第5話 落としどころ

 この様な状況には成ってしまったが、俺の中では、まだ稀子を泊めるとは決めていない。

 彼女が落ち着いたら、もう少し話を聞きたいので、取り敢えず人目が着きにくい場所に移動する。


 ……


「……落ち着いた?」


「うん、少し…」


「なら、これ飲める?」


「あっ、ココア! うん飲める!!」


 移動しながら、自販機で買ったホットココアを稀子に渡す。

 ココアを受け取った稀子は、直ぐにプルトップを開け飲みはじめる。


『こく、こく、―――』


「ぷはぁ~、落ち着くね~~」


 稀子の状態は大分良く成ってきた感じだ。

 ……今、俺と稀子はバスの待合室にいる。ここの駅から何系統かバスが出ているので待合室もいくつかは有る。

 偶々たまたま、待合客が居ない部屋が目に付いたので、俺と稀子は其所に逃げ込んだ。


 6畳間位のバスの待合室。

上にはニクロム線の電気ヒーターが付いているので、先ほどのコンコースと比べたら遙かに温かい。


「えっと、稀子ちゃん……。もう少し、事情を聞きたいけど良い?」


『ビクッ!』


 ココアの缶を手に持ったまま、稀子は体を急に強ばらせる。


「うっ、うん…」


「稀子ちゃんは、その男の人と付き合っていたの?」


 ここが大事なポイントだ。稀子がその男の人と付き合って居たなら、俺の出る幕では無い。

 そんな状態で、稀子を俺の家に泊めてしまったら弾の打ち合いの始まりだ!!

 男女関係は、ヤ○ザの抗争以上に泥沼化になる!!

 俺が余計な事をしたが起因で、引き金には成っては絶対に成らない!!


「……ちゃんとした、お付き合いはしていない」


「??」


 どう言う事?

『ちゃんとした、お付き合いはしていない』と、たしかに稀子はそう言った。

 なら親友関係の状態?

だけど、稀子は『鈴ちゃんに取られた』と言ったし、訳が分からない。


「んっと、それは取られたには成らないよね」


 すると、稀子は急に目をクワッと見開いて、まくし立てる様に言い出す。


「ちがうよ、比叡君!」

「鈴ちゃんは、私があの人の事、好きなのを知っているのに、鈴ちゃんがあの人に告白されたんだよ!」


「??」

「ごめん、ちょっと状況が……少し纏めるから待って…」


「纏める必要なんてないよ! 鈴ちゃんが断れば良かったんだよ!!」

「そうすれば、私は今まで通り普通に接する事ができた!!」


「あっ…」


 成るほど、そう言う理由か!

 お互いがその男の人が好きで、その男の人が鈴さんに告白して、鈴さんがOKしてしまったから、稀子は逃げ出して来たと……


「もう、あの家には帰りたくても帰れないよ…。私のあの人は、鈴ちゃんの人に成ってしまったから…」


 稀子は目を潤ましながら言う。俺は思わず頭を掻く。どうしようも出来ない状況だ。

 もちろん、この状態で家に帰す事は不可能だし、泊めてあげるのがベストだと思う。


「稀子ちゃんの実家は、ここから遠いの?」


「えっ、実家…!?」


 その言葉の後、稀子は恥ずかしながら言う。


「急いで出てきちゃったから、服と下着と財布しか持ってきて無くて……お財布の中、電子マネー以外に現金殆ど入って無くて……えへ!」


 最後に舌を『ペロッ』と出しながら稀子は言う。


(うぁ、彼女にしたい……本気でしたい!)


「帰れない事もないけど、親にも迷惑掛けたくないし…」


「でも、稀子ちゃん」

「つい、さっき会ったばかりの人の家に、泊まるのは危険では無い?」


 自分でこんな事言うのはあれだが、俺もこの子と1晩過ごして、綺麗な状態で返せる自信は無い。

 逃がしたくはない魚だが、出来ればこの子が、自分の意志で逃げて欲しい。しかし彼女は笑顔で答える。


「ぜん、ぜ~ん、大丈夫だよ!」

「だって、比叡君、優しそうだし……それに、少しあの人に似ているから。だから良いよね!!」


 ここまで理解しているなら、もう何も言う必要は無いと感じた。


「……分かった」

「じゃあ、取り敢えず今晩は家においで。大した持て成しは出来ないけど持て成すよ!」


「やった!」

「やっと、OKしてくれたんだ!!」

「えへへ、やっぱり優しいね比叡君。比叡君なら安心して眠れそうだよ!」


「はは、自信は無いけど…」


 結果として、稀子を家に泊める事にしてしまった。

 今時には居ない、天然? 無防備っ子。

 これから、どうやって持て成すか、部屋は綺麗だったか?

 俺の頭はグルグルと思考が渦巻いていた。

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