第9話 山本さん

 話しの切っ掛けを作るため、俺は冷蔵庫からウーロン茶のペットボトルを取り出して、紙コップに2人分のウーロン茶を注いで持っていく。

 稀子は俺が話し掛けるまで気付かなかった……


「はい、稀子ちゃん。ウーロン茶!!」


「あっ……ありがと」


 俺はウーロン茶を一口飲んで、稀子が座って居るソファーの横に座る。

 稀子の顔を見るが、先ほどまでの元気は何処かに行ってしまったようだ。

 2人掛のソファーなので、稀子とは非常に距離が近い。


「先ほどの電話の内容って、聞いても良いかな?」


 今は聞くタイミングでは無いとは思うが、この場で聞いて置くべきだと俺は感じた。

 稀子は、した表情で話し出す。


「……明日帰って来いだって」

「山本さんが車で、駅まで迎えに来てくれるって……」


「そうだろうね…」


 山本さんの電話に、最初から稀子が出れば話は別だが、男の俺が出てしまった。

 りんちゃんも稀子の友達を、女性同士と思った部分が有ったのだろう……? 

 しかし、俺が最初に電話に出てしまったから、親友と言い切っても、相手は絶対に信用はしない。


「本当はね……今から迎えに行くと山本さんは言ったけど、それは流石に断った…」

「もう…、今日は遅いから明日にしてと…」


 俺自身もそれは避けられて良かったと思う。

 山本さんの声の感じからして、がっしりした体型の人だと感じる。俺は喧嘩のたぐいは全く駄目だ。


「せめて、今晩は許してと言ったの!」

「私の大事な友達と言い切ったからね。そうしたら、何とか許しを貰えたの…」


「……」


 これは、どう捉えれば良いのだろう? 

 俺は今、稀子の恋人候補なのだろうか? 

 それとも咄嗟とっさの嘘だろうか?


「だからね、お願い!!」

「比叡君も明日、山本さんに会ってくれないかな?」」


「え~!!」

「どっ、どうして…」


「山本さん、謝りたいんだって。今回の件で、私が迷惑を掛けた事を!」


「俺は、全然迷惑じゃ無いよ///」

「こんな可愛い子と一緒に居られて―――」

「あっ……!」


「えっ!」

「あっ…そうなんだ!」


 しょんぼりの表情から、急に真顔に成る稀子。


「比叡君……やっぱり男なんだ」


「あっ、いや……そうじゃなくて!!」


『しまった!』うっかり墓穴を掘ってしまった。

 この流れとは言えども、考えてから喋るべきだった。

 今の状態では完全に体目当てに成っている。


「……」


 稀子はそこから黙ってしまう。


(あ~~、俺のバカ!!)

(二度と無い機会をこんな簡単に失ってしまうなんて、旧日本海軍のミッドウェー海戦並の愚かさだ!)

(家に連れ込んだ時点で『勝った!』とおごっていた部分が有ったのだ!)

(少しのさちを得たと感じたら、直ぐに叩き落とされるかよ!)

(俺のミスとは言えども、理不尽すぎる!!)


 俺が心の中で後悔をしていると稀子は話し出す。


「……わたしね。比叡君のこと、良いと思っているよ。少しね、山本さんに似ているの…」


「えっ!」

「それはどうも…」


(何が『それはどうも』何だよ。しっかりしろよ!)

(もっと、ロマンチックな言葉を発しろよ!!)


 肝心な時にきちんと対応が出来ない。これが、俺の人生失敗の大半だ。

 たった一言の言葉、動作、行動が出来ないから糞人生に成ってしまった。

 パート先をクビに成ったのも、それが出来なかったからだ。

 理不尽な事を言われても、素直に言う事を聞いていれば、クビにされる事は無かったはずだ!!


「ねぇ…、比叡君。私を抱いてみる?」

「既成事実さえ作れば、私も山本さんを忘れられるかも……」


「えっ…?!」


「……///」


 稀子は『来るなら来て』の表情をしている。

 少し手を伸ばせば、直ぐに稀子の体を触れる。


(俺が男に成るチャンス?)

(でも、これで良いのか?)

(行きずりの行為は正しいのか!?)


「……」


 俺は頭の中で、適切な行動を導き出していた。

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