第15話

あのあとなんだかんだで仲直りが出来た二人は、翌朝揃って食堂に入る。

するとそのあとすぐに慌てた様子のハウリルが入ってきた。


「おはようございます司教さま、どうされました?」

「コルトさん、あの男はどこに行きましたか?」


まっすぐコルトに向かってくると、開口一番がそれだった。

あの男とは間違いなくルーカスの事だろう。


「ルーカスなら朝早くから出掛けましたよ、どうかしましたか?」

「どうもこうもしましたよ。昨日あれがオーガを討伐したのはご存知ですよね?」


全く聞いてない。

あいつはコルトが寝静まってから帰ってきたし、朝も起きたときにはすでにいなかった。

ベッドに使用形跡があったから帰ってきたのが分かったくらいだ。


「オーガの死体を調べたところ、群れのボスであることが分かったのです」

「はぁ!?」

「まずいですか、それ……」

「まずいなんてものじゃありません、群れで攻めてくる可能性があります。あんな見た目で意外と仲間意識が強いのですよ、しかもボスが死んだとなれば次のボスを決めるために、ここが利用される可能性があります。今この街には中級以上のものがあまりいません、攻め込まれても対処出来る戦力が無いのです!」


ハウリルは頭を抱えてよりにもよってなんで今、と呟いている。


「ハウリルさんの仕事で討伐したわけではないんですか?」

「違います!魔物の数と生息域の調査をお願いするつもりだったのですが、ここの教区長と話が合わず勝手にどこかに行ってしまったのです。南門から外に出たのは聞いていましたが、まさかオーガのボスを討伐してくるとは思いませんでしたよ!」


いつも余裕そうなハウリルが取り乱すとは思わなかった。


「オーガって強いの?」

「下級じゃなぶり殺しだと思う」

「そっ、そんなに!?」

「一撃が重いので動きが鈍いとそうなります。ですが単体では攻撃が単調なので、慣れた中級なら1人でも倒せます。ですが今回は群れで来ると思われるので、そうなればかなり手強い相手です」

