アビスの心

 ノア・テクノロジーズの本社がある小惑星アステロイドに、大規模な護衛付きの宇宙警察のシャトルが到着した。

 攻撃こそしてこないものの、「何日でも滞在する」と通達してきた。

 ノア社にとってはひどく迷惑な言動である。

 『どこかの組織』が核レールガンを使用したことによる宇宙警察側の干渉だった。

 幹部アビスによる攻撃だとはわかっていないので、多数の会社・ステーションが同様の監視を受けていた。

解任パージの可能性もあるぞ」

 アビスに対して好意的でない幹部が、文章だけの通称『時間差会議』でそんな情報を送ってきた。

 何十~100AU以上と離れているので、電波通信ではどうしても連絡に時間差がでるためにこう呼ばれていた。

 社長などの重大性の高い発言は、情報処理専用艦がワープ装置を使って遠く離れた位置にまで一旦ワープしてから情報・電波を飛ばすこともあるが、今回はそれはないようだった。

 パージの可能性。

 ノア・テクノロジーズは情報を最重要視している。

 幹部が退任しても、その幹部はその後自由な人生は送れない。

 場合によっては、死を意味する。

「そういえば、私の前任者もパージされて殺されたんですっけ」

 どこ吹く風のアビスに、冷徹な返事が帰ってくる。

「君と同じ奴隷の身分だった。過半数の幹部及び社長の許諾きょだくと、インプラントを操作するだけで終わる」

 アビスの側頭部に埋め込まれたインプラントは情報を大量に処理できるが、過剰な情報を流し込むことで脳に重大な負荷がかかり、脳神経が深刻なダメージ負う。

 まるで電気椅子のような、小さな処刑装置に変化するのだ。

「賭けの終了まで、あと15日だ。

 よろしく」

 また別の幹部が、気軽にそう言った。

「どうする、アビス?」

 黒猫の電子精霊、フェイトは気軽にアビスに問いかける。

 自身の命をゲームのチップにする。

「これは暇つぶしの遊びだ。

 くだらねえ」

 珍しく砕けた、かつ乱暴な表現を使うアビスだった。

 これからのことに全く緊張感がないわけではない。

 しかしこのインプラントのせいで、奴隷時代の嫌な記憶は脳内に永住している。

 アビスは苦痛こそ嫌いで、快適を好むが、自分の命への無頓着むとんちゃくさが生まれていた。

 高すぎる知性を持ってることにも起因するのかも知れなかったが、もうはや理由などアビスにとってはどうでも良いことだった。

「賭けには勝つ」

 そう独りで、アビスは宣言した。

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