第18話
ルーカスは日が昇る前に戻ってきた。
そろそろ時間だと叩き起こされたコルトは寝起きの頭を無理やり働かせて辺りを見る。
アンリとハウリルはすでに戦いの準備を進めていた。
「急いでください、ここの痕跡を消す必要もあります」
慌てて戦う準備を整え、といっても特に準備するものはないが、体裁を整えるころにはルーカスが焚き火代わりの火球を消しているところだった。
そのとき、遠くのほうで一斉に鳥が飛びだった。
同時に凄い勢いで木々がなぎ倒されていく音が響いた。
「早起きだな、興奮して眠れないタイプか?」
「バカなことを言ってないで行きますよ」
ハウリルが杖でルーカスの背中を押すと、へいへいとルーカスが移動を始めた。
コルトとアンリもそれに続く。
ルーカスが先行されながら、なるべく気配を出さないように、だが迅速にを心掛け罠を仕掛けた位置の側面についた。
今更になって全身が震えてきた、魔物とのまともな戦いはこれが初めてだ。
木々をなぎ倒す音がどんどん近づき恐怖を掻き立てる。
そしてその音が前方を通ったと同時に次々と爆発音が響き渡った。
驚いてびくっとなると同時にルーカスが一気に加速して小さな土煙だけを残し、あっという間に目の前から消えた。
あまりの反応の早さに完全に置いていかれた3人は一番最初に我を取り戻したハウリルの掛け声で正気に戻ると、同時に駆け出した。
近づくに連れて鉄臭さが濃くなり、一匹目のオーガの死体を見つけたと思ったら、目の前にはすでにかなりの死体の山が築かれていた。
その向こうからオーガのなんとも言えない雄叫びと引き続き爆発音が響いている。
「一体どういう殺し方をしているんですかね」
急所などお構い無しで力任せに叩き殺された事がひと目で分かる死体はかなり暴力的だ。
魔物の死体に見慣れているはずのハウリルがドン引いている。
「追いかけます」
一歩前に出たアンリが武器に魔力を通すと斧が水をまとい始めた。
なかなか筋がいいらしく、いい感じで斧の周りを水が旋回している。
「気を付けてね!」
「分かってる」
そういって踏み込むんで跳び上がると、そのままオーガの死体を足場にどんどん森の奥に進んでいった。
コルトも合わせて進もうと一歩踏み出すが、ハウリルが前を塞いだ。
「こうも足場悪くては大変でしょう」
にっこりと微笑むと杖を掲げ前に突き出す。
すると激しい風が吹き荒びた。
思わず目をつぶり風が止んだころに目をあけると、目の前に何彼構わずえぐり取られて出来た道だった。
人の魔力でこんな事が出来るのかと呆気に取られていると、いきましょうと当たり前のほうにあるき始める。
この人もルーカスのこと言えないと思う。
オーガのえぐられた死体は見ないようにしつつハウリルの背中を追いかけると、少し開けた場所に出た。
その頃には日が昇り始めて大分辺りの状況が確認出来るようになっており、オーガの死体も足の踏み場もないレベルでそこら中に落ちている。
その中でルーカスは未だ残る多勢を相手に飛び回っているし、アンリも何体か相手にしているがこちらはなんとか持ちこたえている状況だ。
「アンリ!!」
コルトはオーガに向かって雷球を撃つと運良く1体に当たり動きを止める事に成功する。
その間にハウリルはコルトから離れてオーガの死角にまわると、まとめてオーガを吹き上げて、浮き上がったところを一体ずつ風の刃で切り刻んでいた。
そのすきにアンリがオーガの包囲から抜け出したのを見て、コルトは手を伸ばすとアンリがその手を掴んだ。
思いっきり引き寄せ、オーガの死体を盾にその場にしゃがんで息を整える。
「大丈夫!?」
「……助かった。なんか目の前のアイツ見てたらいけるんじゃないかと思ったんだけど……」
あれと同じ動きを出来ると思ったのなら凄い自信だ。
少し関心しているコルトに気付くことなくアンリは呼吸を整え立ち上がり、斧を構えて再びオーガの群れに向かおうとするので慌てて止めた。
「待って待って!ただ突っ込むだけじゃまた同じだよ!ほとんどはルーカスのほうに気がいってるから、僕たちは端っこのやつを一匹ずつ確実に減らしていこう!」
アンリが無言で振り返った。
そして
「……ああああ、もうムカつく!」
「えぇ!?」
「もうなんか色々ムカつく!」
「えぇとあの、ごめんね?」
なんかとりあえず謝ってみた。
「そうじゃなくて!!なんていうか!こう!!思い通りに行かないのがムカつく!」
全然思い通りに事が進まないうえに、原因に己の力不足があることが非情にイライラするらしい。
目の前で曲芸みたいな動きでオーガを切り刻むルーカスと、風を匠に操ってオーガ相手に善戦しているハウリルがいるせいで余計にそう感じるのだろう。
それを考えたら1人で戦えないのは確かにあれだが、コルトなんかはほぼほぼ戦力になっていないし、そもそも比べる対象を間違えている。
