第十話 焚火

「作戦決行は夜明け前とする。それまでは各自休息をとってくれ。くれぐれも結界の外には出ないように」


そう言うと、王子は野営の奥の方へとジュスティと共に向かって行った。


「君、ちょっといいかな」


路に座って休息していた俺に話しかけたのは、マリアーノだった。

俺を救ってくれた命の恩人。


綺麗な白色の癖っ毛に女性と見間違う程に整った顔立ち。

初対面時とは異なり、優しく儚げな印象を受けた。


して、何用だろうか?


「はい、どうしました…?」


「いやいや、そんな大層な用事じゃないんだ。そんな気構えなくてもいいよ」


割とフランクに話してくれるんだな…


「いやぁ…君、ちょっと変わった匂いがするからさ」


「え!?」


匂い!?臭いって事か!?そりゃこっち来てから風呂入ってないから仕方ないが…というかこっちに風呂の概念はあるのか…?


「失礼、言い方が悪かった。雰囲気、オーラだよオーラ」


「と、いうと…?」


マリアーノはどこか楽しそうに話を続ける。


「いやぁ、君、東洋人じゃん?僕らチェインヴェルト人からすると、君たちってとっても野蛮なんだよね。隣人と毎日殺し合ったり、神職の首を蹴って遊んだりとか…主君を裏切るのとかも当たり前みたいな、そんな、野蛮な人達に見えてる訳…でも君は全然違うね。すっげぇ穏やかなオーラが見える」


東洋人は野蛮。あの妻子や俺を拷問した兵士達も言っていたな…この世界線の東洋人、鎌倉時代で価値観ストップしてるのか…?


「そ、そうですかねぇ!俺達だってちゃんと文化的な生活しますよ!そういうのって、極一部じゃないですかねぇ!?」


適当に誤魔化そうと試みる。


「はは、君を見てるとそう思えるね。こっちに密航してくる東洋人達は皆僕達の姿を見た途端に切りかかって来るからさ…」


やだ…ここの東洋人凶暴すぎ…。


「まぁ、単なる価値観の違いだろうね。彼らは産まれてから死ぬまで血と暴力と裏切りの中で生きるから。きっと話し合う機会があれば、分かり合えると思うんだけどね」


そう言った彼の横顔は、すこし悲しげに見えた。


─────────────────────


野営付近、河川にて。


「…」


目が醒める。

どこだ?ここは。

何故俺はここにいる。


鈍痛が鳴り響く頭を無理矢理動かし、記憶を探る。


脳裏にこびれついていたのは、白髪の男、悍ましい緑炎。

そしてそれに焼かれる自分。


では何故ここにいる?俺は何故生きている。

着ていたボロボロの衣服の胸元を破り開く。


"九十六式魔導反応転移装甲"


そうか。こちらに来る前に中央政府直轄研究機関から歩兵銃と共に支給されたんだったか。

機構も"暗黒化ブラックボックス"、よって原理不明の鎧を装備しなければいけない事が支給当初は不快だったが、命拾いした。こいつが無ければ死んでいた。


身体を起こす。装備のほとんどはボロボロで使い物にならず、小銃拳銃の類は紛失している。

唯一手に持っていたこの可変魔術刀剣のみが生きている。


「"緑炎のマリアーノ"…我が国には三人存在する師団級相当魔術師の1人、先王ガレリアのお気に入りにして腹心、そして…」


「第七王子派の最高戦力」


つまり、第七王子はこの辺りに必ずいる。

側近を出し抜きアルス王子を連れ去って都に凱旋出来たら、多額の褒賞と地位が得られることだろう。


幸いな事に俺は最低行方不明、可能性は低いが、アーダム少尉があの場から無事生還出来ているとしたら俺の死亡報告を王の剣にしていることだろうから、もう軍とは関係なく自由に動ける。


いい加減あのくだらない貴族主義の集団にもウンザリしていた。

第七王子を手土産に俺が実力主義の新しい軍団の長になってやろう…。













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風雲忌憚 〜冴えないアラサーが英雄になるまで〜 山猫芸妓 @AshinaGenichiro

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