たった1人の味方

伊崎夢玖

第1話

目が覚めると、知らない世界だった。

確か、昨日は夜勤明けで疲れ果てて帰ってきて、風呂に入ることもせずにベッドに倒れ込んだあと記憶がない。

(…まさか、過労死……!?)

大好きなラノベの影響で、ところかまわず”ラノベあるある”な設定が頭をよぎる。

頬を抓ってみると、痛い。

夢ではない……と言い切れないが、そう思うことにする。

まだ頭の中で今という現状を受け入れられていないから。

ここはどこなのか。

まずはそこからだ。

しかし、話を聞こうにも人っ子一人いない。

(んー……どうするか…)

とりあえず歩き出すことにする。

食料もなければ、水もない。

この場から動かないとそれこそ死んでしまう。

思い立った方向へ歩いてみる。

周りは見渡す限りだだっ広い草原が広がるばかり。

(こんな場所に街なんかあるんだろうか…)

日が沈み始め、あたりが暗くなり始める。

見知らぬ土地に一人で歩く。

心細すぎて死にそうだ。

さすがに歩き疲れ、ここらで野宿でも…と思った時、遠くで灯の光が見えた。

嬉しさで早足で歩くと、そこには小さな集落があった。

近くを通りかかった村人に声を掛ける。

「すみません。宿はありますか?」

「…うるせーよっ!おもしろくない話ばっか、書きやがって…」

「は???」

村人はイライラした様子で去ってしまった。

おもしろくない話?

なんのことだ?

他の村人に声を掛けるも「つまらねー」だの「定番乙」だの散々な言われよう…。

(なんなんだっ!)

村人のイライラが伝染したかのように私自身もイライラする。

が、どこかで言われたようなデジャヴを感じた。

(…どこだっけ……?)

思い出せずにいると、一人の女性の村人が声を掛けてきた。

「お困りですか?」

「実は泊まるところがなくて…」

「それならウチに泊まればいいですよ」

「でも、無一文で…」

「大丈夫です。困った時はお互い様でしょ?」

そう言いながら、案内されたのはとても立派なお屋敷。

外観だけでなく中身も立派で、まるで映画に出てくるようなお屋敷だった。

「部屋はどこでもお好きな部屋をお使いください。部屋に備えついている物は何でも使っていただいて構いません」

「…ありがとうございます」

「落ち着いたら、この突き当たりの部屋へ来てください。お食事を用意しますね」

「何から何までありがとうございます」

部屋に入り、とりあえず風呂に入る。

久しぶりに歩いて汗をかいた。

キュルと蛇口を回すと、適度なお湯が体を濡らしていく。

(風呂っていいモンだな…)

こんなに風呂のありがたみを感じたのは生まれて初めてで、このまま眠ってしまいたかった。

”グルルルル…”

なんとも空気を読まない我が腹の虫である。

意識させられると空腹は我慢できない。

このままでは眠れるものも眠れないだろう。

風呂を出て、替えの服に袖を通し、女性に言われた部屋に向かう。

そこは食堂だった。

いつから女性はそこにいたのか、既に席についていた。

「すぐに食事の準備をしますね」

そう言うとパンパンと手を叩き、合図を送った。

まもなく執事とメイドが食事を持って部屋に入ってきた。

目の前に置かれた食事たち。

食べきれない程の量だ。

どれから手を付けよう。

「申し遅れました。私はイチゴと申します」

「イチゴさん…」

彼女の名を呟いて、ハッとした。

今は忙しくて書いてないが、かつて時間に余裕があった頃小説モドキを書いていた。

コメントをくれるほとんどがアンチだったが…。

唯一私の読者で味方だったのがイチゴさん。

『おもしろいです』『続き、楽しみにしてます』『お話、大好きです』

この言葉が励みだった。

この人のために書いていたと言っても過言ではない。

その後、仕事が多忙になり、書く時間も余裕もなくなって今では自室のパソコンを起動させることもしていない。

先程この村で声を掛け、イラついていた村人たちはアンチの人たちだったようだ。

私の唯一の味方はこの世界でも唯一の味方らしい。

今までのお礼も兼ねて、何か恩返しがしたかった。

「一宿一飯のお礼をさせてください」

「そんな…。お礼なんて大丈夫ですよ」

「それじゃ、私の気が晴れません」

「そう言われても…」

「何かありませんか?収穫の手伝いでも、この屋敷の掃除でも…」

「それなら…」

「それなら?」

「私とパーティーを組んでください」

「パーティー?」

「これでも冒険者をやっておりまして…。パーティーメンバーを探していたんです」

「なるほど…。分かりました。仲間になりましょう」

読者だったイチゴさんと私は仲間になった。

武器を持っていないと冒険者もできないので、ある程度資金が集まるまでイチゴさんの家にある武器を借りることになった。

魔法は全然使えないから、剣士一択。

大剣を振り回せるだけの筋力がないので、片手に短剣、片手に盾の攻撃・防御バランス型で装備することになった。

今まで生きてきた中で喧嘩すらしたことがなかった私が、いきなり戦うことになるなんて…。

不安しかないが、今までの恩を返すのは今しかない。

ベッドに横になって空を見上げると綺麗な満月と目が合った。

明日も早いとイチゴさんは言っていたっけ。

今日はもう寝ることにしよう。

歩き疲れたせいもあって、ベッドに倒れ込んで数秒後には意識がなくなっていた。


ピピピッ!

聞きなれたアラーム音が鳴る。

目を覚ますとカーテンの隙間から日の光が顔を照らしていて、とてつもなく眩しい。

(あれ…?)

夢を見ていたような気がするが、どんな夢だったか思い出せない。

でも、どこか懐かしい夢を見ていたような気がする。

ベッドから下りて、久しぶりにパソコンを起動する。

(…久しぶりに更新しよっかな……?)

今日も今日とて忙しい。

のんびりしている暇なんてない。

だけど、なんだか気分がいい。

放置していた小説モドキの続きでも書いてみよう。

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たった1人の味方 伊崎夢玖 @mkmk_69

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