シンデレラー中

 シンデレラを乗せた馬は彼女のはやる気持ちを察したように、風のような速さで駆けます。そしてあれよあれよというまに、シンデレラは遠い国のお城へと到着しました。


 会場へ駆け足で急ぐシンデレラ。各国からやってきた参加者は、彼女の美しさにただ見惚みとれるばかりです。

 継母たちはシンデレラがこの会場にいることやどこであんなドレスをこしらえたのかという疑問も忘れて、呆然とするだけでした。


 ダンスホールの真ん中、王子様はやってきたシンデレラの姿を見て、一目惚れしてしまいます。

「見目麗しきお嬢様。僕でよければ、ぜひ一緒におどってくださいませんか?」


 シンデレラは王子の手を取ります。かくしてシンデレラは、人生で最もいろどりに満ちた夜を過ごしたのでした。


 ☆  ☆


 やがて12時を告げるかねが鳴り響きました。舞踏会が終わる合図です。


 王子と再び会う約束をしたシンデレラは、お城の階段をタッタッタと駆け下りました。継母たちにいびられないように、家事をしなければならないからです。


 コツコツとガラスのくつを鳴らして、カボチャの馬車に乗ります。うしがみを引かれる思いでしたが、そのまま帰宅するよう馬に伝えると、行きと同じ速さで家へと帰りました。


 馬車の中でシンデレラは、夢のようなあのひと時をかえりみました。そして、あの魔法使いに感謝の気持ちを、何度も何度も想いました。


 ☆  ☆


「シンデレラ! シンデレラはいらっしゃって!?」


 昨夜、慣れない舞踏のせいでつかれていたシンデレラは、明日の家事の準備もそこそこに眠ってしまいました。翌朝、一番上の義姉あねの声で、シンデレラはいつもより遅くに起こされました。


「あら、もうこんな時間!」

 シンデレラは寝ぐせも直さずに、義姉あねのもとへ向かいます。


「ごめんなさいお義姉様、すぐに朝食の準備を」

「そんなことはいいのよ! それより、お母様が……」


 見ると、玄関の近くで継母がたおれているではありませんか。



 義姉あねに事情を聴くと、二番目の義姉は一枚の紙をシンデレラに渡しました。

 そこに書かれていたのは、遠い国の王子様が、流行り病でくなってしまったというむね訃報ふほうでした。

 そう、昨晩シンデレラと一緒に踊りあかしていた、あの王子様です。


「きっとお継母様はそのショックで、気を悪くしてしまったのね」


 シンデレラは義姉たちに手伝ってもらいながら、継母を寝かせます。それから日々家事に奔走ほんそうしていた経験から、テキパキと薬を調合し、継母に飲ませました。


 それからは義姉たちもあそほうけることはなくなり、シンデレラと一緒に継母の看病につきっきりになりました。けれど王子様の訃報ふほうはよほど心身に応えたのか、継母の体は段々と細く、声もしわがれていきました。


 ある日、継母はシンデレラたちを呼びつけました。そして義姉二人に対して、ガサガサとした声で言いました。


「お前たち。私が死んでしまった後は、私の知り合いの下へ行きなさい。そこでいい人に出会って、幸せに暮らすんだよ」

 継母はふるえる線で書かれた紹介状を義姉たちに渡します。

 そして、シンデレラにやさしく微笑みかけました。


「ごめんね、お前にしてやれることは何も無いんだ。でも、今までひどいことを苦しいあつかいをさせてきたのに、お前は毎日看病してくれて……ありがとう。これからは重荷おもにがなくなると思って、自由に生きてくれ」


 シンデレラの目に玉のようななみだが浮かんだのを見届けて、継母は微笑のまま動かなくなりました。


 ☆  ☆


 手製のはかに継母を埋めた後、荷物をまとめて、義姉あねたちは家を後にしました。シンデレラは義姉たちが苦労しないようにと、馬車とガラスのくつをそれぞれ渡しました。


 シンデレラはしばらくは畑をたがやし、一人分のご飯を作って、食べ終えると水浴びをして眠る、質素な生活を送っていました。


 だけど、一人ぼっちで生活する毎日に、シンデレラは底知れぬ悲しさを感じていました。シンデレラはいつの間にか、継母や義姉あねたちがいた日常を、家族として暮らしていた日常をなつかしく思いかえしました。


 そうした日々を送るうち、家に郵便が来ました。

 家を離れた義姉あねたちが、流行り病で亡くなったそうなのです。


 その日はパンをかじりながら、嗚咽おえつ交じりにさめざめと泣きました。


 シンデレラは、ついに孤独の身となってしまったのです。


 魔法使いにかけてもらった魔法は未だ解けず、馬のたてがみはかがやいたままです。

 シンデレラはある日、庭につながれた馬に触りながら思いました。


「どうしてこの馬は、言葉にしなくても私の気持ちを理解してくれたのかしら?」


 それからシンデレラは、馬に色んな命令をしてみました。畑の野菜の中で、人参だけ食べてみせること。たきぎ用の枝を持ってきてもらうこと。手綱たづなを持たずに、山を一周して帰ってもらうこと。

 馬はいずれも難なくこなました。


 シンデレラの興味はふくれ上がり、自分の衣服を元に変わった空色のドレスに注目しました。ドレスの糸はしっかりと編み込まれ、着なくなった今でも形をたもっています。


「あら?」


 その時、シンデレラはある点に気付きました。

 

 シンデレラは馬のたてがみを注意深くながめます。すると、馬のたてがみには細かい、何か白くかがやく粒があることに気付きました。他のも調べると、ドレスの装飾や糸の間にも、同様の輝く粒があるのです。


 シンデレラはたてがみから粒をこそぎ取りました。何かの病気かと思ったからです。

 ですが庭にめようとした瞬間、こう考えました。


「この馬は魔法使いさんに魔法をかけてもらった馬よ。ひょっとしたら、この綺麗きれいな粒には、何か不思議な力があるのかしら」


 試しに畑のカボチャにいてみました。ですが、カボチャに変化はありません。

 次にシンデレラは、「カボチャを馬車にしてみましょう」と心の中で念じながら、輝く粒を畑に撒きます。


 すると、畑のカボチャは魔法使いが杖をるったのと同じように、みるみる丈夫な馬車へと早変わりしてしまいました。


 シンデレラが、魔法の意味を理解した瞬間でした。


                                 〈続く〉




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