第227話 稀子の町に向かう道中 その1

「……お見苦しい所をご覧に入れて、申し訳有りませんでした」


 電車がホームから遠ざかった所で、鈴音さんは俺と稀子に顔を向けて言うが、鈴音さんの顔は涙でグシャグシャだった。


りんちゃん……まずは、顔を拭いて!」


 稀子はハンカチを取り出して、鈴音さんの顔を拭う。


「……すいません。稀子さん…」


 顔を稀子に拭かれながら、謝る鈴音さん。

 先ずは……鈴音さんの心を落ち着かせないと!


「鈴音さん、稀子。まずは……座ろうか」


 通勤・通学時間帯では無いので、電車内は空席が目立ち何処でも座れる。

 別に扉側に立っている必要は無いし、鈴音さんも色々と疲れて居る筈だ。


「そうだね。比叡君!!」

「立って居るのも疲れるしね。一番近い彼処に座ろう!」


 俺と稀子は鈴音さんを支えながら、一番近い席に座らせる。

 鈴音さんは少しフラつき気味で有り、そうしないと危ない感じがしたからだ。


「電車の終着点まで……少し休ませて貰います」


 席に座った直後、鈴音さんはそう言う。

 心の整理を付けたいのだろう……


「鈴ちゃん!」

「終点に着いたら起こすから、ゆっくりと休んでいて!!」


 稀子は元気よく、鈴音さんに声を掛ける。


「鈴音さん…。今は体を休めてください……」

「本当に大変なのは、これからですから…」


「はい……。すいません、比叡さん…」

「休ませて貰います…」


 鈴音さんは目を瞑って眠りに入った。

 この電車の席は対面シートにも成るから、対面シートにして座っている。

 俺の横に鈴音さん。正面には稀子が座って居るが……


『ちょい、ちょい』


 稀子が俺を手招きする。

 鈴音さんが眠りに入り掛けているので、手招きで俺を呼んでいる。


 鈴音さんは電車の壁に体を傾けているので、俺は簡単に座席移動が出来る。

 俺が稀子の横に座ると、稀子が小声で話し掛けてくる。


「あんなに泣いた鈴ちゃんは、初めて見た気がする……」


「それだけ、真理江さんが好きだったのだろ?」

「……実の母親が居るのに」


「そうだよね…、比叡君」

「私は優しいにしか感じなかったけど、鈴ちゃんはの何処を気に入ったのだろう?」


「俺に聞かれてもな……稀子」

「これは俺の予想だが…、それだけ山本鞄店に対する思いが強かったのでは無いかな?」


「でも、比叡君」

「お店は、とうの昔に売っちゃったじゃん!」


「店が無く成っても、鈴音さんの中では心残りだったんだろ」

「それに、山本さんに彼女が出来た事は、稀子も知っているだろ」


「うん。知ってるよ!」

「比叡君に復讐を仕掛けた割には、変だよね!!」


「まぁ、それもそうだが、その時の鈴音さんは寂しそうな表情をしたんだ」


「えっ!?」

「そうなの!!」


 思わず大声を上げてしまう稀子。


「稀子。しっ!」

「俺との将来を約束している癖に、鈴音さんは山本さんを完全に忘れていなかった」


「う~ん……」


 急に静かに、うなり声を上げる稀子。


「比叡君には悪いけど…、鈴ちゃんは本気で、比叡君を好きでは無かったのかも知れないね……」


「やっぱり……稀子もそう思うか」


「うん…。鈴ちゃんはかなり本気で山本さんが好きだった」

「だからこそ、それ見て嫌気を感じた過去の私は、山本さんの家を飛び出して偶然、比叡君と出会ってこの関係が生まれた」


「鈴ちゃんと山本さんが喧嘩を本気でした時、私はチャンスだと思って、何度も山本さんに好意とを伝えても鼻であしらうだけだった」

「山本さんも鈴ちゃんが本気で好きだからこそ、比叡君と鈴ちゃんが内緒で遊びに行った事知った時に、私に怒りを思いっきりぶつけてきた」


「私達が、余計な事をしなければ良かったね……」


 最後の言葉は、俯きながらに言う稀子。

 本当にその通りだが、あの時の俺と稀子は、本当にペアの交換を望んで居た。


「過ぎてしまった事を言っても仕方無いよ。稀子」

「そう考えると俺は、山本家に翻弄されていたのかな?」


「それは違うと思うよ。比叡君!」

「山本さんは別だけど、おばさんは赤の他人の比叡君に、此処までの支援をしてくれた!」

「おばさんの支援が無ければ、今の比叡君は此処に居ないよ!!」


 力強く言う稀子。確かにその通りだ。

 ドラマの様な人生がここ数年間続いたが、本当にドラマの様なクライマックスが待ち受けている。


「そうだよな…」

「真理江さんが俺に肩入れを始めた理由は、山本さんの身勝手から始まったと思うのだが、実際は違うのかな?」


「それは…、おばさんに聞いて見ないと分からないよ。比叡君」

「ただ1つ言える事は、おばさんは比叡君を期待したし、鈴ちゃんも……母性本能で比叡君を助けたのでは無いかな?」


「鈴音さんが俺に好意を持ったのは、母性本能からか……」


「まぁ、私も似た様な物だしね! 比叡君を気に入った理由は!!」


 最後の最後で、稀子から衝撃発言を聞かされる!!

 俺が稀子と鈴音さんから好かれたのは、俺が駄目人間だったからか!?

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