第8話 ケンブルクの夜

 聴取室をあとにしたオスカーは、憲兵の案内でヘレナの待つ別室へと案内された。




「おとーさん! お帰りー!」




 部屋に入るなり、ヘレナはオスカーにそう言って飛び付く。




「おう! ただいま。何も無かったか?」




 そう言ってオスカーは飛び付いてきたヘレナを抱き上げる。




「うん! 何もなかったよ!」




 ヘレナは元気に答える。どうやらフランツに面倒を見て貰っていたようだ。




「ヘレナを見て頂いて、ありがとうございます」




 オスカーは部屋の中に居るフランツにそう言って頭を下げる。




「いえいえ、こちらこそヘレナちゃんに色々な事を教えて貰いましたから」




 ヘルマンはニコニコと笑みを浮かべそう言う。




「色々な事?」


「ええ、様々な国の様子や風土。オスカー殿が魔物と対峙したときの事など、聞いていてとても心が踊りました。恥ずかしながら私はここから出たことが有りませんので……」




 フランツはすこし恥ずかしそうに話す。




「そんなことが……」


「はい。それに……ヘレナちゃんはすごいですね。この年でもう文字の読み書きが出来るなんて……」


「文字はね、おとーさんが教えてくれたの!」




 フランツの言葉に、オスカーに抱えられたヘレナが答える。




「オスカー殿が?」


「うん! おとーさんは物知りだから、いろんなこと教えてくれるの!」




 ヘレナはそう言ってえっへんと胸を張る。その様子に思わずその場に居た大人は笑みを浮かべる。


 そうこうしているうちに、窓の外が暗くなってきた。冬が近いので、暗くなるのがはやいのだ。




「おっと、大分暗くなってきましたね。宿を手配してあります。今からご案内しましょう」




 フランツがそう提案する。




「何から何まで本当にありがとうございます」


「おにーさん、ありがとう!」


「いえいえ、オスカー殿はこの町を守ってくださった英雄ですから、このくらい当然です! では、行きましょうか」




 そう言ってオスカー達はフランツの先導のもと、途中でシュバルツと馬車を回収し、件の宿へと向かった。




「こちらになります」




 そうフランツが案内した宿を指す。かなり大きな宿だ。普通に泊まれば相当値が張ることだろう。




「先程通信水晶で司令から日数を聞きましたので、既に宿代は支払い済みです」




「本当に何から何まで……ありがとうございます」


「いえいえ……それでは、私は詰所へと戻ります! 改めて、今回の件、本当にありがとうございました! ケンブルク市民全員を代表して、御礼申し上げます。それでは……」




 そう言って、フランツは去っていく。




「おにーさん! ばいばーい!」




 その後ろ姿にヘレナは手を振ってそう声をかける。それにヘルマンはすこし後ろを振り返り、手を振って返し再び歩いていった。




「それじゃ、俺たちも宿に入ろうか」


「うん!」




 オスカー達は宿へと入った。












 オスカー達は部屋に案内され、荷物を置き、晩御飯をとり、風呂に入り、今は部屋でゆったりと過ごしている。


 既にヘレナはベッドで眠りについている中、部屋ではオスカー一人眠れないで居た。その手には、ゴットフリートから貰った『デウス・エクス・マキナ』なる石が握られている。


 ―――デウス・エクス・マキナ……大昔の舞台等で使われた典型的な手法だ。その意味は、『機械仕掛けの神』。物語の軌道修正が不可能なほどの状況になった際、絶対的な力により強引に大団円へと持っていくといった物だ。


 そんな名を何故つけられたのか、「ある条件下に置いて願いを叶える」というその「ある条件下」とはなんなのか、なぜ一介の魔導師がそんな代物を持っていたのか、そして石に閉じ込められた自らの尾を食む蛇。考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだ。




「やっぱり、聞くしかないかなぁ……」




 オスカーはそう呟くと、石をカバンに入れ、眠りについたのだった。

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