「えぇ!!まっ、街の防備はどうなってますか!?」


城塞都市であるならば、ある程度迎撃のための兵器があってもおかしくない。


「現在大急ぎで整備を進めています。コルトさんにはあのバカを捕まえてきて欲しいのです!」

「どこにいるか分かりませんが探してみます!」

「気合で探してください!我々はその間に街の防備を固めます!」

「司教さま、それではコルトも危ないのでは!?」

「別にオーガの群れに突撃しろとまでは言いませんよ」


さすがにそんなことを言われた困ってしまう、逃げたくはないがコルトでは足止めにすらならないだろう。

とはいうものの、街の人達が危ないこの状況を放っておくわけにはいかない。その原因が自分たちにあるなら、なおさらだ。

ルーカスにはあとで絶対にこの落とし前はつけてもらおう。


「分かりました、では行ってきます」

「コルト!」

「大丈夫だよ、きっとすぐ見つかる」


宿の人が簡単な軽食をくれたので、それだけ口に入れると準備もそこそこに宿を出た。

もともと魔法しか使えないのだ、出来るだけ身軽なほうがいいだろう。

アンリも斧を背負って追いかけてきた。

街は慌ただしかった、南門に近づくほど人の往来が激しくなっていく。

コルトは人の間を抜け街の外に出ると、とりあえず森の中に入った。


「あいつがどこにいるのか分かるのか?」

「多分街の外じゃないかな」


実際はさっぱり分からない、これだけの騒ぎなのに出てこないということは外だろうなと思っただけど。

だが、ルーカスの仕事はコルトを守ることなので、コルトが危険な目に合いそうなら向こうから来るはずだ。

案の定、森の中に入って大して歩かないうちに姿を現した。


「おいおい、そいつと二人でなんで森に入ってんだ。お前、魔法当たるようになったのか?」

「お前がアホなせいで、今街が大変なんだよ!」


コルトが喋る前にアンリが口をだした。


「何も悪いことはしてねぇよ、酒場もちゃんと金払って飲んでたぞ」

「そっちじゃねぇ!!」

「ルーカス、君が昨日倒したオーガが群れのボスだったらしいんだ」


それを聞いたルーカスがあーー、と何かを察した顔になった。


「それは、なんだ。悪いことしたな」

「悪すぎんだよ!」

「今街に迎撃出来る戦力が少ないらしいんだ。それでハウリルさんがルーカスを探してくれって」

「めんどくせぇな…」

「お前が原因だろ!」


いまいち反応が悪いのは、襲われるのがキョウゾクだからどうでもいいとでも思っているのだろうか。

例え心の中でそんなことを思っていたとしても、行動としてそれは許さない。

少なくともコルトは同じキョウゾクなのだ。


「ルーカス、なら僕はオーガを止めに行くよ」

「何言ってんだ、お前じゃ勝てねぇよ」

「街の人たちが危ない目にあってるその原因が君にあるんだぞ!!」


コルトは森の奥に向かって歩きだした、アンリも斧を構えてコルトの前に立って歩く。

ルーカスはそんな二人の見て、頭をかくと二人の前方に火球を撃ち込んできた。

一瞬目の前が燃え上がるがすぐに鎮火する。


「危ないじゃないか!」

「危ないのはお前らだ。全く分かった分かった、オーガを止めれば良いんだろ?」

「出来んのか?」

「出来るに決まってんだろ、俺をなんだと思ってるんだよ」


大人しくしていられない、すぐに人を殺そうとする魔族だと思っている。口には出さない。


「その前にハウリルさんのところに行かないと」


探してこいと言われた以上、見つけたからには一度戻らないとまずいだろう。

今勝手な行動をして余計な心配をさせるわけには行かない。

のだが、あからさまに嫌そうな顔をされた。


「俺が戻ったってどうせすぐ森の中だろ?ならここは、先に偵察でもしといたほうがいい。お前らは一度報告に戻れ」

「勝手すぎだろ!」

「どうせ原因のやつを攻めたいだけの場だろ?勝手だろうがそんな無駄な時間を過ごす気はねぇよ」


言いたいことは分かるが反省の色が全く見えない。


「てめぇ、いい加減にしろよ!」


アンリがルーカスの胸ぐらを掴んだ。

だが掴まれたほうはめんどくさそうに見下ろすだけでどこ吹く風だ。

ルーカスはコルトのほうを向いた。


「俺が教会に行ったところで、余計な事になるだけだぞ。騒ぎをもっと大きくしたいのか?」

「!!」


余計なこと、つまり魔族であることがバレる可能性だ。

突然現れたオーガのボスを無傷で殺せる存在、何を突っ込まれるか分からかない。

そして疑いがコルトに向いたらどうなるか。

納得出来ないが引くしか無い、下手にルーカスを教会の人間とは接触させられない。


「……分かった」


コルトが引くとアンリが意味が分からないと驚愕して振り返った。

その一瞬のすきにルーカスがアンリの拘束から逃れる。


「あとで覚えとけよ、ルーカス」

「分かった分かった、とりあえず俺はオーガの居場所とか数とか探っといてやるよ」

「その先はなにか考えてるのか、僕もしっかり見張るつもりだよ」

「いやっ、大人しく引っ込んどけ、あーーー、分かったからもう何も反抗しねぇよ。ったく、お前もやるなら夜に闇討ちしかねぇな」


睨みつけると両手を上げて降伏の意を示したルーカスが、とんでもないことを提案してきた。


「夜まで待つつもりかよ!」

「そりゃ夜のほうが都合がいいからな」

「そうじゃねぇ!そんな時間あんのかって話だよ!」

「お前意外と獣…あー、魔物のこと知らねぇのな。アイツらは拙いが人語を操るだけの知能がある、集団で何かを襲うときは準備すんだよ」

「準備?」

「そうだ、得物を揃えたりするんだよ。数が多いほどその時間は長くなる。それが終わったら一斉に襲いかかるんだ。バカなりに生き残るために頑張ってんだよ」


涙ぐましくて泣けるとか白々しいこと言っているが、要するにすぐに街に来るわけではないという事だろうか。


「まぁ頑張ってはいるんだが、バカなので夜はちゃんと休む。中途半端に強いせいで夜活動する必要がねぇから夜目も効かねぇときた。だから頭のいい俺たちは闇に紛れてさっくりやれるってわけだ」

