ボトルメールの海辺
於田縫紀
ボトルメールの海辺
なかなかいいタイトルが決まらない。タイトルやキャッチコピー、紹介文を書くのがどうも苦手だ。
今回のような短編なら最初はタイトルを決めずに書く。書き上げた後にキャッチコピー、紹介文を書き、最後にタイトルを決める。投稿後に気に入らなくて訂正する事もしょっちゅうだ。
なんとかタイトルを決めて投稿完了。私の作り上げた世界の欠片を投稿サイトに送り出した。
どんな評価を受けるかは今の時点ではわからない。一番悲しいのは読まれず評価も無いという奴だ。それに比べれば悪評はまだいい。少なくとも読んでは貰っているのだから。
こうやって送り出す作業って、手紙みたいなものだよなと思う。それも特定の相手がいる手紙では無く、何処で誰が拾うかわからないボトルメール。受け取ってくれる宛てがないまま投稿サイトというネットの海に流すのだ。
勿論ボトルメールは拾う側だけではない。私と同じように流している奴も大勢いる。今この瞬間だって私以外の誰かが不特定多数の誰かに向かってボトルを流しているのだろう。
投稿サイトは投げる誰かと拾う誰かとボトルメールで繋がっている。そういう意味では皆が仲間でもある。顔をあわせる事はないけれど。
でも最近、そんな
何だろう。私は画面から顔を上げる。周りの壁や機器類を何とはなしに眺める。
生活に必要なものは全て揃っている。気温も自動調整だし食事も出てくる。病気の治療だってロボアームがやってくれる。トイレもシャワー室もあるし、運動不足解消の器具もある。全てが揃っている筈の1人部屋。
この部屋の外を十数年、自分の目で直接見たことが無い。新型流行病の蔓延が不可避と判断された時点で政府は国民全員の隔離政策を実行した。既に人口の1割が死亡し、更に急激に減っていた。確かにあの時、他に方法は無かったと思う。
日々の感染者数を流していたニュースもやがて沈黙した。強制的な全国民隔離政策に反対する声もやがて聞こえなくなった。
時々もう生きているのは私だけなのではないかとさえ思う。全てがネットと人工知能群が私の為に作り出した幻想なのではないかと。
ネット以外に外に出る手段が無い私には確かめる事は出来ない。そう思ってふと一瞬思い出す。
そう言えばかつて私は……
記憶の中で幾つかの光景が瞬く。ネットの海で偶然拾った暗号コード。何とか開いた扉の先。一桁だけ表示された生存者数の表示ボード。薄暗い廊下を走り抜けた先で見た荒廃した建造物群。そして……
ロボアームの作動音がする。ふっと首筋に何か温かい感触を憶えた。私の視界は色を失う。眩暈に似た浮遊感……
目が覚める。どうやら椅子に座ったまま寝落ちしていたようだ。そしてふと思う。今、何か夢を見たような気がすると。何か重要な事を思い出した気もする。でもそれが何かは思い出せない。つかめないまま遠ざかっていく何か。
私は椅子に座り直し、また画面に向かってお話を書き始める。誰に命じられたわけでもない。他にする事が無いからでもない。ただ書くことが好きだから。
読んでくれる、私の他に流している仲間がいる事を信じて。
いつか私の書いたボトルメールが再び誰かに、この海にいるはずの仲間たちの誰かに拾われるのを夢見ながら。
ボトルメールの海辺 於田縫紀 @otanuki
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