カラス父娘、西へ往く

第2話 父娘二人、馬一頭

 パカラパカラと馬の蹄の音が、他の旅人達によって踏み固められた森の一本道に響き渡る。


「おとーさん! 次の町まであとどのくらい?」


 幌馬車の中から元気な声と共に、茶色の髪と瞳をした少女が顔を覗かせる。その視線の先には黒い外套を羽織った男――オスカーが御者台に座って、艶やかな黒い毛並みの愛馬シュバルツの手綱を持っている。


「そうだなぁ……この分だと昼前には着くと思うんだが……」


「それじゃもうすぐだね!」


 そう言って少女はオスカーの後ろから、流れていく風景を身を乗り出して眺め始めた。


「ヘレナ、あんまり身を乗り出すと危ないぞ?」


「はーい!」


 元気に返事をした少女は乗り出していた体をすこし引っ込ませた。


 あの日、オスカー達が赤ん坊を見つけ引き取ってからおよそ十年が経過した。


 オスカーにヘレナと名付けられた赤ん坊は、本格的な子育てをしたことの無い父親達の心配を跳ね返すかのように、すくすくと元気に成長した。


 最初のうちは四苦八苦しながらの子育てであったが、今となっては別行動を取っているグスタフの助けや、ヘレナが元々手間のかからない子どもであったこと、そして支えてくれた家族同然の人々の助けもあり、比較的順調にこの生活を続けている。


 一方のオスカーも、ヘレナのおかげで、すこしトゲのあった性格だったのが、角が取れすっかり柔らかくなり、今では良い父親となっている。


 ヘレナはもう、自分の本当の両親のことは覚えていないようだった。だが、未だに洞窟などの暗闇を異様に恐れたりしている事から、おぼろ気には覚えているのかもしれない。何はともあれ、そんな心配すらも無駄であるかのように、この娘はとても元気に日々を過ごしている。


「そういえばおとーさん? 次に行く町ってどんなところなの?」


 荷台からまた身を乗り出してヘレナはそう聞く。


「そうだなぁ、次の町『ケンブルク』にはでっかい市場があるぞ!」


「市場があるの?」


 ヘレナはその一言に目を輝かせる。


「ああ、到着したらそこで何か買い物でもしよう。今のうちに何か欲しいもの、考えておくんだぞ?」


「やったー! 何買って貰おうかな~!」


 そう言って満面の笑みでヘレナは馬車の中に引っ込み、ニコニコしながら、欲しいものをああでもないこうでもないと考えている。



 そんなときだった。すこし離れた所から煙が上がっているのが見えた。この一本道を進んだ向こう側、今まさに向かっているケンブルクの町の方からだ。


「ヘレナ、ちょっとスピードあげるからしっかり捕まってるんだぞ!」


 ヘレナにそう声をかけ、シュバルツに合図を送る。シュバルツは長年連れ添った主人の指示に忠実に従い、より速く前へ進む。


 一行はスピードを上げ、ケンブルクへと向かったのだった。

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