第80話 気付かれてないはずだが…… その1

 鈴音の心境……


 私が、比叡さんを受け入れた理由。

 それは……孝明さんが余りにも横暴すぎて、稀子さんも孝明さんが本当に好きなのが嫌と言う程、今回判ってしまったから……


 今の私はまだ、孝明さんとは恋人関係を解消していない。

 比叡さんは私との関係を本当に深めたい様だし、私も孤立するのが嫌だった……

 比叡さんは気を遣ってくれるし、孝明さんと比較すれば頼りが無いけど……、困っている人を見捨てた孝明さんには、愛想が本当に尽きそうだった……


 これだと私は、不倫をしている事に成る。

 良くは無いと私でも感じるけど、何故か比叡さんを助けたい気持ちが強い。

 困っている人を見捨てられないから?


 でも……私は、本当に孝明さんが好きだろうか?

 きっと、比叡さんの気持ちを受け入れたのは、孝明さんや稀子さんに対する、私からの仕返しかも知れない……


 ……


 翌日……


 俺は本当にアルバイト(長居鉄工所)先が辞めさせられたかを確認するために、何時も通りの時間に長居鉄工所に向かう。

 この時間帯は誰も居ないはずの事務所だが、今日は社長が事務所に居た。


「社長……おはようございます」


 社長が普通に挨拶を返してくれば、山本さんがまだ、連絡をしていない事に成るが……


「あぁ……おはよう」

「……山本から聞いたよ」


(あっ、やっぱり連絡は行っていたか?)

(仕事が早いな……)


「青柳君……。保育士養成学校の選考に落ちて、地元に帰るそうだな…」

「落ちてしまったのは残念だが……両親が、急に帰って来いと言われたそうだな!」


「えっ!?」


(山本さんは社長に嘘を付いて、俺を辞めさせたのか!)

(保育士養成学校の不合格は事実だが、それ以外は嘘だ!!)


「……なんだ! 違うのか!?」


「いえ…」


「まぁ、話しにくい事情だとは思うが、出来れば青柳君の口から、言って欲しかったな…」

「青柳君も社会人なんだし…」


「すいません……社長」


 俺はここで事実を言っても良かったが、それを言うと社長は直ぐに、山本さんに連絡を取るだろう……

 そうなると自体は余計にややこしく成るし、どちらにせよ、俺はここで働き続ける事は出来ないだろう。


「それで、何時帰るのだ?」

「直ぐでは無いのだろ?」


「……今月末です」


「そうか……」

「せめて、今週末までは働いて欲しかったが、山本から『無理はさせないでくれ!』と言われてしまったからな。そうで無ければ働いて貰いたかったが……」


「自分的には大丈夫ですか…」


 出来ればお金を稼ぎたい。今後無事にアルバイト先が見付かるかは不明だからだ。


「なら、お願いしようと言いたいが……山本にバレると五月蠅いからな」


 社長はそう言ってため息をつく。


「青柳君の作業着は、元々中古だったから返して貰わなくても良いが、安全靴だけは君専用の物だから、悪いけど買い取って貰うよ」

「本当は支給だが、君は期間が短すぎる」


「あっ、はい…。それでお願いします」


「代金は今月分のアルバイトから天引きするから。頼むよ」


「分かりました…」


「それで……給料明細は郵送しようか?」


「えっ!?」


「えっ。じゃないだろう!」

「来月の給料日にうちに取りにくれば別だが、態々明細だけ取りに来るのも大変だろう」


「たしかに……」


「君の実家の住所を教えてくれれば、其処に送るから!」


(実家に送って貰っても困るな…。それに俺は、まだこの近くに住むつもりだし)


「社長。大丈夫です。来月取りに来ます!」


「良いのか?」


「はい。大丈夫です!」


「分かった…」


 少し不思議な顔していた社長だが納得してくれた。

 身辺整理と言っても、安全靴を持って帰る位で有る。他の私物は無い。

 社長とお世話に成った専務。安井さん今までのお礼を言って、長居鉄工所を後にする。


(流石……山本さんだな)

(社長も山本さんには言えないか…)


 俺はアパートに戻り、次のアルバイト先を探し始める。

 今の所、山本さんの御陰で格安の家賃だが、今度住む場所はそうでは無いだろう……


 今後の事を考えるとアルバイトでは無く、有る程度の期間は、派遣社員等でしっかり稼いだ方が良いかも知れない。

 しかし、まだ新しく住む所も決まっていなし、引っ越しの準備もしなければ成らない。


 そのため、新しい場所が決まるまでは超短期アルバイトで、生活費を稼ぐしか道は無かった……

 スマートフォンで求人情報を閲覧していると……


(ここに応募してみるか?)


『交通量調査』のアルバイトが目に付いたのでそれに応募する。

 時給も良いが、1日中立ち仕事と成るため大変そうだが、給料は日払いだし、期間も数日間の超短期だから、今の俺には打って付けだった。


(アルバイトの方は、超短期バイトを中心にやっていこう!)


 その後出来た時間は、直ぐに引っ越しが出来るように荷造りを進めていく……


 ……

 …

 ・


 毎夜と言う訳では無いが、鈴音さんは俺の家に来てくれた。

 大抵が、晩ご飯を持って来るだけだが、それでも好きな人に会えるから嬉しかった。

 鈴音さんも嬉しそうに話してくれるので、本当の恋人関係の状態でも有った。


 俺が山本さんに追い出されてからの、鈴音さんの気持ちは、完全に俺に振り向いた様で有って、毎晩の様に電話をするように成った。

 本当は鈴音さんと遊びに行きたいけど、稀子や山本さんの目が有るため厳しい……


 そして…、聞きたくは無かったが、稀子と山本さんの関係はかなり深まったらしく、鈴音さんが山本さんの眼中に、完全に消えているらしい。

 しかし、向かうから別れ話は切り出されて無いので、表面上だけは恋人関係で有った。


 今晩も電話口で鈴音さんの話を聞きながら、鈴音さんを恋人したい気持ちが、日に日に強くなっていった……

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