第13話

翌朝、コルトはいつもよりすっきりと起きることが出来た。

昨日のことは正直途中からあまり記憶がなく、宿の部屋に戻ってからはそのままベッドに倒れて寝てしまっていたが、程よい疲労感が深い睡眠に繋がり、結果的に質の高い睡眠になったようだ。

支度を整えルーカスとともに宿の食堂に向かうと、アンリとハウリルはすでに朝食を取り始めていた。

すでにこちらの食事の味には大分慣れてきた、人間慣れればどうにでもなるものだ。

着席して朝食を注文すると、しばらくして食事とともに頼んでいない水が4人分テーブルに置かれた。


「なんです、これ?」

「聖水でございます、司教さまがお泊りになっているので、教会よりご支援頂きました。ありがとうございます。」

「こちらこそ4人もお世話になっておりますからね、引き続きよろしくお願いいたします。」


会釈して去っていく給仕を見送ってから、コルトはカップに入った聖水とやらを眺めた。

パッと見はただの水だが…。


「聖水だぁ?なんだそりゃ」

「聖水は教会が配っている神より特別な加護を受けた水です。一時的に魔力を増幅させる効果があります」

「…胡散くせぇ」

「体に害のあるものではないですよ」


そういうとハウリルは一気に飲み干した、アンリも嬉しそうな顔で飲んでいる。

コルトは一口飲んでみた、これと言って何か変な味は感じられない。

加護というものがどういうものか分からないが、ラグゼルでは思い込みを利用した薬の処方があるので、失礼ではあるがその類ではないかと疑ってしまう。

ルーカスのほうも少し口に含んだようだが、しかめっ面をするとほとんど飲まずにテーブルに戻してしまった。


「俺はいい」

「お口に合いませんでしたか?」

「……そうだ」


ハウリルは特にそれを咎めたりず、カップを引き寄せると飲みたい方はいますか?と聞いてきた。

正直一度他人が口をつけたものを飲む気にはなれない。

だがアンリは気にしないようだ、頂けるなら欲しいと言ってカップを受け取っていた。

ルーカスのほうは朝食を追加注文している。

これも一応あとで会計に上乗せされるのだが、大丈夫だろうか…。

ルーカスが食べ終わるのを待っている間、ハウリルが今日の予定を話始めた。


「本日はコルトさんは引き続きリンダさんとともに魔法の修練を、アンリさんとルーカスは模擬戦でしたね」


模擬戦とはなんのことだろうか

昨日少々心を飛ばしている間に色々あったようだ。


「この男がアンリさんの教官役を買って出たのです」

「なんで!?」


無言で食事を続けているルーカスを見れば、目線で肯定を返された。

おとなしくしているという話はどこにいったんだ。


「ご自分の強さに大層自身がお有りのようですよ」

「………」

「アンリが強くなりたいって言ってるから手を貸してやるって言ってんだよ、それのどこに文句があるんだ」

「たくさんあります。まずここの教官役に一言も入れずにそんな勝手は認められません。その次にあなたの実力が高いのは認めますが、それと教官に向いているかは別問題です。道中を見る限り力とセンスでのゴリ押しがあなたのスタイルで、とても他者に教えられるものではありません。その次に貴方に対する信頼というものが」

