第4話 もう1つのお願い

「私ね、ここに2時間も座って居たのに、誰1人声を掛けてくれなかったの!」

「同世代の子なんか指さしながら笑ってくるし…。唯一、声を掛けてくれたのは比叡君だけだったの!」


 自分自身……。彼女が可哀想だと思ったのは事実だし、2時間もあんな寒い所に居たんだから、何か事情は有るのだろう……?

 でも…、“君付け”されるのは、少々引っかかる。


「お金貸してとか? まぁ、貸せない事無いけど…」


 別に深い意味で言った訳では無い。

 赤の他人あかのたにんにお金を貸す事は、貸しても良いがまず絶対に返ってこない。

 だけど、この子なら貸して良いかなと言う気持ちは有った。


「あはは……お金じゃなくて、その…」


 から笑いをしながら何故か、頬を赤らめて話す稀子。


「今晩、泊めて貰えないかな…?」


「はっ……?」


「……」


 頬を染めながらじっと見る稀子。この表情も凄く可愛い!!


「……」


「……」


『プァ~ン! ブロロロ~』


「!!」


 バスの警笛音と走る抜ける音で俺は我に帰る。


(泊めて欲しい!?)

(俺のアパートに!!)

(これは美人局どころか、ヤーさんや、ちょい悪親父の登場か!?)


 実際、本当にあり得そうだから恐い!!


「えっと、稀子ちゃん……ごめん。全然、意味が解らない」


「だから~~、比叡君の家に泊めて欲しんだよ!!」


 稀子は、はっきりと言った『俺の家に泊めて欲しいと』

 俺としても、今まで見た事無い美少女と1夜過ごせるなら『もう、死んだって良い!』と言う状態だ。

 いやらしい事が1つも無くても、1つ屋根の下で、1晩過ごせるなら本望に決まっている……


「えっと、稀子ちゃん…」

「事情聞かせて貰っても良いかな……?」


「あっ、うん。そうだね…。いきなり泊めてと言っても困惑するよね///」

「ごめん、ごめん。結構私、勢いで言ったり、やったりするから!」

「えっとね比叡君。じゃあ事情話すね……」


 稀子の事情が話される事になった。

 どんな事情かは分からないけど、これから大きな変化が起きそうな予感がした。


「あのね……私、家出してきたんだ…」


(やはり……そうなのか。それで途方に暮れていたのか…)

「家出? 両親と喧嘩でもしたの?」


「ううん、両親じゃない。ルームメイト……」


「ルームメイト?」


「あっ、そうか……。知っている訳無いもんね!」

「えっとね、りんちゃんって言う子と一緒に住んでいるの」


「ああ、今流行はやりのシェアハウスってやつ?」


「そう、そう。そんな感じ!」


 理解してくれたのが嬉しいのか、稀子は笑顔になる。


「それで―――」


「稀子ちゃん」

「途中で口挟んでごめんだけど……。その、鈴ちゃんって子。稀子ちゃんの事心配していない?」


「うっ…」


 稀子は、後ろめたい表情をする。


「その…、その後はどうするかは別にして、一度連絡だけでも入れて置いたら?」

「もう、18時近いし、心配していると思うよ?」


「……」


 稀子はうつむいて黙ってしまった。

 どんな理由で家を出たかは、まだ聞いていないが、大事に成るとお互いが無傷では済まない。早めの手だけは打つべきだと感じた……。しばらくして、稀子が顔を見上げながら俺に言う。


「比叡君が泊めてくれるなら、鈴ちゃんに連絡する…」


「……」


(そう来たか…)

(そんなにルームメイトりんちゃんの家に帰りたくないんだ)

(なら、せめて、家出してきた理由だけでも聞いてみよう)


「稀子ちゃん。どうして家出したの?」


「……」


「!!」


 稀子の顔を良く見ると、彼女は涙顔に成っているでは無いか!?


(やっば……琴線きんせんに触れてしまったか!)


「わっ、わたしの好きな人、鈴ちゃんに取られちゃったの!」

「うぐっ……!!」


 稀子は涙を流しながら、しゃくり声でしゃべる。


「うぇっ、だから……帰りたくない!」

「いや、帰れない!! うぁ~ん!!」


 ついに泣き出してしまった稀子。

 駅コンコースのほぼ出口と言っても、この時間帯は通勤客が多い時間帯だ。そんな中で泣かれ出したら、俺は自動的に悪者扱いにされる……いや、もうされている。


 周りを見ると、人々が遠巻きに俺達を見ている。

 サラリーマンや女性は、見ながら通り過ぎて行くだけだが、女子学生達は立ち止まってコソコソと喋っていたり、スマートフォンをこちらに向けている。

 正義感が強そうに見える男子学生なんか、出しゃばって来そうな雰囲気だ。


(これ、やっばいじゃん。本当に大事になる!)


「めっ、稀子ちゃん」

「うん……状況は分かったから、少し歩こうか?」


「えぐっ、えぐっ……それで、ひえいくん」

「とめてくれるの? ひくっ、―――」


(まだ、その事を聞くか、めるこ!)

(もう、子ども見たいにわんわん泣くんじゃない!!)

(取り敢えず、ここから離れよう!!)


「ここは寒いから、移動しよ!」


「とめてくれるんだ……」


「あぁ。泊めてあげるから、こっち来て!」


「ひっく、わかった…」


 遠巻きに見ている人々から逃げる様に、涙顔の稀子と俺は、駅のコンコースから離れた。

 俺は本当にどうしたら良いのだろうか?

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