第230話 稀子の町

 ……


 稀子の父親が運転する車で、稀子の実家に到着する。

 到着すると直ぐに稀子は手荷物を持って、元気良く車から降りて玄関の方に向かっていく。

 俺と鈴音さんはその光景を見ながら、ゆっくりと車から降りる。


「稀子さん…。自分の家に戻って来たから、凄く嬉しそうですね」


「稀子は体こそ大人だけど、心は子どもだからな」


 俺と鈴音さんは稀子の両親に付いて行きながら、稀子の家にお邪魔する。

 俺と鈴音さんが今晩、稀子の家で泊まる部屋は1階に有る客間に成る。

 客間に手荷物を置きに行くと、既に布団が二組敷かれていた。


(用意が良いな…)

(でも、俺と鈴音さんはお客さんに変わりないか)


 俺は特に着替える必要は無かったが、鈴音さんは普段着に着替えたいそうなので、鈴音さんを客間に残して、俺は稀子の両親達が居る居間に向かう。

 居間に入り、隣接している台所の方を覗うと、稀子の祖母が料理を作っていて、稀子の母親と稀子も台所に入って料理を手伝っていた。広間の方へ出来た料理を忙しなく運んでいた。


 稀子の家は地方だけ有って大きく、客間以外に広間も有る。

 昔ながらの家だけど、所々リフォームはされていた。


「比叡君…」


 居間に居る稀子の父親が、俺が部屋に入ると同時に声を掛けてくる。


「はい…。稀子のお父さん」


「はは!」

「そんな堅苦しい言葉で無く、気軽に下の名前で呼んでくれれば良いよ!!」


 稀子の父親はそう言う。

 稀子の父親の名前は、幸村と言う。真田幸村と同じ名前で有る。


「では……幸村さん」


「そう! それで良い」

「こっちに、来てくれたまえ!」


 幸村さんは俺を居間の方に誘う。

 ソファーも置いて居有り、リビングの様にリフォームされていた。


「まぁ、座ってくれ…。今晩は、君や鈴音さんの歓迎を派手にやるから」


「幸村さん。態々、有り難う御座います」


 俺はソファーに座りながら言う。


「今晩は……自分の家だと思って寛いでくれ。旅の疲れも有るだろう!」

「しっかりと体を休めてくれ!!」

「所で……鈴音さんは?」


「鈴音は今、部屋で着替えています」


「あっ。そっか……」


「まぁ、さっきの続きだが、比叡君がこの町と言うか地区に来るまでの間に、何度か足を運んで貰って、現地の説明、申請書の書き方やこの地域の農業仕組みを少し指南したが……いよいよだね!」


「はい…」

「幸村さんや地区の方々に色々手助けして貰って、本当に感謝しています!」


 俺はそう言ってから、幸村さんに頭を下げる。


「まぁ、まぁ、顔を上げてくれ」

「俺の母親が引退を考えた時に、比叡君が就農を希望していたから、俺はその手助けをしただけだよ」

「比叡君の正式な就農は再来月の予定に成るが、その間に鈴音さんと正式な夫婦に成って、最後の準備をしっかりしてくれたまえ!」


 正式な夫婦……。それは市役所等に婚姻届を出す事で有る。


「幸村さん…」

「その間、俺は幸村さんのお手伝いをするで良いのですか?」


 俺は就農開始までの間を聞く。

 助成金が支給される以上、フライングが出来ないからだ。


「んっ?」

「手伝いと言うか君に既に農地は貸して有るし、一からやって貰うため、君の農地には耕耘とかを一切していない」


「雪が降る直前に、こえき込んだが、あれだけでは全然足らない」

「我が家は育苗いくびょう室が有るから、苗を買うのでは無く播種はしゅから出来ればやって貰いたい。その方が経費浮くからな」

「就農開始までは形式上、俺からの教育に成るな」


 幸村さんは和やか表情で言う。

 俺が幸村さんから借りた農地で栽培するのは水稲がメインで有るが、野菜も栽培する。

 野菜栽培は補助の位置付けだが、夏秋野菜としてナス、キュウリを栽培して、秋冬野菜と言っても、真冬は雪が降るので今の所は白菜、大根を予定している。


 直前まで勤めていた、農業法人ではキャベツやブロッコリーを秋冬野菜で栽培・出荷していた。

 この辺りの作物は難易度もそう高くなく、比較的楽で有った。

 白菜は途中で、頭を縛るのが面倒くさい……


「まぁ、比叡君。」

「その話は……この辺でしておこう。今する話では無い」


「1週間位は、この地域に慣れて貰う必要も有るから、特に比叡君にあれやこれをしろとは言わないし、先ずはこの地域に慣れる事から初めてくれ!」


 幸村さんはそう言う。

 稀子の地区は何回か来て、その度に説明は受けたが、本格的に住むのは今日からで有る。

 着替え終わった鈴音さんが部屋にに入って来て、ソファーの方にやって来る。


「比叡さん。お待たせしました」

「稀子さんお父さん。改めてまして、こんにちは!」


 鈴音さんはそう言いながら、ソファーに腰を下ろす。


「あぁ、こんにちは。鈴音さん!」

「今晩は、ゆっくりしていってくれ!!」


「鈴音さんは農業未体験だが、余り無理をせずに励んで貰いたい」

「分からない事が有ればドンドン聞いて貰えば良いし、俺らに聞きにくい場合は稀子にも聞いて貰えば良い。稀子は大体の事は知っているからな!」


 鈴音さんに笑顔で言う幸村さん。


「はい。有り難う御座います」

「比叡さんと二人三脚で頑張っていきたいです!!」


「はは! やっぱり、若いは良いね!!」


「お父さん~~。比叡君、りんちゃん」

「準備出来たよ~~」


 稀子が俺達に向けて声を掛ける。


「おっ! 歓迎会の準備が出来たようだな!!」

「では、比叡君と鈴音さんの歓迎会を始めようか!!」


 幸村さんはそう言い、広間の方に向かっていく。

 俺と鈴音さんも、どんな物が出るのか期待しながら広間に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る