第14話
他の討伐員に見つからないように注意しつつ、森の中を徒歩で踏破していく。
確かに南下するほど獣の種類が強い個体に変わっていった。
北上するのは十中八九縄張り争いに負けたやつらだろう。
獣のほうもこちらの存在に気付いていてはいるが、遠くから様子を探るだけで襲ってはこない。
気にせずさらに南下して、魔人の嗅覚で潮の匂いを感じ取れるようになってくる。
ここまで来ると討伐員の姿は見なくなっていた、途中で何度か最近使われた形跡のある野営をみつけたので、ここまで入れるやつが今はいないのだろう。
さらに石垣や建物の跡のようなものが散見されるようになったきた。おそらくこれが昔築いた砦とかいうやつだろう。
規模的にはかなり巨大なものだったと思われるが風化が進んでおり、原型が全く分からない。
さらに進んでいくと、激しい攻撃を受けたと思われる場所が出てきた。
大分緑化が進んでいるが、直径が20mはあるだろう巨大なクレーターの跡は簡単には消えない、それが東西に伸びる砦を上書きするようにいくつもある。
──誰だ?こんなのポンポン撃てんのは絶対議会の誰かだろ。
──ゴルファドロのジジイか?いやっ、ねぇな。あのジジイのやり方はもっと雑だ。
──複数の可能性もあるが、東に行ったなんて話は聞いたことねぇぞ。
──俺の生まれる前か?
その可能性は十分にあるが、過去の魔人の侵攻履歴は1000年くらい大雑把にだが調べた。記録上の出撃は800年ほど前に1度あるだけだ。
しかも当人はとっくの昔にくたばっている。
だがハウリルは複数回襲われたようなことを言っていた。
──面白くねぇな、やっぱ何か隠してやがる。
それからしばらく色々と攻撃跡を見てみるが、誰がやったのかさっぱり分からなかった。該当者が多いような、逆に誰でもないような感じだ。
其れ以上考えても仕方がないので諦めると、輸送中の獣でも見れるかとそのまま海岸の砂浜まで出てみた。
だが、地平線の彼方まで視界には何も映らなかった。
「こんなになんにもねぇと、この先に俺らの地があるなんて思えねぇよな」
そう言って振り返ると、粗削りの巨大な棍棒を持ったオーガが1匹、鼻息荒く威嚇しながら立っていた。
その後ろにも何匹かオーガがいる。
ルーカスはとりあえず剣を抜いた。
「お前、何日分の宿代になるんだろうな」
「……匕…ト、コロ…ス。カッテ…ニ……ツレテ…コロ……ス!!」
「キョウゾクに見えるような殺し方か、どうするか……」
オーガが雄叫びをあげながら、横薙ぎに振りかぶってきた。
それを前方に躱すと、股の下を通って背後に立つ。
殴る蹴るは禁止だ、キョウゾクの肉体でなんとかなるような存在ではない。当然防御や受け太刀もダメだ、力の差がありすぎて受け止められるキョウゾクがそこら辺に転がっているとは思えない。基本は回避だ。
魔法は使ってもいいが、制限をかけたキョウゾクの魔力量で撃てる回数が分からない、3回にしておく。
それを考えるとほぼほぼ剣による斬撃のみの縛りプレイだろう。
なるほど、金属武器に魔力を通して属性効果を持続させるのは、魔力が少ないキョウゾクには理に適った方法というわけだ。
ルーカスは剣に属性変換した魔力を通すと刀身が燃え上がった。
オーガが振り向きざまにまた棍棒を振るってくるのを、再び股下を通って回避しつつ両足を斬りつける。
そして、背後に回るとすかさず飛び上がり背中を踏み台にしながら同時に切り上げ、体をひねると今度は胴体側を切り下ろした。
両肩がえぐれ血しぶきが上がる。
「……弱ぇ」
オーガのくせに弱すぎる、前に殺した個体はもっと骨があった。
さらに前後を移動するようにして四肢を切りつけ続けると、オーガが棍棒を落として膝をついた。
そろそろ止めでいいだろうと近づくと、傷ついたオーガが絶叫する。
すると周りのオーガも同調するように雄叫びをあげた。
地ならしするように足を踏み鳴らし、腰を低く屈めるオーガ達。
だが、無言の圧を飛ばしそれを牽制する。
「そんなにいらねぇんだよ。持ち帰れねぇ、1匹だけでいい」
周りのオーガ達を見渡しながら、尚も立ち上がろうとする傷ついたオーガの頭部に剣を突き刺す。