「寝込みを襲うのか」

「そういうわけだ。というわけだ、お前らは街に戻って人集めろ、だが集めすぎるなよ。隠密行動だからな」


それだけ言うと、あとはよろしくなとルーカスは再び森の奥に姿を消してしまった。


「どうする?」

「しょうがないから一度ハウリルさんのところに戻ろう」


アンリが頷いたので二人は街に引き返した。

街に戻りハウリルの居場所を聞いてまわると、教会に向かっているのを見たという人がいた。

なんだか慌ただしい様子で集まっていたのを見たらしい。

それを聞いて急いで教会に駆け込むと


「ハウリルさんいますか!?」


中に入ると同時に目の前に何かが倒れ込んできた。

ハウリルだ、駆け寄って抱き起こすと顔に殴られた跡がある。


「なんだお前らは」


顔を上げると祭服をきた者たちがズラッと並んでいた。


「何してるんですか!?なんでハウリルさんが殴られてるんですか!!」

「お前もあのオーガを倒した男の仲間か?」

「……そうです、けど…」


その瞬間どこからか雷球が飛んできた。

だが当たる直前でハウリルが杖を振り打ち消した。


「彼らは関係ありません!事故だと言ってるでしょう!!」

「信じられるか!貴様ら教皇庁のせいでどれだけの犠牲が出たと思っている!しかも負けた責任を全てこちらに押し付けやがって!」


何を言ってるんだ、この人たちは。

揉めている場合ではないだろう、脅威が迫っているというのに、なんで仲間同士で喧嘩してるんだ。

コルトには訳が分からなかった。


「それで2年でやっと手前だけは対処出来るようになったというのに!」

「オーガの群れをけしかけるだなんて、教皇庁は我々を滅ぼすつもりか!」

「我々が何をした!今までずっとこんな中央から離れた地で、対して見返りがなくても精一杯やってきたのに!なのにお前らは!」


だんだん興奮していってるのが空気から伝わった。

やばい、この状況はやばい。

コルトはハウリルの前に立つと叫んだ。


「ハウリルさんは関係ありません!本当です!僕の連れが何も知らずに勝手に討伐しちゃっただけで、ハウリルさんは別に何もしてない!」

「それが信じられないと言ってるんだ!お前らは同時に街にきて同じ宿に泊まっている!これで関係ないだと!馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

「本当です!たまたま道中で一緒になっただけで、本当にハウリルさんとは関係ないです!僕たちが勝手にやっただけだ!それで今その責任と取ろうと」


だが言い終わる前にコルトの足元から突然水と風が吹き上がり、ふっ飛ばされた。

そのまま背中から落下する。


「うっぐぅ…」


痛い、痛い…。

なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ。


「今君たちの信用は皆無なんだよ」


言葉とともに、教会関係者が道を譲るように現れたのはガラド教区長だ。


「責任?そんなものは当然だろう、この事態を招いたのだから今からオーガの討伐に向かってもらわなければ困る。街に到達するまでになるべく多くを殺してこい」

「彼にそのまま死ねと?」


一緒に飛ばされたハウリルが立ち上がって抗議した。


「当然だろう。これからの犠牲に対して、死のみで赦してやるんだ。感謝しろ」


コルトは唇を噛むと、痛む背中を我慢して教会を出た。

話を聞いてもらえなかった、人員の応援も見込めない。

なんでこんなときに人同士で争っているんだ。

ルーカスの”攻めたいだけの場”という言葉が頭の中をよぎった。


「コルトさん」


振り返るとハウリルと、その後ろにアンリが立っていた。


「すいません、巻き込みました」

「なんで謝るんですか?僕たちが余計なことをしなければ良かっただけです」

「ですが、あなたたちだけならただの事故で済まされた可能性はありました」

「事故でも結果が変わらないなら、やっぱり僕たちが悪いですよ」


ハウリルがいようがいなかろうが、ルーカスのせいでオーガが街を襲ってくるならどっちみち一緒だ。

起きてしまったからには、もしもの話をしたってしょうがない。

それにまだ犠牲は出ていないのだから、その前になんとかすればいいだけの話だ。

根本問題としてルーカスにちゃんと言い聞かせられなかったコルトの責任でもある。

でも、ルーカスが一番年齢高いんだから、年下のコルトが言い聞かせるというのも変な話な気がしてくる。

だんだん腹が立ってきた。


「僕たちのせいで誰かが死ぬなんて許さない!」


ココは結局助けられなかった。でも今回はまだ間に合う。

全然状況も違うし、時間もまだあるらしい。

でも出来るだけ急がなくては。


「待って!私も行く!」


アンリがコルトの手を後ろから掴んだので、少しよろめいた。

振り返ると真剣な顔をしたアンリがまっすぐコルトを見ている。


「ダメだよ、やっぱりアンリまで巻き込めないよ。これ以上は君の立場まで悪くなっ」

「ふざけるな!さっきまで一緒にの雰囲気だったのに、ここで私だけ抜けられるかよ!それに私にまた見知った人が死ぬのを黙ってみてろっていうのか!?」

「!?……そっ、そんなつもりはないけど」

「じゃあ私が行ったって問題ないだろ!?」

「死んじゃうかもしれないんだよ!」

「……見てないところで死なれるより、マシだ」


絞り出すような声だ。


「あのとき一緒にいればって、あとで後悔してからじゃ遅いんだよ……」


ココの事だろうか。


「あんな風に分かれる事になるなんて、思わなかったんだよ」

「………」


なんて言えばいいのか分からない。

結果が変わらなかったとしても、過程の違いは重要なんだろうか。

とにかくアンリは譲る気が無さそうだ。

ここで黙って二人をみていたハウリルが一歩出た。


「わたしかもお願いします、コルトさん。本当はアンリさんにはこの街に残ってもらおうと思っていたのですが、わたしが連れてきたことが逆に足枷になりそうなので、不甲斐ない限りです」


ハウリルが歯噛みしている。

そういえば道中己の有用さについて語っていたが、今となっては完全に道化のような状態だなと、場違いにも思ってしまった。

二人共この調子では断っても勝手についてきそうだ。


「でも僕じゃ二人を守れないです」

「分かってますよ。こちらも死にたくはないので出来る限りの事はします」

「お前が守るとか、弱いくせに何いってんだよ」


なんだろう、少しも期待されてない感じがとても悲しい。


「とにかく今は街を出ましょう、少しでも外の状況を知らなければ」


そういうハウリルに導かれるように3人は走り出した。


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