第9話 冒険者ギルド
朝、オスカーとヘレナはほぼ同時に目を覚ました。
「おとーさん、おはよー」
「おはよう……」
どちらもまだすこし眠気が残るものの、部屋から出て宿の食堂へと向かい朝食を済ませる頃にはすっかり眠気は消えてしまった。
「さっき女将さんにも聞いたんだが、やっぱり市場は開いてないみたいだな」
「え~、楽しみにしてたのに……」
ヘレナはすこし残念そうにそう言ったが、
「まぁまぁ、おばあちゃんの所に着いたら今回のぶんも含めて何か買ってあげるから」
「やったー!」
と、オスカーの提案を聞くとすぐに元気を取り戻した。
そのあとオスカー達は宿をあとにし、冒険者ギルドへと向かった。
「案の定誰も居ないな……」
思わずオスカーはそう呟く。この街には日頃からかなりの冒険者が常駐していた筈なのだが、今は受付を含め、ごく少数の人員しか居なかった。
「ちょっと良いかな?」
オスカーは受付をしている女性に冒険者手帳を見せながら話しかける。
「A+ランクの『大烏』オスカー様ですね、どうされましたか?」
「俺宛の連絡が無いか、問い合わせてくれ無いか?」
「かしこまりました、少々お待ちください」
そう言うと、女性はすこしの間奥へと引っ込み、すぐに出てきた。
「オスカー様宛の連絡は来ておりません」
「ありがとう。それともう一つ」
「はい、なんでしょうか?」
女性はすこし首を傾げる。
「昨日から冒険者の数が少ないと思うんだが、何かあったのか?」
その問いに女性はすこし驚いて、
「つい先日からこの付近で『灰の
「まぁ、そう言う情報には疎くて……」
オスカーは受付の女性にありがとうと言うと、すこしばかりのチップを渡して、受付から離れた。
「おとーさん、灰の獣って?」
「んー、簡単に言うと避けられない災害みたいな奴だな」
「災害?」
「そう、奴はいろんな所を転々としながら荒らし回ってる魔物で、まだ誰も倒したことがないんだ」
そう言いながらオスカーは、自分の記憶にしっかりと焼き付いた灰の獣を思い出していた。
獅子の様なたてがみを持ち、虎と呼ばれる東洋の猛獣のような黒々とした縦じま。全身は灰色をし、ルビーのような四つの赤い瞳と、額から延びるアメジストの様な大きな二本一対の角のうち、右側はへし折られている。そしてその体は象ほどもあるのだ。そして、オスカーの実の母親を喰い殺した相手でもある。
「おとーさん? どうしたの?」
「ん、あぁごめん。考え事してた」
ヘレナに声をかけられてオスカーは思考の渦から抜け出した。そんなとき、
「あれ?旦那じゃないっすか。おーい、烏の旦那ぁー」
オスカーは、声のする方へと振り返る。ちょうど玄関口の方だ。そこには、ボロボロのマントで体を包み、背中に大剣を背負った男がたっていた。その姿を見た瞬間、ヘレナは怯えた様子を見せオスカーの後ろに隠れた。
「誰だお前」
「ひどいっすよ旦那、俺を忘れたんすか。俺っすよ、『隻腕』のレフっすよ」
そう言いながらこちらに近寄ってくる。赤い瞳と、額から後頭部に向かって頭に沿うように延びる二本の角と、黒い髪。その特徴から、魔族で有ることはオスカーには容易に理解できた。顎には蕪城髭がはえ、かなりの高身長だ。
「うーん、レフ……レフ……あっ!」
すこし考えてからオスカーはハッと思い出した。オスカーより一つか二つほど年下で、グスタフとよくつるんでいたのを覚えている。その頃とはかなり人相が変わっていたので、思い出せなかったのだ。
「あー、思い出した。お前変わったなぁ……二つ名が有るってことは、お前もA+になったのか?」
「やっと思い出してくれましたか!そうっす、俺も旦那と同じA+になったんすよ」
冒険者ギルドでは、七つのクラスに冒険者を分けて管理している。
見習いのDクラス、半人前のCクラス、一人前のBクラス、ベテランのAクラス、エリートのA+クラス、A+の中でも特筆すべき功績を残したもの十名のみ昇格出来るSクラス、そのSの中でも選りすぐりの冒険者三名のみ任命される特級クラス。
オスカーやグスタフ、そしてレフはエリートクラスのA+に入っている。A+に昇格すると連合ギルド本部から「二つ名」が与えられ、冒険者手帳に刻印される。ギルドと提携を組む自由都市や国では、A+ランク以上の冒険者は宿での割り引きや無料で都市や国内に入れるなど様々な面で優遇される。
「そういえば、旦那は今グスタフさんと組んでないんっすか?」
「ああ、今はあいつとは別行動してる。そのうち組み直すだろうけどな」
「へぇー。ちなみに、旦那は次どこ行くんすか?」
「こっからさらに西だな。そろそろ冬になるから、そこでしばらく休養だ。おまえは?」
「俺はまだしばらくここに滞在っすかねぇ」
「そうか。じゃあ、俺たちはこれで」
そう言ってオスカーは、自分の後ろに隠れているヘレナと共にその場を去ろうとすると、
「あっ、旦那!」
レフがそう呼び止める。
「なんだ?」
「西部に行くならお気をつけて、あそこには同胞が恨みをもってますんで」
「あぁ、わかってる」
そう言うとオスカーはギルドをあとにした。
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