親が再婚するお陰で憧れの「JK」と同居することになったからブログに報告したら

66号線

親が再婚するお陰で憧れの「JK」と同居することになったからブログに報告したら

 タイトル「ご報告」

 本文「いつも当ブログ『私と読者と仲間たち』を読んでくれてありがとう。私事ですみませんが、諸兄にご報告です。なんと、この度念願叶って『JK』と同居することになりました!」


 俺はデルタ。見たまんま、でるた、と読む。突然だが、いまブログに書いたようにJK、すなわち女子高生と夢の同居生活をすることになった!


「デルちゃん待ってよぉ〜」


 校庭を歩いていると、目障りなブー子がじゃれついてきたので顔面を思い切り殴った。ブー子は大袈裟に倒れると、大根足を派手に開いて制服の中身をこちらへ見せた。最悪だ。


 高校から帰宅すると、親父とともに再婚相手の女性が居間に立っていた。実の父がこのまま独りなのも子どもながらに心配だったので素直に嬉しかったが、次の言葉で俺はさらに歓喜した。


「な・ん・と、お前に女子高生の妹ができるぞ〜。シヅカちゃんっていうんだ」


 思わず小躍りしそうになった俺に、再婚相手は


「仲良くしてあげてね」


 と囁いた。その時、彼女がそっと顔を伏せたのには訳があったのだが、光の速さで果てしなく広がる妄想に脳ストレージの大半を取られていた俺には当然ながら気づきようがない。


 その日から俺は期待で股間を膨らませながら、義理の妹となるシヅカちゃんとの妄想ラブストーリーをブログに書き綴った。


 二つ年下だということで、俺が彼女に勉強を優しく教えてあげる。

 英語の教科書を覗き込もうとして、シヅちゃんと俺の額がそっと触れ合う(この頃はもう勝手にシヅちゃんと呼んでいた)。

 そのまま重なり合う、くちびる……。

 俺は彼女を抱き抱えてベッドに運び込むと、勉強だけではなく「人生初の男」というワンランク上の経験も手解きしてあげるのだ。


「なーんてな。うひひひ」


 俺はスマホを振り回しながら自分の部屋じゅういっぱいスキップした。ついでに義理の兄妹でも結婚できるかをグーグル大先生に聞いてみたり、生まれてくる子どもの名前も考えたりして同居開始の日を待った。ちなみに名前の候補は男の子なら「シグマ」くん、女の子なら「ベータ」ちゃんだ。


 これまで読んで面白かったマンガや小説の感想文を投稿していたブログ『私と読者と仲間たち』は、あっという間にここでは書けないようなピンク色の妄想で埋め尽くされた。あまりの変化に戸惑ったのか、ほとんどのリア友には無視されていたが、見慣れないハンドルネームから「楽しみですね」とコメントが付けられた。エス、という名前だった。

 

「デルちゃん嬉しそうでブー子も嬉しいぃ〜」


 ブー子が馴れ馴れしく話しかけてきたのでぶん殴った。そいつは妙な液体を撒き散らし、間抜けな悲鳴をあげて窓から逃げていった。ザマアミロ、だ。



※  ※ ※



「あれ、シヅカちゃんは夕飯いらないんですか?」


 親子水入らずで初めて過ごす金曜日の夜だった。俺はダイニングテーブルの上に並べられた皿の数を見て首を傾げた。そこには三人前の献立しか並んでいなかった。


「ごめんなさい。ちょっとシヅカは具合が悪いみたいで……」


 お義母さんが節目がちに謝った。

 

(ちぇ、残念だな。まぁいいか。あとで俺がメシを運んで行ってやろう。これで堂々とシヅちゃんの部屋に入れる口実ができるぞ、しめしめ、メシだけに、メシメシ、なんちゃって)


 俺の股間はまたしてもニョキニョキと大きくなっていった。


「デルちゃん、またいけない妄想してるぅ〜」


 ハンバーグをがっつく俺の後ろでブー子がそう喚いた。ブー子の顔はドロドロに溶けていて、もはや人間ではなかった。つくづく胸糞悪い。


 夕食後のダイニングテーブルには、トレーに載せられた一人前のハンバーグがポツンと置いてあった。これを運んでやれば良いのだ。


「お、あったあった、よいしょっ……なんかハンバーグが俺のより大きいな。まぁいいか」


 俺はトレーを両手に持ち、シヅカちゃんが待つ二階の部屋へ続く階段を上がっていった。俺には天国への階段のように思えた。天国の門、すなわちシヅカちゃんの部屋のドア前に着くと「夕飯は床に置いといて」と張り紙があった。俺はその通りにした。

 少しぐらいは覗いてもバチは当たらないだろう。だってもう家族なんだから。将来的には違う意味で家族になるかもしれないし!


「シヅカちゃん、初めまして〜。お兄ちゃんのデルタだよ〜」


 ドアを開けると、暗闇から立ち込めるものすごい異臭が鼻を刺激した。パソコンのモニターと思われる物体が放つ逆光に照らされたソレは、ゆらゆらと不気味な動きをしながら俺を出迎えた。


 そこには巨体のおっさんが鎮座していた。


 俺はバランスを崩して頭から階段を転げ落ちた。まさに天国の門から地獄へ直行したみたいだった。



「どういうことだい? シヅカちゃんがまさか中年の男性とは思わなかったよ」

「ごめんなさい。デルタくんが見たのは引きこもりの息子です。貴方との縁談が壊れるんじゃないかと怖くて、話せませんでした……」

「そんなことを気にしてたのかい? 馬鹿だな。僕は名前から女の子だとてっきり思い込んでいたんだ。でも、高校生だって言ってたじゃないか」

「最近、私の説得でようやく通信制の高校に入学する気になったの。社会復帰できるようになったら、貴方やデルタくんにきちんと紹介しようと思ってたのよ……」


 親父とお義母さんの会話がうっすらと脳内に響いた。ピッピッピという心拍の音が聞こえる。意思に反して、声が出せない。身体も動かせない。消毒用のアルコールの匂いだけが、俺の感覚がまだ生きていると伝えてくれている。


「残念だったねぇ〜」


 ブー子と思われる肉の塊が喋った。幼稚園の幼馴染で、まだ乾いてないコンクリートにハマって抜け出せなくなったブー子。沈んでいく彼女を、俺は怖くなって見捨てた。俺はブー子をそのままにして走って逃げた。


 俺は涙も流せないし、いつもみたいにブー子を殴ることもできなかった。



 

 タイトル「ご報告」

 本文「いつも読んでくれてありがとう。私事ですみませんが、諸兄にご報告です。なんと、この度念願叶って『お兄ちゃん』と同居することになりました!」


 俺にシヅちゃんと呼ばれた男は、エスの名前でブログを更新すると、ニヤァ〜と笑った。

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