私と彼女と

虫十無

妖精

 漫画を描いている。細々と描いている。描き続けている。読者は少ない。というかたった一人の読者のために書いている。

 一人、というのは少し違うかもしれない。人ではない。妖精、というのが一番近いだろう。私が好きなアニメのキャラクターによく似ている。彼女一人だけが私の読者だ。

 全身少しだけ薄くて、手のひらくらいの大きさで、人みたいな形をしている。羽は四枚、トンボみたいで少し先がとがっている。

 スー、トッ、スイー。

 飛んでくる。空中でホバリングするところなんかハチドリみたいだと思う。なんでハチドリだと思うのだろう。多分大きさだ。虫というには少し大きい、そして綺麗だ。羽の形から蝶ではないと思うのだろう。その美しさからトンボではないと思うのだろう。

 彼女のために漫画を描く。多分小学生でもちゃんと漫画家とか目指しているような子の方がうまく描くだろうと思う。けれど彼女はなぜだか私のたまにしか描いていなかった漫画を気に入った。

 最初は偶然だった。確か私が自室の机にそれを置きっぱなしでお昼を食べにリビングまで行った。その時偶然窓が開いていて、多分通りがかった彼女がそれを見つけたのだろう。そのあたりの細かい部分はよくわからない。彼女の言葉は私の言葉とは違う。彼女には私の言葉は伝わるようなのに。けれど例えば彼女が使う言葉が妖精語のようなものだとして、それが英語やドイツ語、フランス語やスペイン語のような言語と同列に言えるものだと考えると納得できる。彼女は母国語以外の言語も使えるし、私は母国語以外は使えない。そういうことだろう。

 彼女は器用にページをめくる。私が書いたそのままだから私の書きやすいサイズでしかない。短辺が彼女の身長ほどもあるのに、紙の端をめくってうまく風を送り込んでスッと次のページに行く。

 彼女が読んでくれる。だから描く意味がある。


 ある日彼女が連れてきた。大小さまざまな私とは違う生き物。彼女の仲間なのだろうか。トロール、ノーム、ドワーフ。多分そういったものたち。それぞれがどういうものなのかよくわかっていないけれど全て見た瞬間に名前を思い出した。

 そうしていつも通り漫画を渡す。いつもの彼女に。そうして彼女は不思議な音で読み上げる。読み上げているのだろう。彼女の言葉を私はわからないから。

 もしかしたら彼女の仲間たちは私の言葉をわからないのかもしれない。彼女だけが両方の言葉を理解できる。そうして訳して仲間たちに読んであげているのだろうか。想像だけ、それなのになんとなく正しいような気がした。

 少し気恥しい。けれど読者が増えるということに喜びを感じた。私は彼女に読んでもらうだけでうれしかった。多分そのうれしさは変わらないだろう。けれどそれだけではなくなった。彼女が仲間たちに教えたいと、伝えたいと思ってくれた、そのことでもっとうれしくなった。

 終わったのを見計らって彼女にありがとうと言ってみる。ふわっと笑った彼女の顔は見たことがない美しさだった。

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私と彼女と 虫十無 @musitomu

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