私と読者とアシスタント仲間たち
明石竜
第1話
「イシュルーナ先生、新連載かよ。この外国人みたいなペンネームの人、他
の雑誌でもけっこう見かけるけどいったい何人いるんだよ?」
ある日のこと、コンビニで今日発売の週刊漫画誌を手に取った一人の中学
生が表紙を見て笑いながら突っ込んだ。
「この間イシュルーナのツイッター見たけどこの漫画で週刊誌3つ、隔週刊
誌4つ、月刊誌13、全部で20誌に同時連載持つことになるみたい」
隣にいたその子の友人が伝える。
「マジで!? 週刊連載1つでも相当きついのに、20って。しかもこの新
連載1話目80ページもあるし、4コマショートじゃなくてストーリー連載
じゃん。イシュルーナ先生って十人以上はいるんじゃねえの。一人であれだ
けの連載こなすってあり得んだろ」
「絶対複数人やろと俺も思う。他の雑誌の漫画も休載全然してないみたいや
し」
ネットでイシュルーナ先生のことを調べてみると、その人間技を遥かに超えた
驚異的な筆の速さからイシュルーナ先生十人説、という噂がやはり立てられてあった。
あの人の作品、どれも絵柄が同じだから一人しかいないに決まってるだろ
っとそれを否定する説も流れてはいたが。
特に珍しいことではないのだがイシュルーナという漫画家さんは、読者は
誰も顔を見たことがない。年齢も出身地も性別も不明。正体が謎に包まれた
人物なのだ。俗に言う覆面作家である。
イシュルーナ先生の正体を、編集部に問い合わせてみた輩もやはりたく
さんいるらしい。編集部は当然のごとく「うちではお答え致しかねます」と
のお決まりの回答をしている。
※
あれから一月半ほどが過ぎたある日、あの二人が通う中学で、思ってもみ
なかったことが予定された。なんとイシュルーナ先生の講演会が行われるこ
とが決まったのだ。
「これでイシュルーナ先生の正体が分かるな」
「講演会楽しみやー。ていうかめっちゃ忙しいはずやのによう引き受けてく
れたなぁ。いくらうちの中学の卒業生やからって」
配布された行事予定表でそのことを知った例の二人は、大いに喜ぶ。
やって来た講演会当日。
あの二人の通う中学の体育館。
「それでは、人気漫画家イシュルーナ先生に登場してもらいましょう」
校長先生からの合図で、生徒達からの大きな拍手の中イシュルーナ先生が
舞台上についに姿を現す。
一人だけしかいなかった。さらに黒い覆面を被っていた。
漫画家さんにはよくあることだが、こういった場でも顔は明かしたくない
らしい。
イシュルーナ先生は、どういった経緯でデビューに至ったのか、20歳の
誕生日に初連載が決まったことを記念して、いつか前人未到の20の雑誌で
同時連載を持とうと決意し、験を担いでペンネームをアラビア語の20にし
たことなどをお話ししてくれた。声から男性であることも分かった、という
よりイシュルーナ先生は「20の漫画誌同時連載を持つ男、イシュルーナの
応援を今後ともよろしくお願い致します」と自ら男性であることを告白して
締めたのだ。
続いてイシュルーナ先生への質問コーナー。
……のはずだったが、イシュルーナ先生は「それは勘弁して下さい」と
照れくさそうにお願いしたことで中止となった。
こうして一時間ほどで講演会は幕を閉じ、イシュルーナ先生は生徒達から
大きな拍手で見送られ体育館をあとにした。
「顔は分からんかったけど、かなり情熱的な人だったよな」
「ああ。俺、ますますファンになりそう」
あの二人も大満足だったようだ。
「イシュルーナ先生、大変なご多忙の中、講演会お疲れ様です」
同行した彼の担当編集の一人が労いの言葉をかけた。
「いや、僕はわりと暇なんだけどね。僕の仕事は月に4コマ3ページ描くだ
けだから」
イシュルーナ先生は苦笑いを浮かべて否定する。
「確かにそうですね。イシュルーナ先生はネット上で十人説とか流されてい
ますけど……その倍の二十人もいますもんね。一人で一誌ずつ連載を受け持
って。著者:アンソロジー、みたいなものですね」
担当編集は大きく笑った。
「まあ一人っていうのも、間違いじゃないけどね。あとの19人は僕のアシ
スタントだから。みんな僕の絵柄そっくりに合わせてくれて助かってるよ」
イシュルーナ先生は決まり悪そうに微笑む。どこか罪悪感に駆られている
ようだった。
「失礼ですが月産量、イシュルーナ先生本体が一番少ないですよね。アシス
タントさんの方が遥かに速筆ですね」
担当編集は笑顔のまま突っ込む。
「うん、それは否定出来ない。特に僕の母さん、一人で週刊連載こなしてる
けど、通常ページの19枚ならネームから下書きペン入れトーン仕上げまで
一日で終わらせちゃうし。僕の母さんならリアルで一人で20誌同時連載出
来るかもね」
「そうなると、20の漫画誌同時連載を持つ女になりますね」
この講演会によって、ネット上でもイシュルーナ先生は男性で一人しかいない説
が確定した。
けれどもそのあとほどなく、アシスタントが百人以上いる。AIに描かせている
という噂も新たに浮上したのだった。
私と読者とアシスタント仲間たち 明石竜 @Akashiryu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます