第7話 聴取室
オスカーは憲兵に連れられ、詰所の奥に作られた聴取室へと案内された。
「こちらです」
そういって憲兵は聴取室の扉を開く。廊下ほど豪華ではないが、かなり品のある部屋と言った感じだ。向かい合ったソファーの間にテーブルが一つ。壁には絵画がかけられていたりすることから、どうやら特別な人間用の聴取室らしい。カーテンは閉めきられ、部屋はすこし薄暗い。そして、そのソファーには一人の大柄で壮年の男が座っている。
「ありがとう」
憲兵に礼をし部屋へと入ると、すぐに扉は閉められた。
「久しぶりだな、ギルベアド。いや、今はオスカーだったか?」
ソファーに腰掛けた壮年の男が口を開く。白い髪を頭の後ろで纏め、口元にはカイゼル髭を蓄えている。
「ああ、前にあったのはもう十年も前のことか? ゴットフリート」
そういってオスカーはゴットフリートと呼んだ男と向かい合うように、ソファーに腰掛ける。
オスカーがゴットフリートと出会ったのは、オスカーが18歳のときだ。ヘレナを拾う前、声をかけた古株の冒険者が、彼だった。
「あんたがここの憲兵隊の司令官をやってるなんて、未だに信じられないな」
「人は変わるものだと言うことだ。ワシも、お前もな」
ゴットフリートはすこし笑みを浮かべながらそう言う。
「ボウガンと銃を担ぎ野山を駆け回り、『鷹の目』なんて呼ばれてたあんたが冒険者を辞め、今じゃこの町でのんびりと隠居生活か……」
オスカーがそう皮肉混じりにゴットフリートに言うと
「そうのんびり隠居生活出来れば良いんだがな……」
ゴットフリートはすこしため息混じりにそう返した。
「やっぱりさっきの連中は……」
「ああそうだ、『復活派』の連中だ」
――復活派、帝国北部を中心に活動している異端者達だ。
現在、帝国をはじめとした近隣の多くの国の人々は『天主教』と言う唯一神、『天主』を崇める宗教を信仰している。しかし近年、腐敗の目立つ主流派の教えを間違いであるとした多くの新説派が各地で台頭し始め、布教をしている。その新説派の中でも群を抜いて過激で攻撃的なのがこの復活派と呼ばれる者達だ。しかしこの復活派最大の特徴はそこではない。彼らの最大の特徴は、信仰者の多くが『魔族』であると言う点だ。
「他の地方と比べ、この帝国西部は裕福だ。それが復活派の連中にとっては、同胞たちの屍の上でふんぞり返り、欲にまみれ金を稼ぐ下賎なやつらの集まりに見えてるんだろうな。勇者の魔王征伐で今まで築いていた財産を全て失った富裕層の魔族なら尚更だろう」
「ああ。そのせいもあってか、ここのところ復活派はその勢力を北部から西部へと移動させている。これを見てみろオスカー」
そういってゴットフリートは一枚の地図をテーブルに広げる。
「これは、帝国内での復活派の大規模な暴動の起きた場所を示す地図だ。赤はここ最近を、黄は一、二年ほど前を、青はそれより前を表している」
オスカーはその地図を見る。確かに地図の色は北部を中心に西に行くにつれ、黄や赤が目立つようになっている。
「もうじきこの辺りでは大規模な暴動が起きるだろう。だからワシは、ここの市長の要請に応じて憲兵隊の司令官になった」
「……故郷と、奥さんとの思い出を守るため……か?」
「ああそうだ。ワシはここが好きだ。ワシはここで産まれ、ここで育ち、ここで女房とも出会った。子も産まれた。孫も産まれた。そんな故郷を異端者などに、まして狂った魔族などに滅茶苦茶にされてたまるものか!」
ゴットフリートは立ち上がりそう声を荒げる。息も絶え絶えだ。
「あぁ、すまん……オスカー、お前はまだ旅を続けるつもりか?」
ゴットフリートは少し落ち着きを取り戻し、少しバツが悪そうにソファーに座り直してそう言う。
「ああ、俺にはまだやらなくちゃならんことがあるからな」
オスカーはそう返す。
「次はどこへ向かう?」
「西にあるネードルスランドに行く」
「……幼い娘を一人つれてか?」
「向こうには信頼できる奴が大勢居る。母さんだって、妹だって居る。それに、俺の目的も達成されるかも知れないしな」
「復活派の目標は、ネードルスランドだぞ?」
「分かってる。だから行くんだよ」
「そうか……」
ゴットフリートはすこしうつむくと、自身の服のポケットからあるものを出す。小さな琥珀のような、雫型の綺麗な石だ。中には蛇が閉じ込められている。どうやら自らの尾を咥えているらしい。
「こいつを持っていけ。元々、ここに呼んだのもこれが理由だ」
「これは?」
「本当の名前は知らん。魔導師の古い友人から貰ったものだ。奴は確か、『デウス・エクス・マキナ』と呼んでいた。ある条件下でのみ、持ち主の願いを叶えてくれる魔石の一種と言っていた」
「本当か?」
「ワシにはわからん。だが、無いよりましだろう。それに、確かめたいなら向こうにいる魔導師にでも見て貰えばいい」
「なんならもっと実用性のあるものが良いんだがなぁ。まぁ貰っとくよ。ありがとう。」
そういってソファーから立ち上がり、デウス・エクス・マキナと呼ばれた石を受けとる。
「もう行くのか?」
「町を出るのは明日の朝だな。この様子じゃ市場に行っても何もなさそうだしな」
オスカーは扉に手を掛ける。
「それじゃ、またな」
「ちょっと待て」
ゴットフリートが呼び止める。
「どうした?」
「こいつは礼だ」
そう言ってゴットフリートは小さな革袋を投げ寄越す。オスカーは早速中身を確認したが……
「金貨が……十枚!?」
オスカーが驚くのも無理はないだろう。一般的な中流階級の人間が一年働いてやっと稼げる金額が金貨一枚だ。つまり金貨十枚は中流階級の十年間分の年収に相当する。
「良いのか?」
「町の救世主に払うにしては安すぎるぐらいだ」
「そうか……ありがとう、これでヘレナに何か良いものを買ってやれる」
オスカーは袋をポーチの中に入れた。
「それじゃ、今度こそ」
「ああ、また何か分かり次第ギルドを通じて連絡する」
「了解、またな」
「おう、またな」
そう言ってオスカーは扉を開け、部屋をあとにしたのだった。
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