「あ゛ーーーーーーー!分かった分かった!」


つらつらとダメな理由を述べられてルーカスが喚いた。

どれも納得が出来るが、要約すると勝手な真似をするなって事だと思う。

そのとおりだ。


「昨日は早くコルトさんとアンリさんに休んで頂きたかったのであれで終わりにしましたが、今日はそうは行きませんよ」

「じゃあコイツが強くなりたいってのはどうすんだ」

「ルーカス、強いのは分かるけどちょっと落ち着きなよ?」


なんでそんなに拘るのかは分からないが、あまり勝手なことをされるとこっちが困る。

それにしばらくおとなしくと言った本人が突っ走るのはやめて欲しい。

冷めた目で見ていると、少し冷静さを取り戻したらしい。


「あっ、あのっ、司教さま。すいません、模擬戦のことは忘れてください!」


当事者置いてきぼり状態だったが、ここでやっとアンリが口を挟めた。


「昨日は、そのっ…。武器に魔力を込める事が出来て、それでたくさん魔物も討伐出来たから思ったんです。もっと先に行きたいって……。あのでもっ…、すいません………」

「謝ることはありません、元々そこの男が変な事を言い始めたのが悪いのです。もっと強くなりたいと思うのは良いことですよ、それがあれば前に勧めますから」


俯いてしまったアンリにハウリルは優しく声をかけた。


「それに武器に魔力を込められるようになったのですか?大きな一歩ではないですか。先ずは全体を見る余裕をと思っていたのですが、そちらも同時に進めましょう」


アンリが顔をあげた。


「武器の魔力を無意識に出来るようになれば、さらに強くなれます。そうしましたら、わたしと一戦お手合わせ願いましょう」

「……!ありがとうございます!」

「お礼にはまだ早いですよ」


どうやら丸く収まったようだ。

良かった良かったと思っていると、隣でカタンと音がした。

見るとルーカスがふてくされた顔をして肘をついている。

なんで突然アンリの面倒をみようと思ったのかは知らないが、本当に目立つことはしてほしくない。

これで少しは冷静になってくれるといい。


「さて、話の続きですがアンリさんはまた森に入っていただきます」

「はい!」

「ただし条件として、この街の下級の方たちとチームを組んでいただきます」


いきなりの条件にアンリの表情が少し硬くなった。

知らない人と当日チームを組めって言われたらそりゃ困惑すると思う。

そもそも直前まで模擬戦予定だったのに、そんな事を言って相手も困るのではないだろうか?


「ご安心ください。話はすでに通してあります」


疑問符が出た、どういう事だ。


「元々わたしは模擬戦なんてやらせるつもりはありませんよ、なのでこちらで予定をねじ込ませて頂きました」


なんてやつだ!と隣から抗議の声が上がった。

もともとルーカスの意見なんて聞く気がなかったのだろう。

さすがにちょっと可愛そうになった。


「彼らは下級とは言えこの街で生まれ育ち、幼い頃から討伐員を目指してこられた方です。一緒に魔物を狩ることで得られるものは多いでしょう。何より魔物や悪魔と戦うときは基本的にひとりということはありえません、必ずこちらも集団で攻めます。なので彼らとともに連携することを学ぶのはこれからとても重要になります」


