■9//拓かれし境目(4)
『……どう、なった……?』
しんと突き刺してくるような冷気を全身に感じる。頬に当たるのは、水滴か。
そこまで考えたところで東郷は、己が列車の外にいるのだということに気付く。
『外ッス……』
聞こえたのは、ヤスの声だ。だが妙に近い、というか耳元で喋っているかのような落ち着かなさがある。
思わず振り向くが、しかしそこにヤスの姿はない。代わりに――地上には、ミニチュア模型のような線路と列車があった。
『……んァ? なんだァ、こりゃァ。列車がめちゃくちゃ小さくなってるぜ』
『いや、違う。これは――』
コイカワとリュウジの声がそれぞれ響いて、そこまでで一同はようやく、自分たちの身に何が起きているかを理解する。
そう、つまり――
『……俺たち、めちゃくちゃでっかくなってる……ッ!?』
地響きのような足踏みをしながら、雷鳴のような大声を轟かせる東郷「たち」。
ちなみにその外見はというと――ひたすらスケールアップしただけの東郷自身の姿であった。
「成功したみたいですね、皆さん……」
頭の中に直接語りかけてくるのは燐の声。その声に、東郷は訊き返す。
『おい、どうなってんだこりゃあよ。聞いてねえぞ、こんなの――』
「皆さんがイメージした『強くて大きなもの』の姿の最大公約数なんですよ。……まさかそれが『でっかくなった東郷さん』だっていうのは、いくらなんでも想定外でしたけど……」
周囲に比較できるものが電車くらいしかないので正確なサイズ感は分からないものの、下手すれば100メートルくらいはあるだろうか。大きいにしても限度というものを知らないのか、この舎弟どもは。
……ちなみに東郷が思い描いていたのは親父殿の姿だったのだが、そこはどうやら微塵も反映されなかったらしかった。
「ともあれ、なかなかの出来栄えです。今の皆さんなら――と、そんなことを話している時間はなさそうですね」
『あん?』
「アレが、皆さんに気付いたみたいです」
そんな彼女の言葉に視線を移すと、地面に穿たれた足跡が、方向を変えて東郷たちの方へと向き直っていた。
「来ますよ、皆さん、戦って下さい!」
『戦えって、どうしろとッ……』
「そりゃあもう、普段通りです!」
ずしん、ずしんと東郷たち目がけて駆けてくる「何か」。
東郷はとっさに手を伸ばして、不可視のそれを両腕で受け止める。瞬間、衝突の衝撃波で地表の雪がぶわっと舞い上がって、電車の架線が大きく揺れていた。
『いつもどおりって、ステゴロ殴り合いッスか!?』
『まあ俺ららしいっちゃらしいけどよォ! もっとこう、武器とかも欲しいよなァ……最近は
『武器――』
リュウジが何か思いついたように呟いたその刹那、巨大化した東郷の右手がぼんやりと淡く輝く。
すると次の瞬間、その右腕が形を変えて――散弾銃の銃身へと変身していた。
『何だこりゃ!?』
「ナイスですよリュウジさん、今のウルトラ東郷さんはあくまで皆さんの想いで構成されている存在――皆さんが思い描けば、武器だって何だって出し放題です!」
『滅茶苦茶な……ってか何だそのウルトラ東郷ってのは!』
「そう呼んだ方がかっこいいでしょう!」
この女、この状況を楽しんでるんじゃないか……? と思わなくもない東郷であったが、ともあれ役に立つ情報であることは確かだ。
取っ組み合っている「何か」を左手で払い除けてわずかに隙間を作ると、そのまま至近距離から右手の銃口を「何か」に押し当てて発射するイメージを思い描く。
刹那、轟音とともに銃口が火を吹いて、不可視の「何か」の体からドス黒い泥が吹き上がった。
『効いてるッス!』
『さすがリュウジさんだぜェ!』
――だがはしゃいでいたのも束の間、次の瞬間、ウルトラ東郷(仕方ないのでこう呼称する)の胴体を漆黒色の何かが貫いて、そのまま持ち上げられてぐるりと大きく投げ飛ばされる。
『ぐおぉッ……』
