第119話 旅立ち……

 ……


 山本さんお母さんは本当に本家の力を使ったが、鈴音さん父親が自滅して幕を閉じる。

 鈴音さん母親で有る涼子さんが、自分の両親を含む美作家・本家との会談を行った日。涼子さんが、美作家と本家の目の前であっさりと寝返った!!!


 涼子さんは今まで隠していたが、夫からのDVを受けていたと、美作家・本家の目の前で突然告白しだした!?

 実際、その場に鈴音さんは居なかったが、山本さんのお母さんから、その様な話を聞いたそうだ。


 涼子さんの中では『鈴音に迷惑をかけたくない』、『夫の事業が不安定だから仕方無い…』と、自分に言い聞かせていたそうだ。

 鈴音さんを政略結婚の道具にすると夫から聞かされた時に、涼子さんは寝返るのも決意したそうだ。


 美作家・本家は涼子さんを保護すると同時に、鈴音さんの父親に対して美作家は、絶縁を言い渡し、本家もそれを承認した。

 この先……鈴音さん両親が離婚する流れに成る筈だが、その先の事は不明で有る。

 鈴音さんの問題も、あっさりと解決しそうだ……


『これで…、私も自由の身に成ってしまいそうです!』


 鈴音さんの表情は少し暗かったが、口調は何処か嬉しそうな感じで有った。

 涼子さんは鈴音さん気持ちを受け入れて、俺との交際も認めてくれた。

 これで、俺と鈴音さん。山本さんのお母さん。稀子は堂々と引っ越しが出来る。


 でも、それだけ本家の力が有るのに何故、山本さんのお母さんは店を手放してしまうのだ!?

 本家にすがれば、どうにでも成りそうな気もするが?

 俺はその理由を聞いてみると……


「青柳さん…」

「店が有っても、売る商品が無ければ意味が有りません」


「孝明が出所しても、孝明がランドセルを作る事は、もう有りません…」

「孝明は鈴音さんの事を思って、ランドセル職人に成ったのです」

「鈴音さんの居なくなったお店で、再び工具を握ってランドセルは作らないでしょう…」


 それを聞いた時……俺は、非道く胸を締め付けられた!!!

 俺の馬鹿な行動で、山本さんのお母さんは店を失い、孝明さんの更生を無駄にしてしまった!!

 今まで、躊躇って言えなかった事を山本さんのお母さんに話す。


「事の発端を作ったのは、俺だったと……」


 俺は袋だたきにされても仕方無いと感じて居た。

 たった1つの選択肢が、此処まで自分の人生と、他人の人生を変えてしまったからだ!!


 けど……山本さんのお母さんは、俺を殴ろうとは一切せずに、却ってお礼を言われてしまう!!


「青柳さんも、かなり悩まれたでしょう」

「それが事実だとしても、一番の原因は孝明です!」


「鈴音さんが…、青柳さんの言葉に惑わされる位、鈴音さんの心の中では、孝明に対して不満と不信感が有ったのでしょう!」

「正直に言ってくれて、ありがとうございます」


「……」


 最後は頭まで下げられてしまった!!

 俺自身。直ぐに言葉が出てこなかった…。悪い事をして褒められる事なんて無いからだ。


 ……

 …

 ・


 時が流れて……

 俺と鈴音さん。山本さんのお母さん、稀子と共に明日、この町から新しい町に引っ越す。

 鈴音さんと稀子の転校・編入手続きも済んでおり、二学期からは新しい学園でスタートを切る。


 俺も今日で、長居鉄工所のアルバイトを終了して、社長や専務に沢山のお礼を言ってからアパートに戻ってきた。

 楽なアルバイトでは決して無かったけど、人の温かみを知る事が出来たアルバイト先で有った。


 ☆


 遂に、この町から離れる時間が来た……

 波津音市はずねしに移り住んでから、約半年間と言う短い月日だったが、俺の取っては5年位住んでいた気分でも有った。

 この短い期間に、本当に色々な事が起こりまくった。出来れば、こんな忙しい月日は、もう過ごしたくない……


 俺は市役所で転出手続きを済ませて、山本さんの家に向かう。

 俺の私物で有る、冷蔵庫や洗濯機等は不必要に成るので売却処分した。

 売却金額は数千円だが、無事に売れたので良しとしよう。


 俺の部屋と山本さんの家からの荷物運び出しは終わっていて、引っ越しトラックは、先に現地に向かっている。俺達の移動手段は電車だ。

 山本さんの家屋・土地の売却も無事に決まっており、この後改装工事が始まって、秋の中旬頃には、和風イタリアンレストランがオープンする流れの様だ。


 今回の売却で得た金額はこの先判決が下される、交通事故被害者側、民事裁判への賠償金に充てられるが、一部の金額は山本さん(孝明)の生活再建費用に残されるそうだ。

 家屋は古いが土地は広く、更に市街地で有るため、最悪のケースに成っても今までの貯蓄と合わせれば、賠償金は払えると山本さんのお母さんは言っていた。


 山本さん出所後の扱いは山本さんのお母さんで無く、本家の人達が後を引き継ぐ流れだ。

 本家を含む親族は、山本さんのお母さんが悪いのでは無く、孝明さんが全て悪いと判断した。

 引っ越し先の住所・連絡先等は、山本(孝明)さんには一切教えない。


 その理由は何と、俺のためらしい!?

 山本さんが無事に出所しても、俺に対する増悪は残っていると、山本さんのお母さん、鈴音さんが判断したからだ。

 その関係で俺と鈴音さん。稀子のスマートフォンの電話番号・メールアドレスは全て変更する事に成った。


『場所と電話番号を教えなかれば、探しようが無いからね…』


 山本さんのお母さんはそう呟いた。


 ……


 人伝の話だから何とも言えないが、山本さんの今まで築き上げた人脈は全て喪失した。

 朱海蝲蛄、元副総長で有る敏行さんが、徹底的に通達を出したらしい。


 これで、あの人は朱海蝲蛄、元総長の肩書きだけが残るが、それだけに成ってしまった!

 苦労して築き上げた人脈や信用が、たった1つの選択ミスで失われてしまった!

 人生……本当にわからない。


 ……


「あっ! 比叡君来た!!」


 山本さん家の玄関前には、山本さんのお母さん。鈴音さん。稀子が居る。

 俺が近くに行くと、鈴音さんが声を掛けて来る。


「比叡さん! 無事に手続きは出来ましたか?」


 鈴音さんは微笑みながら聞いてくる。

 あれから、鈴音さんとの関係は進展していないが、恋人関係は続いている。


「はい! 無事に出来ました!!」


 鈴音さんに元気良く返事をする。


「それでは、みなさん……行きましょうか?」


 山本さんのお母さんも、優しい表情で言ってくれる。

 新しい家族(?)の生活が、始まろうとしている……


「はい! 行きましょう!!」


「はい!!」


「レッツゴー~~♪」


 俺。鈴音さん。稀子がそれぞれ返事をする。

 俺は少し歩き出してから振り向いて、山本さんの家とお店を見る。


(短い間でしたけど……ありがとうございました!)


 俺は心の中でお礼を言って、みんなと共に、バス停に向かって歩き出していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る