第8話 おもてなし その2

「お待たせ~、出来たよ~!」


 あれから約10分位で、稀子は鍋を持って来た。テーブルの鍋敷きの上にドンと鍋が置かれる。

 稀子は和やかな笑顔で鍋の蓋を開ける。


「じゃ~ん、常夜風鍋で~す」


「常夜風鍋?」


「んっとね。常夜鍋は、キャベツとほうれん草と豚肉が本来の作り方なの。ほうれん草の代わりに白菜、蒲鉾は合うかなと思って入れた。」

「だから、常夜風鍋」


『にぱぁ』としながら稀子は言う。

 その笑顔は、何処か遠くで見た懐かしい感じがした。

 そして、常夜(風)鍋。俺の中では初めて聞く名前の鍋だ。


 俺は料理にうとい。

 料理のレパートリーだって、親が作る料理がベースだし、新しい料理にも滅多に挑戦しない。そんな中で稀子が作った鍋には目新しさが有った。


 ご飯は炊いていないが、炊いたのを小分けした冷凍ご飯が有るので、それを電子レンジで解凍して、茶碗代わりの丼鉢に盛り付ける。

 稀子が食べ方を説明してくれる。


「食べ方はね、小鉢にポン酢を入れて、鍋からの具材をポン酢に付けて食べて!」


 稀子に言われた通り、小鉢にポン酢を入れて、鍋から箸で豚肉と白菜、キャベツを取って、ポン酢に付けて食べる。


「……しゃぶしゃぶ見たいだね!」


「そうだね! でも、あっさりで美味しいでしょう!」


「うん、たしかに!」


 普段の俺が食べる、油っこい料理と比べれば常夜風鍋はあっさり系でも有る。

 豚肉の余分な脂がスープに溶け出し、その脂がキャベツと白菜に移り、しゃぶしゃぶの野菜類より、野菜の甘みを感じて美味しい。体も温まるし、ポン酢の酸味で食欲が沸いてどんどん食べられそうだ。


「常夜鍋ってね『毎日食べても飽きないから』って言うのが由来らしいよ!」


「へ~、そうなんだ」


 稀子のうんちくも聞きつつ、会話をしながら晩ご飯を楽しむ。

 鍋に一杯に有った……常夜風鍋は、綺麗に具材は無くなりスープだけに成る。


「この残ったおつゆで、うどんとか入れても美味しいよ!」


「じゃあ、明日のお昼はうどん買ってきて入れる?」


「良いね! 美味しそう!!」


 お互い、体もお腹も満足して笑顔に成る。


(初めて会って、まだ数時間しか経っていないのに、本当の彼女の様な気がする)


 稀子は子どもみたいで可愛いし、体型たいけいも好みで有る。でも、この子は彼女では無い。

 1晩から数日間……関わる子でも有る。


(このまま進展させたいけど、手順が考えつかない!)


 俺と稀子の今後の発展を考えながら、俺は小鉢の汁を飲み干した。


 ……


 稀子は一応、お客さんに成る訳だし先にお風呂に入って貰う。

 そして、俺はその間に食器類の洗い物をする。

 洗い物と言っても、鍋以外の料理は作っていないので、洗い物はそんなに多くは無い。


 洗い物が終わり、稀子もお風呂から上がってきたので、俺も風呂に向かおうと思うと、俺のスマートフォンから着信音が鳴る。

 稀子の姿はのパジャマ姿に変わっていた。パジャマも持ってくるとは、かなりの本気度の高い家出だったのだろう。

 スマートフォンの着信表示を見ると知らない電話番号だ。

 もしかして、稀子の関係者? と思って俺は電話に出る。


「……もし、もし」


「ども、山本で~す!」


 声は低いが流暢りゅうちょうに話す人だ。


「えっ、山本さんですか?」


「んっ、君は誰…? 稀子ちゃん居ないの?」


「あっ、稀子ちゃんですか? 少々お待ち下さい…」


 通話状態を消音モードにして、リビングに居る稀子に話し掛ける。


「稀子ちゃん。山本さんって言う人から電話…」


「えっ、何で山本さんが、比叡君の電話に掛けてくるの!?」


 突然の事でびっくりしている稀子。


「さっき、鈴ちゃんで掛けた番号で、掛けて来たんじゃ無いかな?」


「あっ、そうか。比叡君のスマートフォンで、電話掛けたもんね…」


 稀子は俺のスマートフォンを受け取り電話に出る。


「もしもし、稀子です―――」


「あっ、―――」


「はい、ごめんなさい。急な事だったので、―――」


「―――」


「―――」


 盗み聞きは悪いと感じたので、そのまま俺はお風呂に入る事にした。

 お風呂と言っても、今住んでいるアパートの風呂は給湯設備しかない。湯船に浸かりたければお湯を張らなければ成らない。


 その辺の事を稀子に説明するのを忘れていたが、お湯を張った形跡は無い。

 今日は湯船に浸かりたい気分だが、稀子がシャワーだけで済ましているので、俺もシャワーだけで済ます事にする。

 頭と体を洗い、少し長めのシャワーを浴びてからお風呂を出る。寝間着に着替えてリビングに向かう。


 稀子と山本さんの電話は、もう終わっているようで、稀子は上の空でテレビを見ていた。

 俺は先ほどの山本さんからの電話が、良くない内容だったと感じて、稀子に探りを入れてみる事にした。

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