第19話

なんだこの状況は。

ハウリルに拘束されてナイフを突きつけられ、ルーカスはかなり殺気立っている。


「動かないで下さい、出来ればコルトくんを殺したくはないんですよ」


コルトに突きつけられたナイフがわずかに皮膚に触れた。

どうしようと困ってルーカスを見るが、向こうも動く気配がない。


「全く、逃げられると言ったそばから逃走しようとは、舐められたものですね。穏便にことを進めたかったのですが、こうなっては仕方がないですね」

「………」

「壁の住人と魔族が一緒になって何をするつもりですか?」


息を飲んだ。

やはり壁の向こうから来たことも魔族であることもバレていたらしい。

予想はしていたが、いざ指摘されると体が震えてしまう。


「何を根拠に言ってやがる」

「しらを切るおつもりで?」


ルーカスから表情が抜け落ちた。

そして剣を鞘に戻すと代わりに周りの空気が豹変した、かなりの重圧がのしかかってくる。

ハウリルが少し焦り始めたことを背中から感じた。


「待ってください、別に敵対したいとは思っていません」

「………人質取ってるやつが言うことじゃねぇな」

「こうでもしないと逃げるでしょ、あなた」


そうだろうな、とこんな状況だが呑気に思った。


「もう少し冷静だと思っていたので、まさかここで強制離脱を選ぶとは思いませんでしたよ」

「………ちっ」

「コルトくん、先程も言いましたがあなた達と敵対したいわけではありません。少しお話を聞いてくれませんか?」

「えっ?」


突然の申し出に困惑してしまい、拘束している腕の力が少し緩んでいる事に気付かなかった。


「教会にも壁との融和を望む派閥がありましてね、わたしはそこの所属です」

「派閥?」

「かなり新しいので勢力としては小さいのがアレですが、トップは教会でもかなり力を持っています」


それはなんというか王宮の人達も教会との関係をそろそろなんとかしたいと考えていたし、これは千載一遇の好機ではないだろうか。

これはもっと詳しく話を聞きたい。

そこでやっと拘束が緩んでいる事に気付き、普通に抜け出した。

首を触ってみるが大した傷ではないようだ。

だがすぐに肩を掴まれ後ろに下げられると、代わりにルーカスが前に立った。


「あなたは随分とコルトくんを気にかけますね。というより、もっと根本的に話が通じないと思っていました」

「……んなもんお互い様だろ、もっと下等種族だと思ってたぞ」

「そうなんですか?今も見下してるような感じがしますが」


それに同意して呟けば、胡乱な目で見おろされてしまった。

すぐに相手を殺す選択肢を取ろうとするやつにそんな目で見られる筋合いはないので、コルトも胡乱な目で見返した。

するとため息をつかれたが、とりあえずいきなりハウリルさんを殺そうとしたりはしないということでいいだろうか。


「話を聞いてもらえるということでいいですか?」

「はい!あっでもその前に、いつ頃から気付いていたのか教えてもらえると……」


今後の参考になります。

もしまだ色々歩き回ることがあるのであれば、対策として聞いておいたほうがいいだろう。


「最初から怪しいとは思っていました。コルトくんは育ちが良すぎます」

「えぇ!?」


育ちが良すぎるなんて初めて言われた。

周りにも同じような感じの友人が何人かいたのでそんな事を言われるとは思わなかった。


「あなたみたいな子は最上級階級の一部だけですし、東大陸は基本的に田舎です。壁のことがあるので一応教会の体裁を守るために人は送りますが、自ら来るような方はいませんね」


これはもうコルトが悪いというより、初手でハウリルに当たった運の悪さがダメだったという話のような気がする。

少し解せない。


「じゃあルーカスが魔族なことに気付いたのはなんでですか?」


不貞腐れながら問いかけると、ココの件で怪しいと思い始め、魔術が使えないことが決め手となり確信に至ったそうだ。

あと魔族を捕獲した連絡は受けていたが、砦崩壊後の消息が掴めていなかったこともある。

経緯は分かるがココの件で魔族とバレるようなことをしていただろうか?