呼気が漏れる音を出しながら倒れ込むオーガ。
動揺が走った、
手も足も出ずにあっさり殺された仲間に、一匹が何かを喚きながらめちゃくちゃに棍棒を振り回し襲いかかる。
だが、ルーカスにあと少しで届くというところで全身から炎が吹き上がり、一瞬で黒焦げとなってしまった。
「1匹でいいんだって」
そう言って黒焦げの物体を片手で掴むと、そのまま海に放り投げた。
弧を描くようにして空高く舞い上がり落下した物体はそのまま海に沈んで浮かび上がってこない。
ルーカスは汚ぇと呟きながら手を砂でこすり綺麗にすると、剣を鞘に戻し落ちた棍棒を拾い上げた。
そして殺したオーガの頭を持ち上げて口に持ち手側をねじ込み持ち上げるようにして肩に背負う。
その頃にはオーガ達の姿はなくなっていた。
正直期待外れだった、もう少し骨のある種族だと思っていたが、まさかここまで手応えを感じないとは思わなかった。
雑魚だからこっちに島流しされたのかもしれない。
「……帰るか」
静かになってしまった砂浜を一瞥すると、帰還の途についた。
南門に戻る頃には大分日が傾いていた。
結局帰りの道中も亜人っぽいはものは影も形もなかったし、魔物の密集度的にも湧く心配はなさそうだった。
期待して損した気分だ。
しかもわざと獣の密集地を通ってみたが、近づくと逃げ出すような腰抜けの雑魚しかいなかった。
南門の入り口では今日も多くの討伐員がお互いの戦果を報告したり、怪我をしたものを急いで運んだりと忙しそうだった。
それらを避けつつ中にはいるとオーガを背負ったルーカスをみて、辺りに異様な空気が漂った。
「あっ、あんた、これ、1人で倒したのか?」
戦果記録をつけている男が声を震わせながら聞いてくる。
「あー、そうだ。……まずかったか?」
「ま、まずくはない!まずくはないが……オーガを見るのは久しぶりだ。強いな兄ちゃん」
それから人と荷車が到着し、そこにオーガが乗せられると大人数で集積所に運ばれていった。昨日は全て自分で運んだが、何故か今回は焼印が入れられてからは完全に人の手に渡っていた。疑問に思いながらも楽だからいいかとそれを眺めていると、その様子に気付いた男が説明をしてくれた。
「久々のオーガだ。しかもかなりのデカブツだから素材としても良いのが取れるだろう。そうするとな、それ目当ての奴らが少しでも早く見たいと群がるのさ。明日の競りはきっと盛り上がるぞ」
「…ふーん」
「興味なさそうだな兄ちゃん」
「報酬が貰えれば何だっていい」
「はっはっは、あれならいい値がつくから、あとで報酬が上乗せされるぞ」
「…それはありがてぇな」
さっさと宿代を稼いでこの街から穏便に出られるなら何でも良い。
それから換金所で順番待ちをしていると、オーガの噂を聞きつけたのかドンドン人が集まってきた。
──めんどくせぇ
話しかけてくる人間を無視して報酬だけ受け取るとさっさとその場を離れる。
街へ続く門に差し掛かると、アンリが門に寄りかかっていた。
視線が合うがそのまま無視して前を通り過ぎる。
「オーガって中級でもかなり強いやつじゃないと単独で狩れないんだと」
だからなんだと立ち止まる。
「お前ら変な組み合わせだよな。オーガを1人で狩れるやつと、ぜんっぜん戦えないやつが組んでんだろ?どう考えたってお前1人のほうが楽なんじゃないか?」
「……面倒事を押し付けるやつがいたほうがいいだろ」
「うわっ、最低」
何を期待した質問なのかさっぱり分からん。
再び宿に戻るために歩きだすと、隣に並んできた。
お互いしばらく無言で歩いていたが、やがてアンリが口を開いた。
「……司教さまが、ココのことはお前らは関係ないって言ってた」
「………」
「西の大陸はもうずっと悪魔と関わりがないから、脅威がよく分からないんだろって…。単純にタイミングが悪かっただけって……」
それから再びアンリは口を閉ざした。
再び無言になるが、やがて決意したように再び口を開いた。
「…そっ、それで……。それでその、ずっと謝ろうと思って…」
「謝りたいならコルトにしろ。俺は最初からお前らの事なんかどうでもいい」