でもアンリだって最初は魔狼に追いかけられてどうしようも無かった時を考えたら、オーガ複数相手に死んでいないだけ急激に成長していると思う。
いつの間にこんなに強くなったのだろうか。
そんな事を言ってみるが本人は納得がいかないようだ。
「だってなんかあれ見てたらお前は大人しく黙ってみてろ!って言われてるみたいじゃん!」
それはさすがに穿った見方ではないだろうか。
「お前はいいよ!アイツとは元々仲間だし、司教さまもお前にはなんか優しいし」
「えぇ突然どうしたの!?」
「……なんか私仲間はずれにされてる気がする」
「そんな事はないと思うけど……」
「……お前らなんか私に隠してないか?」
それについては何も否定出来ない。隠し事しかない。
「ほらっ!やっぱりなんか隠してんじゃん!!!」
黙ってしまったコルトにアンリは声を荒げた。
「いやっ、でもほらっ!友人同士でも言えないことってあるじゃん!?」
アンリから表情がスッと消えた。
コルトは全力でしまったと慌てる、今のアンリにこの発言は完全に地雷だろう。
「……ごめん」
素直に謝るがアンリは無表情で立ち上がると再び斧に魔力を通し始めた。
だが突如頭上に陰がさした。
「お前ら引き上げるぞ……どうした?」
ルーカスが首をかしげてこちらを見下ろしている。
「…お前には関係ない」
「おいおい、こんなときに喧嘩すんなよ」
「うるさい!」
アンリが怒鳴るがルーカスのほうも気にせず表情にめんどくさいと思っている事を出している。
そして頭を掻いて何か考えたあと2人の隣に降り立つと問答無用でアンリの腹に一撃を入れた。
ガフッと息を吐き出してアンリはその場に崩れ落ちる。
「何すんだよ!」
コルトがアンリを抱き起こすがアンリは完全に意識を失っている。
「うるせぇなぁ。ギャーギャー喧しいのを運びたくねぇだろ、この場に放置しない事を感謝しろ」
そういって気絶しているアンリを荷物のように肩に担ぐと、斧を拾ってコルトに押し付けた。
勢いで受け取ってしまったが思ったよりかんりの重量があったせいで、危うく落としかけた。
ルーカスが残念なものをみるような目で見てくる。
「しょうがねぇやつだな。おい、クソ司教!まだいるか?」
斧をひったくり声を上げると、ハウリルがまだいますよと3人に近づいてくる。
気絶したアンリに眉をひそめるがルーカスが俺がやったと一言告げればさらに眉間のシワが深くなったが、死んでいるわけではないと分かると差し出された斧を受け取った。
「どういう状況か聞きたいですが、今は撤退しましょう」
「だな。かなりの数減らしたし、もういいだろ」
さくさく話を進める2人にし訳ないと思っていると突然視界が回転した。
腹を拘束されている、どうやらルーカスの小脇に抱えられているらしい。
嫌な予感がしていると、案の定容赦なく高速機動に入った。
「うわああああああ!!」
「うるせぇ!黙ってろ舌噛むぞ!」
死体を踏み台にしたり、木を足場にしたりとどんどん風景が後ろに流れていく。
顔面に受ける風圧もかなりのもので、目を開けていると段々痛くなってきた。
さらに何の配慮も遠慮もなくただ腕に抱えられているだけなので、上下の動きで胴体も脚も反動が凄い。
上下にがっくんがっくんと揺れに揺れで動きに動いた。
そのせいかコルトは意識は段々と意識が遠くなり、そして失った。
次に目が覚めるハウリルに背負われていた。
顔を横に向けると、同じようにルーカスに背負われているアンリが視界に入る。
「おやっ?お目覚めですか?」
ハウリルが立ち止まるとコルトを降ろした。
普通に立とうとしたが足がガクガクして尻もちをついてしまった。
「すいません。体格差を考えればわたしがアンリさんを背負ったほうが良いと思ったのですが、その組み合わせになった瞬間全力で逃げられると思ったので、その前にあなたを引き取りました」
ハウリルに困った顔をされながら謝られ、差し出された手を持ってなんとか立ち上がりルーカスを見ると、全力で顔に不機嫌ですと書いてある。
確かに体格差身長差その他諸々を考慮するとルーカスがコルトを背負ったほうがいいだろう。
正直ハウリルとコルトではあまり身長が変わらない、コルトが若干薄い分軽いくらいで服を着ている状態ではほぼほぼ見た目に差は無かった。
ルーカスがこちらと目を合わせないまま舌打ちをした。
そして一度休憩しようとその場にアンリを下ろすと、一瞬でコルトの背後に回るがそれよりも一手早くハウリルがコルトの腕を掴むと己のほうに引き寄せた。
ルーカスは剣を抜くが杖を突きつけられ、ついでにコルトの背後から腕を回されると首にナイフを突きつけられた。
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