多少派手にアンリをふっ飛ばしたりしていたが、それだけで魔族と思うだろうか?

素直に疑問を口にすると、あっさりと返答があった。


「ココさんの死体の状況です、あれ替え玉でしょう?」

「えっ?…はっ、えぇっ!?」


替え玉!?えっ?何がどういうことだ、何が替え玉なんだ!?

いつから、というか何が替え玉なんだ!?

というかココさんと赤ちゃんはどうなったんだ?

訳が分からなくて頭をかいているルーカスの胸ぐらを掴んだ。

服がのびるだの言ってるが知るか、何がどういうことなのかちゃんと説明してもらいたい。


「倉庫の死体は俺が作った」

「君が殺したの!?」

「ちげぇよ、話は最後まで聞け。死体を作ったのは俺だが、その死体が替え玉なんだよ。ココは生きてる。………多分」

「多分!ってなんだよ!」


なんで一番大事なところの確信が持てないんだよ!

替え玉を作ったのがルーカスなら、ココさんを一体どこにやったんだ。


「ラグゼルに送ったときは生きてたけど、預けてからは知らねぇよ」

「国に送ったの!?」


ということはあの距離を一晩で行って帰ってきたという事になる。

徒歩では普通に2,3日掛かる距離だ。

魔族の身体能力は一体どうなっているんだ。


「なんで替え玉だと気付いた。いやっ、まぁ多少造形が微妙だったのは認めるが、ほとんど原型残ってなかったはずだろ」

「あなた実はバカなのでは?内側から破裂したような殺し方や死に方をわたしたちが出来るはずないでしょう?」

「邪神信じてるようなアホならいい感じに騙されると思ったんだよ、なんで騙されてねぇんだよ、お前色々吹聴してる教会の人間だろ、不信心か?」

「不信心は認めますがアホとは失礼ですね。前に魔族が使う生物爆弾の記録をみたんですよ」


ハウリルがさらっととんでもないことを言った。

あと魔族の生物爆弾ってなんだ、字面から倫理感がない気配しか感じない。

色々聞きたいことが多すぎる。

だが疑問を口にする前にハウリルに話をまとめられてしまった。


「理由は納得いただけましたね。では次はこちらの質問に答えていただきましょう、あなたたちの目的はなんですか?」


オブラートにすら包まず直球の質問に面食らってしまった。

ここまで来たら隠すも何もないとは思うが、それでもあまりのドストレートな質問に少し引いてしまう。


「王様が、国の上の人達が教会と和解したいみたいで……。でもこちらの事を知らないからその情報収集をしに来たんです」

「なるほど、目的が一致するので交渉していただけそうですね」

「多分、大丈夫だとは思います…」

「……何か懸念でも?」


一応大丈夫だとは思うが、3年前のことがあるため他のみんながどう思うのかは分からない。

嫌がる気がする。


「何考えてんのか大体分かるが、別に言う必要はねぇだろ。公にするならあとから『これから交渉する』って言えばいいだけの話だしな」

「隠すの!?」

「ガキめ。上のやつらがしたっぱに何でもかんでも話すわけないだろ。そもそもお前がこっちに来てるのだって隠してんだろ」


それを言われるとそうなのだが、隠し事されるのはなんかいやだ。

騙してるみたいで良い気がしない


「……コルトさんのほうは分かりました。ではルーカス、次はあなたです。そもそも何故こちら側に?今のところ積極的に敵対しているようには見えませんが」


コルトもあまり興味がなかったので深く聞いたことはないが、この機会なので知っておいてもいいかもしれない。


「さっさとお前らを滅ぼさない理由が知りたい」

「コルトさん、不穏分子は早めに排除するべきかと」

「そうですね」

「なんでお前ら共族は最後まで話を聞かねぇんだよ!!」


言い方が悪いのがいけないと思う。


「教会のお前らはともかくラグゼルとは対等な友人だと思ってるぞ」


本当だろうか。

なんか信用できない。


「魔族が結集すればお前らを滅ぼすなんて簡単だと思ったんだよ、だからそれを親父に進言したら『俺のやり方に不満があるのか?』って一蹴されたんだよ」

「あなたのお父様は魔族でも偉いのですか?」

「魔王だ」


マオウ……魔の王?………王様!?


「えっ!?じゃあ王子!?うそだ!」

「魔王は子育てが下手ですね」

「埋めるぞお前ら!!!」


王子と思ってリンデルト皇太子殿下を思い浮かべるが、あまりにも違いすぎる。

仕立ての良い綺麗な服に人の良さそうな笑みを浮かべて穏やかに喋る姿と、すぐため息を吐いて色々と雑ですぐに人を殺そうとするルーカスとではあまりにも違いすぎる。


「魔王は世襲制じゃねぇ、強いやつが偉いって世界だからな。子供だからって偉いわけじゃねぇ」

「弱くて信用されてないんですか?」

「そんなことはねぇよ!?……ないよな?」


なんでそれをこちらに聞くんだ。知るわけがない。


「端切れが悪いですね。もっとしっかり断言すると思いましたが」

「議会に入れてねぇからな」


年齢関係なく魔族は上から強いものが魔族全体の指標を決める議会に所属し、そして見合った領地を与えられる。

弱くはないと思っているが、議会に入れてもらえないのでいまいちそこら辺に自信が持てないらしい。


「あなたよりも強い方が何人もいるのは頭が痛くなりますが、でもそれだと確かに一気に攻め込まれないのは不思議ですね。オーガもかなり手加減しているようでしたし」

「昔の魔族が弱かったわけじゃねぇし、俺レベルはゴロゴロいたはずだ。それなのに数千年もちんたら効率の悪い攻め方してたら疑問に思うだろ?」


それで魔族領内で色々探ってみたが結果は芳しく無く、ならばこちら側に理由があるのではと渡ってきてうっかり捕まったのが2年前らしい。

攻め込まれる理由を知っているか?と聞かれ、当然知らないのでコルトはハウリルを見た。

がハウリルもさっぱり心当たりがないようだ。

それじゃあ理由も分からないままこのまま永遠に魔族の謎の襲撃を受け続けるということだろうか。

理不尽極まりすぎている。


「でも全く手がかりがないわけではないのでしょう?コルトくんと行動しているのはそれが理由では?」

「話が早いな。神に直接聞けばなんか分かるんじゃねぇかって言われたんだよ」


神。

えぇとそれは、当然教会が崇めている神、ではない?

何を言ってるんだ。


「あのようなまがい物ではなく、この世界の創造神のことでは?わたしたちを見捨てた神でもあり、邪神の由来です。向こうでは創造神について教えていると思っていましたが、違うのですか?」

「……聞いたことないです。国の成り立ちとかは教えてもらったんですが」

「お前ら寿命短いから途中で色々消えたんじゃね?」

「そうなのかな……」

「面白いですね、神の概念はあるのに創造神が存在することは知らないとは。話が逸れましたが、魔族側で神に接触出来ないのですか?」

「神なんてのはこっちで初めて知ったからな、無理だろ」

「……随分と放任されてますね…。しかし、こちらでも接触出来るか分かりませんよ、以前の文明は軒並み破壊しましたから」

「おいおいマジかよ。勿体ねぇな。ラグゼルで便利なもん色々作ってたぞ、あれ全部捨てちまったのか?」

「密接であるほど反転したときの反動が強いのですよ」


なんだかとても悲しい話だ。

そうじゃないのに。

それまでの全てを捨ててしまうなんて極端すぎる。

少し憂鬱な気持ちで2人の会話を聞いていると、背後で微かに物音がした。


「大体分かりました。どちらも気になりますが、先ずはコルトさんには一度戻っていただいてもいいでしょうか?先にそちらと交渉して本部に持ち帰りたいのです、それに生きているのであればココさんとお子さんの安否も気になり」

「ココが生きてるのか!?」


突然大声が響いた。

驚いた3人が声のほうを向くと、目を覚ましたアンリが驚愕の表情でこちらを見ていた。

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