第20話 稀子の付けたあだ名

 山本さんの見送りも終わり、俺は聞きたい事が有ったので稀子に話し掛ける。


「ねぇ、稀子ちゃん。2つ聞いても良い?」


「良いよ!」

「何を聞きたいの?」


「まずは1つめ」

「山本さん何だけど、普段からあんな格好なの!?」

「お店やっているんだよね?」


「そうだよ!」

「でも、お店の方は山本さんのお母さんがメインだから問題ないよ!」


 そりゃあ、そうだ……

 お店に行って、あんな人がドスを効かせた声で『いらしゃいやせー』とか言って店に出て来たら、お店に来た人は逃げるように退店するだろう。

 それに売っている商品も有機溶剤や、草を精製した怪しい薬、高圧電流が出る携帯道具。3Dプリンタで作った、筒から玉が出るような道具を売っている店と絶対、勘違いされるに決まっている。


(しかし、何の店をやっているのだろう…?)

(気になるが、もう1つの事を先に聞きたいし…)


「なっ、なるほど……。じゃあ、もう1つの質問だけど…」

「稀子ちゃんは、りんちゃんて呼んでいたけど、山本さんは鈴音すずねさんと呼んでいたね?」


「そうだね!」


「普通、あだ名で呼ぶならすずちゃんなのに何で、りんちゃんなの?」


「比叡君!」

「ここでクイズです!」

すずって、鳴らすと、どんな音がするかな?」

「さぁ、答えをどうぞ!!」


 何故か、いきなりクイズにする稀子。


「鈴?」

「チリーン、チリーンかな?」


「ブブーー」

「ハズレ~~」


 わざわざ口でブザーの擬音を出して、稀子はクイズの司会者を演じている。

 稀子はあきれ顔しながら言ってくる。


「それは、自転車のベルの音だよ……。鈴のおと、聞いた事無いの?」

「…はい。チャンスを上げる!」

「答えをどうぞ!」


「じゃあ、リーン、リーン?」


「ピンポン、ピンポン!」

「大正解~~」


「そうだよ!」

「その音だよ!! 分かったでしょ比叡君!」


 稀子は笑顔で言う。


「リーン、リーン鳴るからりんちゃんなの…?」


「そうだよ! どこがおかしい?」

すずはリン、リン鳴るでしょ!」

「だから、すずちゃんと言うより、りんちゃんの方が親しみが有るよね!」


「いや……別に、すずちゃんでも良いような」


 すると、稀子は不満な顔をしながら俺に言ってくる。


「良いんだよ! 私が付けたあだ名なんだから!!」

「それに満更、りんちゃんも嫌な顔しなかったし、喜んでいたよ!!」


「鈴音さんが?」

「あの鈴音さんが!?」

「どうも、信用出来ないな……」


「あ~~、比叡君!」

「私を疑うなら、鈴ちゃんに直接聞いてみたら?」

「面識が出来た訳だし!」


「そこまでは、する必要は無いよ…」

「俺が下手に鈴音さんに連絡を取ったら、山本さんに何されるか分らないから……」

「お互いが納得していれば問題ないよ…。まぁ、俺は鈴音さんと呼ぶけど…」


「比叡君!」

「気に成ったのだけど、何で私は“ちゃん”付けで、鈴ちゃんは“さん”付けなの?」


 今更だが、稀子は自分が“ちゃん”付けで呼ばれているのに疑問を感じたらしい。


「そりゃあ、稀子ちゃんが可愛いからだよ!」


「///」


 稀子は頬を赤める……

 実際、稀子を“ちゃん”づけなのは可愛い事も含めてだが、俺の中では稀子はまだ、子どもだからだ。

 稀子を“さん”付で呼びたいとは思わなかった。


「そっか~。比叡君から見て、私は可愛いんだ…」


 稀子は頬を染めながら俺の事を見つめる。

 そんなに見つめられると恥ずかしいのですが!


「稀子ちゃん。ここに居ても寒いし、家に帰ろうか…?」


「そうだね……おうちに戻ろうか?」

「堂々と、比叡君と一緒に居られる訳だし!」


「あっ……でも、家に帰る前にスーパーに寄らせてね」

「うどんの玉も買いたいし、食材も残り少ないから!」


「昨日のお鍋に、おうどん入れないとね♪」

「あっ……後、おうどんだけでも美味しいけど、溶き玉子を入れて、刻んだおネギも入れると、もっと、美味しく食べられるよ♪」


 稀子はそう言いながら、俺の腕に『キュッ』と稀子の腕を絡ませてくる。


「あっ///」


「比叡君。何、恥ずかしがっているの?」

「可愛い女の子に、腕組まれて恥ずかしいの?」


 頬は染めている稀子だが、顔は喜んでいる。

 本心で行っている行為だろうか?


「いっ、いや……稀子ちゃんが良いなら、それで良いけど…」


 稀子は顔をにやけさせながら言って来る。


「比叡君は女の子と腕組んだ事無いの……?」

「もしかして、私が初めて?」


「うっ…」


 稀子の言葉で、俺は言葉が出なくなるが……


「あっ、無いんだ……。じゃあ、初めてだね比叡君♪」

「嬉しい?」


「うん…」


 このような事例の場合、一般的なら小馬鹿にされる事が殆どだが、稀子はそんな事は言わず、却って『初めてをゲット!』と言っている始末だ。

 この子がまだ男性を知らないのか、本当に俺に好意を持っているのかは微妙だ。

 しかし、これで稀子との距離がぐっと近づいた実感もそこに有った。


 歩くのに腕を組んだままでは歩道を占拠してしまうので、腕を組むのは止めて、2人横並びで歩いてスーパーに向かう。

 スーパーでうどんの玉、ネギや稀子の分を含めた、数日分の食材を買って、稀子と話しながら俺の家に戻る。


 家に戻り、部屋の壁時計を見ると16時を過ぎた位の時間だった。

 正式に許された、稀子と過ごす生活が始まろうとしていた……

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