第83話 朱海蝲蛄 【比叡】 その2 

「触らないで!!」

「私はもう、孝明さんの者では無い!!」


 山本さんの掴もうとした手を払いのけて、鈴音さんは俺の側に走って来て、俺に寄り付く。


「鈴音!!」

「ふざけるな!!」

「遊びは終わりだ! 帰るぞ!!」


 山本さんも遂に声を荒げる。

 バス待ちをして居る人も数人居たが『痴情のもつれ』だと直ぐに判るので、見て見ぬ振りをしている。部外者が割り込んでも、何も意味が無いからで有る。

 

「もう、こんな生活うんざりです!」

「私は今から、比叡さんに付いて行きます!!」

「私と比叡さんの旅行を邪魔しないで下さい!!」


「鈴音……何を言っている!」

「お前はその男に騙されているんだよ!!」

「今なら何もせずに許す。こっちに来るんだ。鈴音!」


(何だか、サスペンスドラマに成って来たぞ!)

(鈴音さんがヒロインで山本さんが悪人。俺は主人公!?)


 そんな事を考えて居る間に、山本さんがこっちに近づいてくる!?


「比叡さん! 逃げましょう!!」

「今捕まったら、比叡さんは何をされるか分かりません!!」


 俺は先ほどのの言葉が頭をよぎる。あの人がするお仕置きは、絶対普通のお仕置きでは無い!?

 俺と鈴音さんは荷物を持ってお互いが走り出す。


「あっ……、この野郎~~~」

「ふざけやがって……」


 俺と鈴音さんが走り出して逃げ始めると、山本さんは何かを呟いた後、当然追いかけてくる!


(大変な事に成ったぞ!!)

(今度は刑事ドラマか!?)

(これだと……俺と鈴音さんが被害者側だな…)


 俺は走るのが得意では無い。持久戦に成ったら絶対に勝てない。

 鈴音さんも運動神経は良さそうには見えないし…、厳しい状況だぞ!


 俺達は大通りを走って逃げて居るが、大通りを繋ぐ脇道を走って横断した時、右前方には自転車が来ていた。

 俺達は余裕を持って通過したが、自転車に乗っている人は、スマートフォンを操作しながら乗っているため、前方に対する意識は散漫としていた。


(あれ……1歩間違えたら、歩行者ねるぞ!)


「うぁっ!」


『ガッシャーン!!』


 思った通りと言うか、山本さんが声を上げた瞬間、先ほどの自転車と山本さんがぶつかる!!

 その音で、俺と鈴音さんは一蹴立ち止まって振り向く。見た感じ……お互い大きな怪我はしてない感じだ。


「比叡さん!」

「タクシーに乗りましょう!!」


「その、タクシー~乗ります!!」


 道の前方にタクシーが信号待ちで止まっている。

 鈴音さんは走りながら手を上げて、タクシーに意思表示をする。

 気付いたタクシーの運転手は、ハザードランプを付けて俺と鈴音さんを待つ。


 タクシーは丁度空車で有って、同時に後部座席のドアが開く。俺と鈴音さんは急いでタクシーに乗り込む。


 先ほど見た時、山本さんの方は体格が頑丈の所為か、怪我をして居る様には見えなかったが、自転車側の人が怪我をした様で、俺達の方を追い掛けたくても、追い掛けられない状態で有った。

 自転車が圧倒的に悪いが、人の救助を無視してまで、山本さんは俺達を追いかけられなかった……


「すいません!」

富橋とみはし駅いえ、古城ふるしろ駅までお願いします!!」


 鈴音さんはタクシーの運転手にそう告げる。

 どうして、富橋駅では無いのだろう…?

 信号が変わり、山本さんの横目をタクシーが通り過ぎるが、山本さんは鬼の形相で、俺達を睨み付けて居るだけだった。


「比叡さん!」

「スマートフォンの電源をOFFにして、SIMカードを抜いて下さい!!」


「えっ!?」


「山本さんは全力で、私達を探し出します!」

「後、GPS(位置情報)もOFFにして下さい!!」


「ちょっと、鈴音さん…。山本さんにそんな力無いって!」


 鈴音さんはスマートフォンの電源をOFFにして、本当にSIMカードも抜いている。

 俺も同じ様にはするが……。鈴音さんがやけに警戒するが、顔が広いと言っても、商店街の人達や商工会位のレベルだろうと俺は思っていたが……


「比叡さんには言っていませんでしたが……孝明さんは元、朱海蝲蛄レッドロブスターの総長だったのです…」


朱海蝲蛄レッドロブスター!?」

「暴走族の事…?」


「そうです…」

「孝明さんは、この地域を纏めていました…」


「うそ!」

「そんな話聞いた事無いよ!!」


「孝明さんが言う訳有りません…」


 山本さんが、暴走族の総長で有る事で全てが繋がる。

 独特の低音口調。ヤ○ザ見たいな外見とDQN仕様ハ○エース……

 でも……鈴音さんはどうして、山本さんに好意を持った!?


「でも…過去の話でしょ!?」


「えぇ、過去の話ですが……人脈はまだ生きているはず…」

「仲間を呼んで、私達を探し出すはず!」


 鈴音さんは捕まる立場なのに冷静に言う。


「そっ、それなら旅行は中止しようよ!」

「こんな状態では、とても楽しめないし!!」


「そうしたいのは山々ですが、今の私達には帰る場所が有りません!」

「山本さんの家はもちろん、私の実家や稀子さんの実家にも連絡が行くでしょう!」


「たとえ連絡が行っても、鈴音さんの両親がかくまうでしょ!」


「私の両親は、もちろん私を匿うかも知れません……。でも、比叡さんは…?」


「あっ…!」


「今…、山本さんがターゲットにして居るのは私も含まれますが、一番のターゲットは比叡さん、あなたです!!」

「私は比叡さんを……見捨てる事は出来ません!!」


「じゃあ……これからどうするの?」


「予定通り…、騒丘そうおか市に向かいます」

「隣の県なら、数日間は手が伸びて来ないはず。その間に私の両親を説得して、山本さんの関係を断ち切って、比叡さんとの交際を認めて貰います!」


(凄いや……この子。短時間の間にこれだけの事を纏め上げるとは…)

(有る意味、山本さんより鈴音さんを敵に回したら怖いかも!?)


「私の両親への連絡は、ホテル内の電話で取ります」

「ホテルなら安全も保証出来るし、最悪山本さんが来ても籠城出来ますし、私の両親も場所が分かりやすく好都合です!」


「まずは、無事にホテルにたどり着きましょう!」


 鈴音さんはそう言い終えると、俺の方に振り向く。


「比叡さん!」

「新しい未来を掴みましょう!!」


「うん…」


 和やかに言う彼女に、俺は頷くしか無かった。

 軽い気持ちで組んだ旅行が、逃亡旅行に代わってしまった!?

 俺と鈴音さんは無事に山本さんの手から逃げ切り、幸せは掴めるのだろうか!?

 乞うご期待の状態で有った……

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