背中から雪原に叩き落されたウルトラ東郷。その衝撃で地響きが起こる中、燐が悲鳴を上げる。
「大丈夫ですか、東郷さんっ……」
『ああ、何とかな……!』
とはいえ今の一撃はかなりのダメージだった――そう思って傷口を見てみるが、しかしそこで東郷は怪訝な顔をする。
明らかに脇腹あたりを刺し貫かれたはずなのだが、まるで傷跡が残っていないのである。
『この体になった影響ってわけか……?』
「いえ、多分それは……コイカワさんの影響ですね」
『俺ェ!?』
「恐らくはコイカワさんのえげつないレベルの生命力が、超再生力という形で反映されたんでしょう」
『マジか』
『コイカワさんやべーッス……プラナリアみたいッス』
そんなことを言い合っているうち、東郷は体勢を立て直しながら眼前のものを睨み返す。
先ほどまで不可視であった「それ」は、先ほどのダメージの影響かその姿を現していた。
杖を持った、黒い巨人。顔にはぽっかりと穴が開いていて、顔立ちや表情といったものは分からない。
身の丈は今のウルトラ東郷と同程度で、少なくとも質量としての勝負は互角であるように思えた。
であれば、あとは――
『気合と度胸、だな』
再び手の形に戻った右手を力強く左手に打ち付けて、ウルトラ東郷は禍々しい笑みを浮かべる。
その形相に、ほんの僅か――黒い巨人がたじろいだように見えた。
『お前ら、大事なのは気迫だぞ。神だかなんだか知らねえが、ビビれば怯むんだ。なら泣いて謝るまでぶん殴って追い返す……そいつが
そう啖呵を切って拳を構える東郷に、杖を構えて走り寄ってくる黒い巨人。
鋭いその杖の先端が首筋目がけて突き込まれるのを紙一重で避けながら、ウルトラ東郷は左拳をその頭部へ叩き込む。
砲撃の音みたいな轟音とともに巨人の首から上が吹き飛ぶが、それでも構わず巨人は杖を構え直しウルトラ東郷へ第二撃を叩き込もうとする。しかし――
『なんか俺も出したいッス……ええと、ほら、塩バリアー!』
そうヤスが叫んだ途端、虚空から現れたのは白い粉でできたベール状の構造物。それが巨人の杖の先端を阻むと、杖はびくともせずそこで静止した。
『でかした、ヤス!』
東郷の称賛とともに、ウルトラ東郷の剛腕が唸りを上げる。
今度はマトモに腹にストレートを食らって、黒い巨人はたまらずぐらりと体勢を崩した。
それを前にして、東郷はひときわ強く念じる。
己の手の内に、何もかもを叩き斬る強い力の存在を想って――すると光とともに、ウルトラ東郷の右手に巨大な白鞘が現れた。
白鞘を構えて、深く息を吐くウルトラ東郷。
『神サマだかなんだかは知らねえが……悪いがお帰り頂くぜ』
握り直して刃を向け、その口から天地を揺るがす咆哮が響き渡る。
『『『『往生、せいやぁ!』』』』
一閃――まばゆい光が曇天を払い、何もかもを包み込み。
黒い巨人はそれがいた空間ごと両断され、開いた裂け目の中に吸い込まれていく。
数秒か、数十秒か。
巨人の最後の一片までもが消え去ったところで辺りが再びぐらぐらと震え出し、東郷たちは周囲を見回す。
『何だ、こりゃあ』
「アレが冥府へ戻っていったことで、この狭間の空間が消えようとしているんです」
『消えるって――』
言いかけた東郷に、燐は安心させるようにこう続けた。
「ご心配なく。アレが戻っていった反動で、皆さんはちゃんと現世に押し戻されるはずです」
『皆さんはって……かーちゃんは、どうなるッス!?』
ヤスの言葉に、燐は……答えず。辺りからは至る所から光が立ち上り始め、この場が消えて失せることを予感させた。
『かーちゃん、せっかく会えたのにッ、俺ッ……』
涙声でそう叫ぶヤスに、燐は電車の窓から静かに微笑んで。
「 」
最後に何かを告げる口の動きだけが見えて――それきり、世界は光に包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます