第17話
コルトを呼ぶ声に答えるとほどなくしてハウリルが姿を表した。
安堵した様子を見せるが、ルーカスを見つけると眉を潜める。
「やっと現れましたか、全くどこで何をやっていたのです」
開口一番に文句を言われルーカスは目を細めるが、足元に転がっていた亜人をハウリルのほうに蹴り飛ばした。
それに対して不快な顔をしたハウリルだが、蹴り飛ばされたものの正体に気付くと驚愕の表情を見せた。
「王がすでに生まれていたのですか!?」
「いやっ?虫の腹を捌いたら出てきたから生まれてはいないだろ」
「そういう問題では………」
ハウリルは難しい顔をして亜人を観察し始めた。
数が思ったよりも増えていたのかなどと呟いている。
「あなたはこれが何なのか知っていますか??」
「知らねぇよ。様子が違うやつがいたから狩ったら出てきた、それだけだ」
それを聞いたハウリルは一瞬眉を潜めるか、すぐにそれを引っ込めた。
相変わらず微塵も動揺を見せずに流れるように嘘をつくルーカスに関心してしまう。
ハウリルはため息をついた。
「これは魔物の王と呼ばれる存在です、魔物内の生態系のバランスが崩れると生まれると言われています」
王と亜人という呼び方の差はあれど、先程ルーカスから聞いた情報とあまり変わらない。
むしろ簡潔で分かりやすいかもしれない。
さらにルーカスに本当に依頼したかったのはこの王の捜索だったようだ、討伐までは想定していなかったようだが駆除出来るならそれにこしたことはない。
他の種にも湧いている可能性があるがルーカス曰く、これ以外にはそれらしいものは見なかったとのことだ。
ひとまずは安心といったところだろう。
「とりあえずルーカスこれはあなたが街に運んでください。多少は糾弾が減るかもしれません」
ハウリルが提案するがルーカスはめんどくさいのか嫌がった。
さらにお前が持ってけだのさっさと街から離れたいだのと言い出している。
街を離れることには同意するが、オーガをこのままほっぽりだすわけにはいかないだろう。
「ならそのオーガを減らせば問題ないんだな」
「随分と簡単に言いますね」
「ボスが一番強えんだろ?なら残ってんのはそれより雑魚だけだから簡単だろ」
それはそうだが、多少は苦労するような素振りを見せたらどうなのだろうか。
ここでルーカスがオーガを全滅させるのもそれはそれでさすがに色々と問題がある。
「それよりこれからどうするつもりなんだよ、罠なんて張ってんだって?」
「舐めてますが結構良い威力が出ますよ、込める魔力量にもよりますが。あなたの闇討ちよりは難易度が低いですしね」
「……人がいねぇならしゃあないか、どうすんだそれ」
コルトは見本にもらった布切れをルーカスに渡す。
受け取ったルーカスは布を広げてそれを眺めると顔をしかめた。
「魔力を込めてそれを刻んでください」
大人しくその場にしゃがんで指で土をいじり始めるが、何故か魔力が定着せず書いた側から霧散していった。
3人で首をかしげる。
「…思ったより不器用ですね」
「………うるせぇな」
ルーカスの今までを考えると魔力の扱いが下手という事はないと思うが、その後も何度か試してみるが全く定着せずただ地面に何かを書いているという状態だった。
しばらく3人で色々ああだこうだと騒いでみたがさっぱりダメだった。
しかも意地になったルーカスが段々ヒートアップしてきている。
ここまでやって出来ないとなると、ルーカスが不器用というよりもっと根本的な理由を考えたほうがいいかもしれない。
例えば魔術の発動原理に本来の種族の能力の名残りが関わっているのであれば、魔族であるルーカスが使えないことに納得がいく。
となればこれ以上考えるのは全くの無駄という事になる。
他のことをしないかと言ってみると、一瞬納得いかないという顔が見えたが睨みつけて黙らせると、それもそうだという事になり引き続きコルトはハウリルたちと罠を設置しつつ、ルーカスは結局亜人を南門前まで運ぶことになった。
とはいえ、魔力も大分消費したうえに日も大分傾いてきていたので罠を5個も設置したところで終わりとなった。
「付け焼き刃ですが思ったよりコルトさんにたくさん設置していただいたので、街に到達するまでにはそこそこの損害を与えられるかと思います」
ルーカスのだした火球を囲みながら一時の休憩をする4人。
魔法の火は煙が出ないのがいいところだ、遠くから見つかりにくい。
ついでにルーカスがいつの間に獲ってきた魔物を焼く。
街に戻れない以上は貴重な食料だ。
「すいません司教さま、あまりお役に立てず…」
「そんなことはありません。いるといないではどんなに小さくとも全く違います」
アンリのほうは結構手間取ってしまったようだ。
ハウリルも教えながらだったため、二人合わせてコルトと同じくらいだ。
だが当初の予想では半分ほどで終わると思っていたらしく、ハウリル的には大分良かったらしい。
それでもアンリはコルトに負けたのが悔しいらしくかなり不満気だったのだが、ルーカスがそれ以前の問題だったことを知ると機嫌を取り戻していてちょっかいをかけていた。
それからしばらく2人でギャーギャー騒いでいた。
魔物を捌き終えたハウリルが火を寄越せと言わなければいつまで続いていただろうか。
「おいクソ司教。こっから先は何か考えてんのか?」
「お前!失礼だぞ!」
真正面からのクソ呼びに度肝を抜かれたが、言われた本人は気にしていないらしい。
普通に受け答えをしている。
「………襲撃まで隠れて罠が発動した辺りで横からの攻撃のつもりです。できれば背後に回りたいのですが、なるべく間を開けたくないので側面からになるでしょうね」
「まぁそうなるか」
「こちらは人数が少ないですから、向こうが立て直す前に一気に崩す必要があります。あなたが先陣きって突っ込んでくれると嬉しいですね」
「それは問題ねぇが、半分も突っ込んだら俺はそいつ連れて引くぞ。いつまでもこんな事に付き合ってらんねぇよ」
コルトを魔物の骨で指して、さらにとんでもない事を言い出したので驚いた。
まだそんな事を言ってるのか。
だがハウリルは特にそれを咎めなかった。
それどころか、
「いいでしょう。正直わたしもここで死ぬつもりはないのであなた達の撤退に合わせます。アンリさんも合わせて引いてください、ここで死ぬ義理はあなたにはありません」
まさかの同調である。
アンリも少し驚いている。
「でもハウリルさん!このままでは街の人が!」
「残念ですがわたしも仕事があります。ここの教会の人間が上に報告する意思がない以上、誰かがこれを中央に報告せねばなりません。それに……」
続けたのは、王、つまり亜人の誕生を阻止した時点ですでに戦功として十分。
アウレポトラ側が調べる気が無かった以上は、どう考えても今回のオーガの襲撃のほうがマシ。
確かに2年前の戦いは教皇庁側の不手際だったが、今回とは別問題。
これ以上は範疇外との事だ。
思ったよりハウリルは大分非情だった。
だがこのまま続けて4人で死にますか?と聞かれたら、それは嫌だと思ってしまった。
自分とルーカスはともかくアンリだけは絶対ダメだ、それだけは避けたい。
「…わかり…ました……」
全然思い通りにいかない。みんなを守りたい、でも自分も死にたくない。
ルーカスに頼る?それはなにか違う気がする。
ずっとずっとこんな事ばかり考えているような気がする。
するとため息がふってきた。
「アウレポトラのほうはどうにもなんねぇが、とりあえずお前とアンリは一緒に下げてやるよ」
「おやっ?わたしはどうすれば?」
「お前は自分でなんとかしろ」
冷たいですねといいつつ全く気にした様子はない。
ルーカスはそれを胡乱な目で見るとため息を吐いて、見回りに行ってくるから寝てろとその場を離れた。
それなら遠慮なくと一応1人は見張りを残しつつ順番に仮眠を取ることになった。
一番夜ふかしが出来なさそうという理由で初手見張りに選ばれたことだけは解せないが、決まってしまったので真面目に寝ずの番をする。
とは言っても辺りを警戒しつつ、ルーカスが置いていった火球の見張りだ。
基本的には何もすることがない。
そのまましばらくぼぉっとしていると、交代の時間になったのかハウリルが隣に腰掛けた。
今回は風のクッションをだしていない、地面に直座りだ。
「もう時間ですか?」
「いえっ、まだもう少しです。……少しお話をしたいと思いまして」
「話ですか?」
「あなた達は戦線を離脱したあとどこに行くのかと思いまして。また西でしょうか?結局街では補給も出来ませんでしたからね」
そういえばそうだ。元々補給目的で立ち寄ったのだった。
すっかり忘れていた。
補給と言えば宿のお金についてもすっかり忘れていた、どうしたらいいだろうか。
「宿はわたしが立て替えています。最初に4人分の1週間の料金を払っているので、宿としてはこのままいなくなられても問題ないでしょう」
「えっ、でもそれはハウリルさんの」
「結局この街ではほとんど目的を達成できませんでしたからいいですよ、あなた達はこの街に来る予定はなかったのでしょう?」
再三気にするなと言われてしまえば、これ以上は逆に色々と失礼だろう。
「……すいません、ありがとうございます」
素直にお礼をいうと、背後から物音がした。
振り返ればアンリが立っている。
「どうしたの?」
「ちょっと…眠れなくて……」
そう言うと、アンリはコルト達の正面に座った。
なんだかんだこの3人でこうして落ち着くのは初めてかもしれない。
「話の途中でしたね、コルト達さんは次はどこに行くつもりですか?」
「まだ決めていませんがやっぱり西に行くと思います」
「……そうですか。では海を渡るつもりで?」
「えぇと、はい、そうです」
何も考えていないが、どっちみちいずれはそうなっていると思うのでそう答えて問題ないだろう。
元々の僕たちのご先祖様が住んでいたという北西地域のほうも見てみたい気持ちもある。
そんなことを考えていると、アンリが海かぁとしみじみと呟いていた。
海を見たことがないらしい。
あの村にずっと住んでいればそれもそうだろう。
「連れ出した私がいうのもなんですが、海を渡れば簡単には村には戻れなくなりますよ?」
「……大丈夫です、戻っても、その………」
何も無いから別にいいと言うアンリに、よく考えれば身近な家族や友達がみんな亡くなってしまっていることに気付いた。
その理由の1つに自分たちの国が関わっていると思うととても心苦しかった。
それからアンリはポツポツと語り始めた。
ココには死んで欲しくなかった。裏切って許せないけど、そんな状況になってる事に気付いてあげられなかった。友達が困ってるのに助けてあげる力がない自分がどうしようもなく許せない。
僕たちは自分たちのためにいっぱいいっぱい隠し事をしてて、そのくせ同情してるような態度を見せて騙してて、そのせいで今目の前で苦しんでる人がいる。
本当のことを言いたい、でもきっと言ったらアンリはもっと苦しむ気がする。
だってココは何も悪くないし、誰も裏切ってない。
ただ運が悪かっただけだ。
「……司教さま、なんで悪魔どもは邪神を崇めこちらを邪魔するのですか?」
ハウリルが難しい顔をした。
コルトは頑張って無表情を取り繕った。
別に自分たちは邪神を崇めてるわけでも、邪魔をしている訳でもない。
「いきなり難しい事を聞きますね。」
「だってアイツらが余計な事をしなければ、誰も死ぬことは無かったんですよ!?」
「……そうですね。ただ、もとを正せば魔族の侵攻が全ての始まりなので、彼らも邪神を頼って魔族を排除しようとしたのかもしれません」
「化け物が余計なことをしてこっちが割をくってるのおかしくないですか!?」
物凄く心が痛い。こちらに言わせれば攻めてきてるのはそちらのほうだ。
攻められたから迎撃しているだけに過ぎない。なんでこちらが攻めていることになっているのか分からない。
王族を始めとした貴族など上の人達は積極的な壁外への進出はほとんど考えていない。
今までの政策もずっとずっと国内で全てを賄うためのものだった。
外に出ようっていうのも、何も外で略奪しようとかそういった暴力的な理由ではない。
とても弁解したい、でも今それを感情任せに言えば確実に悪い方に転がる。
「邪神に頼るしか脳がないような連中にせいでこんな目にあうなんて意味わかんない!魔族もあのクソ野郎どものほうを攻めればいいのに、なんでこっちばっか来るんだ、クソ同士で殺し合いでもしてろ!」
「アンリさん、少し落ち着きましょう」
「だって!あんなのが存在するせいで私達は苦労してるんですよ!さっさと消えてなくなれよ!」
どんどん口汚くなっていくアンリの罵りに耳を塞ぎたいが必死に堪えた。
少し興奮気味になおも責め続けるアンリ。
やめて欲しいそんな事を言わないで欲しいと思っていると、ハウリルが珍しく声に怒気を込めて諌めた。
「アンリさん、落ち着きなさいと言ってるでしょう!あまり攻撃的なことを口にするものではありません、思考がそれに支配されますよ。思っているよりも人は自分の言葉に洗脳されますから」
「でも!」
「気に食わないからとどんな言葉で罵ってもいいわけではないです。それに今はまだ1つのことだけに向けているかもしれませんが、思い通りにいかないとやがてそれは全方位に向きますよ」
そうやって誰にでも攻撃的になった結果、手に負えなくなってひっそりと消された人たちを何人か知っているととハウリルは語った。
強い感情は原動力になるが、同時に制御出来なければ際限なく膨れ上がって暴走する。
暴走すれば必ず誰かの不都合になる、それが自分よりも強い存在であれば容赦なく消されてしまうと。
「あなたの怒りはもっともです、それは否定しません。ですが感情に任せればいつか必ず後悔しますよ」
「後悔なんて絶対しません!理不尽に殺された私の家族はどうなるんですか!?」
このままアンリと共にいることは出来ないと思った。
アンリが家族を殺されたように、ラグゼルでも家族や友人を理不尽に虐殺された人たちがいる。
あの日のことはよく覚えている。
コルトは幸い魔力量が既定値よりも多かったため恐怖の感覚を受け取ることは無かったが、魔力が少なかった友人たちは突然発狂して泣き叫んだ。
他人が殺される感覚を複数人分一気に受け取ってしまったのだ。
あれ以来まともに生活出来なくなってしまった人たちが大勢がいる。
なんとか正気を保てている人たちも、こちら側にかなり強い憎悪を向けている。
なんとか双方仲良くなれないかと思う気持ちは今も変わらない。
でも、今の状態では無理だろうなとも思ってしまう。
「あなたを村から連れ出したのは失敗だったかもしれません……」
「何でですか!?」
「結果的に死なせる可能性があるからです」
ハウリルは顔を手で覆った。
アンリは意味が分からないという顔をしているし、コルトも意味が分からない。
何故村を出たことがアンリの死に繋がるのだ。
「ですが今ならまだ間に合います。これが終わり戦線から離脱したらあなたはまっすぐ村に戻りなさい」
「納得出来ません!」
「でしょうね、ですが死にたくなければ戻りなさい」
「何故ですか、司教さまは私が死ぬようなことをするつもりなんですか?あなたもココみたいに裏切るんですか!?」
「人を死なせるつもりはないですよ」
「ならなんで!」
「今のままではいずれ限界が来ます。なので教会のやり方を変える必要がある。現在考えている方法はあなたとは相容れない。」
アンリが目を見開いた。
「わたしはあなたに司教様なんて呼ばれるようなきれいな人間ではありませんよ。司教の地位についたのは都合がいいからです、無条件で一定の信頼を得られますから」
あなたもそうでしょう?と無表情でアンリを見ていった。
アンリは呆気にとられている。
なにかとんでもないことを言い始めたのはコルトにだって分かった。
「わたしが言えるのはここまでです」
話を切り上げると、とりあえず今を乗り切りましょうと言った。
アンリは固まっている、そりゃそうだろう。
信じていたのに、まがい物だと言われたようなものだ。
コルトはいたたまれない空気の中、ひっそりと場所を移動した。
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