材獲得のための魔物討伐はやらせるべきです。自立はあなたの願いでもあるでしょう?」


しっかりとした言葉でそう言われ、コルトは顔から力を抜く。

そして、小さく”そうですね”と言うと、両肩を押さえていた力が弱まり静かに離れていった。


「ってことは、共族と魔族の共同作業を考えないといけないのか」


面倒くさいな、という言葉をコルトは飲み込んだ。


「それなら難易度は分けたほうがいいよね。でもどうやって分けようかな、分かりやすく場所に依存とかかな」

「場所で報酬に偏りが生まれると、地域によって格差が生まれますよ」

「ですよねー」

「僻地のほうが報酬が良いとかにすりゃって思ったが、そこまで行くのが面倒くせぇな」

「…僕としてもあんまり魔族に共族領の深部に入って欲しくない」


さらに人里離れた場所では資源の輸送が大変な事になる。

だからといって住みやすい場所に一極集中させると、それ以外の場所が空白地帯になってしまう。

どうにも痛し痒しである。


とここまで考えてふとコルトは思った。


「なんかダンジョン考えてるみたい」


人の空想などが生み出す迷宮空間。

まるでそれを生み出す過程のようだ。


「なにそれ」

「迷宮だよ。理由は様々だけど最奥を目指して、罠や敵を乗り越えていくんだ」

「なにそれ!面白そうじゃん!」


一度目は分からんという声音で、二度目は明らかに好奇心の入った声音でアンリが食いついた。

なのでもう少しだけ詳しく説明すると、完全にそれが良いとなっていた。

確かにダンジョン形式にするなら低階層は弱めの魔物、高階層は強い魔物を置いたりして己の限界を分かりやすくすることで、無謀な魔物に挑もうとする共族を減らせる。

コルトも狭い限定空間とは言え、箱庭作りという存在意義に近いことをこの世界で人が存在する間ずっとできる。

だが…。


「本格的にダンジョン作るなら、ちゃんと1つずつ違うものを用意したいし、そうすると時間が掛かるんだよ……。資源供給の時期が遅くなっちゃう」

「違うもの…というと、具体的には何が変わるのですか?」

「規模とか内部の構造とか全部ですよ。全部同じだと一箇所集中攻略して、あとはトレースするだけです。それで良いならいいですけど……。せっかく作るなら1こずつ違うものを用意したいですし、ある程度時間が経ったら別のものに入れ替えたいです」


ある程度の制限は設けるにしても、人による世界統治が前提のため、この世界を作る過程でコルトは多くの案を切り捨てた。

それをここで使えるかもしれないのだ。

それを考えるだけで浮足立つものがある。


世界を始める土台を作る。


それがコルト達の存在意義。

絶対に切り離せない逃れられない役割。


きっかけが贖罪だとしても、人に求められて、人のために生み出すのなら、これほど甘美な事は無い。


ただ、時間だけが足りない。


妥協するしか無い、残念だと落胆するコルト。

だがハウリルは最初から完成されたものを用意する必要は無いと優しく言った。


「最初はどこもそのだんじょんとやらをやる時間はないはずです。復興に魔族との交流などやることはたくさんありますから。即物的に魔物を倒すだけの簡易なものでよろしいかと。ある程度余裕が出てきてから凝ったものを出したほうが、むしろ文句は出ないと思いますよ。忙しいときに手間の掛かるものを出されても困ります」

「……それも…そうですね」


そう説得されて、コルトは素直に納得した。

隠居状態で時間が有り余る自分とは違い、彼らはこれからが本番なのだ。

復興の始まりで余裕なく忙しくする彼らのところに遊んで欲しいと玩具を持っていったところで邪魔にしかならないだろう。


「アンリさんも、色々やりたいのは分かりますが、まずは目先のことから片付けることをおすすめします。あれもこれも手を付けては中途半端になってしまいますから、居場所が欲しいのでしょう?」

「むぅ…」


そう言われてアンリは少しだけむくれながらも納得したようで、家作らなきゃいけないもんな、と呟いている。

それを見てハウリルは満足したようだ。

再度コルトを見た。


「ところで、このだんじょんというものですが、しばらく情報は」

「伏せておくんですよね。分かってますよ」


どうもハウリルは情報統制をしたがるきらいがある。

今回もそうだろうと思って先に言うと、少し驚いた顔をした後にそうだと頷いた。


「先を色々提示してそちらに気を取られても困りますから」


先にある一発逆転を夢見て、今を疎かにされても困るという理由らしいが、ルーカスが反論をした。


「ここまで終わればって目標立てりゃいいだろ。早く終る程早く近づけるんだからよ」


見れる目標があれば、やる気が出るというのがルーカスの意見だが、ハウリルは鼻で笑った。


「甘いですね。次のあれのために自分は温存しているなどと言ってサボる輩が絶対にでます。そういう者に限っていざそれが来ても働かないんですよ」

「なんでお前は毎回クズの例がすぐに出てくんだよ」


人間に希望を抱いていないのか、すぐに本当にいそうなダメな人の例を出してくるハウリルに、ルーカスが口元をひくつかせながら少し引いている。

コルトはそれに苦笑いを返すと、機械人形のほうに向き直った。


「そっちも気取られないように気をつけろよ」

【承知しました。行動指針の計算から除外するように処理します】

「それでいい」

【ついでに各地の状況を取りまとめて、ダンジョン設置の適切な時期の助言もできますが】

「共族領なら地上の様子は分かるからいい」

【了解しました。では後程まとめてロンドストの基幹部に詳細を送信します】


そういって機械人形はまた静かに壁際に鎮座した。

それを見てハウリルがふむっと頷く。

何か気になることでもあるのかと聞くと、機械人形はこのまま完全にコルトの管轄下になるのか気になるらしい。

一応基幹部は移設することで機械人形側とは合意しているが、各個別の機体については個体の自由意志に任せる事になっている。

多くは基幹部と共にするとは思うが、例えばコルトを明快に嫌いだと放言したミヨのような共族と共にした時間が長い個体は共族社会に残るだろうとの事だ。

コルトとしても機械人形はどこまでも”道具”としか見れないので、共族と共にして自意識が強くなっている個体が近くにいるとかなり腹が立ってくる。

それならお互いに近づかないのが最良だろう。


そういうとハウリルは早速交渉したいと言ってきた。

復興に機械人形の力を借りたいらしいが、さすがにそれをここで言うのはズルいのではないか。


「公平性が無いので今の情報は各地に僕から告知します」


ちょっと怒り気味に言うと、ハウリルは肩を竦めて仕方ないですねと笑った。

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