「!!………今朝私の教官役で揉めたくせに、なんで今そうなるんだよ!やっぱお前の事嫌いだわ!」
結局話は流れたからもう興味がないだけの話だ、あと好かれようと思ってないという言葉をグッと飲み込んだ。
睨んでくるアンリに一瞥だけくれてやると、再び宿を目指す。
同じ場所に泊まっているので仕方がないが、後ろを歩かれるのが鬱陶しい。
ルーカスは報酬でもらった銭袋から適当にいくつかコインを引っ掴むと、残りを袋ごとアンリに投げ渡した。
「俺は飲んで帰るから、コルトに渡しといてくれ」
「はぁ!?自分で渡せよ!」
だが言い終わるころにはすでにルーカスの姿はなかった。
コルトがフラフラになって宿に戻ってくると、部屋の前にアンリが腕組みをして壁に寄りかかっていた。
部屋を間違えたかなと確認してみるが、確かにそこはコルトとルーカスが泊まっている部屋だった。
どうしていいか分からずしばらく立ちすくみ、辺りを静寂が包んだ。
先に動いたのはアンリだった。
「…これ、お前に渡せってあいつが……。」
一瞬遅れて慌てて受け取ったのは銭袋だった、しかもそこそこ重い。
「あっ、えっと…。ありがとう」
「…押し付けられただけだ」
「そうなの?ごめんね」
「………」
そこで会話が止まってしまった。
アンリのほうから話しかけてくれたことはとても嬉しいが、相手の顔を見る限り話しかけたくて話したような感じには見えない。
どうしよう、どうしたらいいか分からない。
廊下に立ち止まっているわけにはいかないし、かと言って部屋に呼ぶわけにもいかないしで途方にくれてしまう。
状況を打開するために思考を巡らせ、そして頭が沸騰してきたころ
「……村でのこと、ココの事だけど……」
「!!」
アンリのほうからココについて触れてくるとは思っていなかった。
二人は本当に仲が良いことは傍目から見ても分かったし、アンリもココもノーランもみんなが子供が生まれることを楽しみにしていた。
それなのにあんなことになって、訳もわからないまま凄惨なことになってしまった。
「あっ、あのそれは本当に僕たちは知らないんだ!ごめんね!悪魔のこと聞いてたのに、その…全然他人事で配慮出来てなくて、勝手なことして、それで……」
「……いや、いい。それはもう疑ってない、司教さまが言ってたから……」
「ハウリルさんが!?」
先日疑ってるかな?どうかな?という話をしたばかりだったので、ハウリルのほうから疑いを晴らすようなことを言ってくれるとは驚きだ。
疑われたところで実際全く関与していないので痛いところは無いが、やっぱりずっと嫌われっぱなしというのは悲しい。
だからと言ってここで全面的に信頼なんてことを言ったら、魔族のアイツのお小言がまた飛んできそうではある。
でも感謝は伝えたい。
「だから、その……殺そうとしてごめん」
殺す気だったのかぁ。なんてことを思ってしまった。
あのときは赤子を守ることで頭がいっぱいだったし、それにあまりにも日常とかけ離れていてそんなことは全く思いもしなかった。
「大丈夫、僕は生きてるし、それより誤解が溶けてて良かったよ。……ココさんのことは、その……ごめん。アンリたちが悪魔のことどう思ってるか分かってるつもりだけど、やっぱり今でも助けたかったって思ってる」
「……そうか……それは、なんていうか……いやっ、いい…。」
アンリが言い淀んだ、悩んでいるんだろうなと思う。
本当はココについて今はどう思っているのかを聞きたがったが、やめたおいた。
もっと時間が必要な気がする。
代わりに、受け取った銭袋を掲げた。
「ねぇ、ご飯食べに行こうよ」
「はっ?」
アンリが突然のことに間の抜けた顔になった。
「そろそろ夕食の時間でし、ついでにデザートも食べよう!」
コルト的にはどれも美味しくないが、こちらの基準ならデザートは贅沢品だ。
気分が落ちたときにはパーッといくに限る。
えっ、はっ?などと困惑するアンリの手を引いて、強引に食堂に向かった。
ルーカスにはまた明日頑張ってもらおう。
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