初耳だ。

というか討伐員をアンリ以外に知らないので、ほとんどの人は1人で魔物に挑むものだと思っていた。


「単独行動は本当に強い方の特権ですよ。アンリさんの村の状況が特殊だったのです。」


本当は個人の強さよりも先に複数人での連携を覚えてほしかったらしいが、初手ルーカスと一緒にしたのは失敗でしたとハウリルは反省している。

万が一を考えてルーカスと一緒にしてみたが、思ったよりアンリが戦えたのと、ルーカスの個人主義が悪い方向にいってしまった。

だが結果的に軌道修正出来たので満足そうだ。


「最終的にはコルトさんも一緒に戦えるといいのですが、まずは味方に当てないようにするところからですね」


まさかの流れ弾である。

昨日も討伐員の登録は今日やらないのかリンダに聞いてみたところ、ふざけるなと一喝されてしまった。

味方の負傷を増やすようなやつは許可出来ないとの事だ。

ぐうの音も出ない。


「……さて、それで1人空いたルーカスですが、あなたには別の仕事を頼みましょう」

「仕事だぁ?」

「詳細と報酬は教会についてからお話いたします。では皆さん食後のお休みも十分ですね、行きますよ」


そう言ってハウリルが立ち上がると、アンリもそれにならい立ち上がった。

二人が先に宿の出口に向かうのを見送ってから、未だにふてくされているルーカスに向き直る。


「おとなしくしてるって決めたのは君じゃないか、なんで余計なことをかって出たんだ」

「……あー、悪かったよ」

「仲良くするのはいいけどさ、自分で言ったことは守ってよ」

「……お前に説教されんのムカつくな。お陰で冷静になったよ」


一言余計な男である。

アンリを嫌っていると思えば戦い方を教えようとしたり、何を考えているのかさっぱり分からない。

一応念を入れておとなしくしているように言った。

再び教会に向かうと入口でハウリルたちとわかれた。

コルトは一人教練場に向かうと、すでに何人か撃ち込みを開始していた。

管理棟に入りリンダの所在を聞くと、まだ来ていないようだ。

先に教練場に入ることをリンダに伝言を残し、さっそくコルトは空いているレーンに入った。

今日の目標は半分は的に当てることだ。






ルーカスはハウリルについて教会上層階の廊下を歩いていた。

一般的には立ち入り禁止の区域のはずだ。

そのためかすれ違う教会関係者が、ハウリルに礼を返したあと後ろを歩くルーカスに気付いてギョッとする事があった。

ハウリルは気にした様子もなくドンドン進んでいくと、突き当りの扉の前で止まった。

ノックをして名乗ると、中から返事が返ってきたので扉を開ける。

執務室のようだ。


「ガラド教区長、例の件について任せられる人材をお連れしました」


中央にある机に座っている初老の男、ガラドが顔をあげた。


「昨日今日で見つかる人材だとは思わないが?」

「別件に当たらせる予定でしたが、適正がなかったのでこちらに回しました」


こいつ、だんだん俺に対して遠慮がないどころか辛辣になっている気がする。

バレたか?と思うが、それならこんな教会の奥まで連れてこないだろうと考え直す。

殺気なども特に感じないし、人が潜んでいる気配もない。


「信用出来るとは思えんな」

「私が試験官を務めた正規の中級討伐員ですよ」

「それがなんの保証になる」

「私の判断は信用出来ないとおっしゃるので?」

「………貴様ら教皇庁が信用ならん!」


──めんどくせぇ。

よく分からないが、ガラドとハウリルはお互いに一歩も引かずに睨み合っている。

仕事を頼むなら予め話くらいは通しておいてほしい。


「後回しにして良いものではないことはお分かりでしょう?何を躊躇するのです、ここまで野放しにした責任を持つのが怖いのですか?ならご安心ください、ここからの責任は私が持ちますよ」

「貴様がそれを言うか!2年前の大戦で教皇庁の言うがままに戦力を貸してやった結果はどうだ!1人も帰ってこなかった!」

「だからこそこれ以上戦力を減らさないために、今調査が必要だと言っているのです!」


お互い譲る気はなさそうだ。

こうなってくるとルーカスはだんだん帰りたくなってきた。

そもそも仕方なく討伐員になったとはいえ、本来は完全に部外者だ。

同じ種族ですらない。

何かしてやる義理などない。


「…帰っていいか?」


二人の視線がルーカスに向いた。


「あぁ帰れ、ここは本来討伐員と言えど入ることを許しては」

「教区長!王が生まれてからでは遅いのですよ!?」

「魔物の数はまだそこまでいっとらん!」


──王、魔物、数。

それでルーカスはハウリルの懸念を大体察した。

獣はある程度の地域である程度の数が揃いかつ近くに力のある人がいない場合と、極端にストレスのかかった状態、例えば種の存続の危機などが起こると、突然変異的に強く巨大な人に近い型の獣が生まれる事がある。

それをキョウゾクでは王と呼んでいるのだろう。

魔族の間ではそういう個体は人の成り損ないとして亜人と呼ばれ、見つけ次第上位魔人が駆除している。

放っておくと付近の獣をまとめ上げ、群体として人を襲い始めるからだ。

最近は発生を防ぐための対策が取られているので、ここ数百年は亜人の発生報告がない。

そのためルーカスも亜人の実物を見たことがなかった。

それがこちらでは現実問題として存在しているらしい。

言い方的に亜人が生まれる原理を知っているということは、今までも何度か発生しているのだろう。

魔族ですら下位の魔人では敵わないというのに、ましてや個体が弱すぎるキョウゾクではひとたまりもないだろう。

なんというか、この場合悪いのは明らかに魔物を流入させている魔族側なので、上層部に一応属している魔人代表としては仕事を引き受けるのは吝かではないが。

とはいえ、そんな簡単に湧くような存在でもないので、ハウリルは少し焦りすぎではある。


「前回の調査からまだ5年だ、その時はまだ大分余裕があった!今も毎日多くの魔物が狩られている!しかもあと1年もすれば中級が今の3倍にはなると教官たちも言っている!それからでも遅くはないだろう!」

「ですが、最近繁殖力の高い小型の魔物が増えているそうではないですか、北のネーテルでも報告数が上がっています。数に余裕があっても、生息域の拡大調査はしておくべきです!」

「戦力の確保が先だ!今の状況で奥の魔物を刺激することは出来ん!」


何をごちゃごちゃ言ってるのかは知らないが、弱いやつらは大変だなと他人事を考えた。

とは言えこのままだと話が終わりそうにない。

……帰るか。

ルーカスは部屋を出るべく歩きだした。


「ルーカス、どこに行くのです!」

「帰るんだよ、話が決まってから俺を呼べ」


ハウリルの呼び止める声を無視してさっさと部屋を出ると、そのまま教会入口まできた。

一応コルトの様子を確認するとリンダとかいう女に怒鳴られながらも、なんとか頑張っていた。

──やることねぇな……。

だがこのまま宿に戻ってもなにもないし、酒を飲みに行くにも金とやらがない。

そうすると思い浮かぶのは結局魔物退治くらいだ。

積極的な魔物退治とかキョウゾクのために働いているみたいで気に食わないがさっさと街からは出たいし、亜人の存在は気になる。期待できるものではないが、ついでに南部にいる強い獣とやらを確かめるのもいいかもしれない。

──竜がこっちに来てるとは思わねぇが、オーガはいるっぽいからな。それなりに面白い喧嘩が出来るかもしれねぇ。

ルーカスは舌なめずりをすると、南門に向かった。

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