■7//ヤクザVSヤクザ(3)

 金堂がいたのは、ホテル2階にある大広間だった。

 宴会場、と案内板に書かれたその広間――ラブホテルとしては珍しい造りだが、どうやら一般向けの宿泊施設として使うことも目論んでいたのかもしれない。

 傷んでぎしぎしと音を立てる鉄扉を開けて中に入ると、そこにはなるほど二十人ほどの月無組組員たちがひしめいていた。


「いやぁ、いいザマでござんすなぁ、東郷さん」


 奥からそう声をかけてきたのは、派手な紫のスーツをまとったパンチパーマの恰幅のいい男――月無組組長、金堂。

 案内の組員に両手を後ろ手で縛られていた東郷を一瞥すると、彼は両手を組んで口を開く。


「びっくりしましたわ、まさか東郷さん、お一人でいらっしゃるとはなぁ。ナメられたもんですわ」


「……すっとぼけないでくれよ、金堂さん。一人でここに来いって連絡よこしてきたのは、あんたの方だろうがよ」


 怒気を隠さずそう返した東郷に、金堂はかすかに眉をひそめて周りに並ぶ組員たちを見る。

 しかし彼らは一様に首を横に振り――それゆえにか、金堂は怪訝そうな顔のまま東郷を見返した。


「妙でござんすね。こっちはおたくから連絡受けたんですよ。このラブホ跡でケリつけようってね」


 それはいよいよ、妙な話だった。人質まで取って東郷を誘い出したのは、彼らのはず。なのに向こうは向こうでここに呼ばれたと、そう言うのだ。


「んだと? バカ言うなよ、こっちはな――」


「まあ、なんでもいいですわ。おたくらがどういうつもりであれ、うちらとしてはしっかりケジメつけてもらわんと気がすまんわけですし」


 東郷の抗弁に言葉を被せてそう言うと、金堂はその目から完全に笑みを消して東郷を睨む。


「うちの若いもん捕まえて闇討ちなんて小汚い真似しておいて、いけしゃあしゃあと知らんぷり。経極組さんのことは任侠としちゃあ信頼してたんですがね――見損ないましたわ」


「……そいつは誤解だって言っても、聞く気はねぇか。頭に血ぃ上らせやがってよ」


 思わず売り言葉に買い言葉してしまう東郷。普段であれば東郷も金堂も、むしろ相手の出方を伺うタイプなのだが――金堂はもちろん、東郷もまた美月を人質に取られたことへの怒りで我を忘れていたのが仇となった。

 すっくと立ち上がると、横にいた組員へと手を差し出す金堂。するとその組員は抱えていた長ドスを彼に手渡す。

 ぎらりと煌めく刀身を晒しながら、金堂は笑みの消えた顔で東郷に告げた。


「さぁて、まずは経極の白虎の首、叩き斬って組長さんのお宅にでも送りつけてやるとしましょうか」


「言ってろよ、極道の面汚しどもが」


 そう呟くと同時、金堂の長ドスが東郷に向かって振り下ろされる。

 東郷はというと身を捩ってその一撃を回避、そのまま横に立っていた組員を回し蹴りで蹴り飛ばし、周囲に空間を作る。


「腕ぇ縛ってるっつっても経極の白虎だ、お前たち、油断してたら食い殺されますよ」


 そう金堂が言うと、周囲の組員たちは手に手にナイフやら金属バットやらを持ち出す。

 周囲を冷静に確認すると、東郷は背後から襲ってきた組員にまずは対応。

ナイフを構えて突き刺そうとしてきたのを回避しながらなんとか両手の拘束が外れないかと力を込めてみるものの、結束バンドでがっちりと結ばれてしまっているせいでさすがに力任せに引きちぎるというわけにもいかない。

ならば――と、再びナイフを振りかぶってきた組員相手に東郷は背を向けて、結束バンドの部分でその刃を受ける。

 すると目論見通り腕の拘束は外れ、自由になった両手でもって東郷は驚いている組員の頭を掴むと壁際に向かってぶん投げた。

 複数人を巻き込んで倒れる組員。その有様を見て金堂もさすがに目を丸くする。


「なんとまぁ、小器用な真似を……あっぱれですわ」


 両手を軽く振った後、周囲を見回しながら構える東郷。腕が使えるようになったとはいえ、状況はそれほど好転したわけではない。

 これがただの半グレならばともかく、今度は武器を持ったヤクザが二十人余。ステゴロでやり合うとなるといささか骨が折れるだろう。

 どうにか埒を開けられないものか――そう思考を巡らせながら、東郷は金堂を睨んで口を開く。


「おい、金堂さん。あんたはこれでいいのかよ。カタギを拉致って相手おびき出してなぶり殺しなんて、任侠の風上にも置けないぜ」


 挑発代わりの言葉であったが、意外にもその言葉を受けて金堂は眉根を寄せる。


「カタギを拉致ぃ? ……何を言い出すかと思えば、ワケのわからんことを」


「写真までご丁寧に送りつけておいてしらばっくれるのかよ。てめぇらだって大概、人のこと言えた身分じゃねえな」


「……写真? なんの写真でござんすか?」


 本気で戸惑いを見せる金堂。その隙に反撃に転じてもよかったのだが、彼の様子から奇妙なものを感じ取って――東郷は携帯を取り出すと、彼に向けて例の写真を見せる。

 それをまじまじと見つめると、金堂は周囲の組員たちを見回した。


「お前ら、このお嬢さんに見覚えは」


 怒気をはらんだ言葉に、揃って首を横に振る組員たち。だがそれはおかしなことだった。彼らが犯人でないとすれば、この写真は一体何だというのか。

 何か嫌なものを感じながら、東郷はやや冷静さを取り戻しつつあった金堂に問いを重ねた。


「なあ、金堂さん。あんたらのとこの組員がうちのに闇討ちに遭ったって言ってたな。その状況、詳しく聞かせちゃくれねえか」


 藪から棒な質問ではあったが、とはいえ彼もまたこの奇妙な違和感に気付きつつあったらしい。少しの間の後落ち着いた口調で口を開いた。


「……昨日の夜のことでしたよ。うちのが夜道歩いてたら急に何人かに襲われたって連絡がありましてねぇ。ひでぇもんで、頭の形が変わっちまうくらいの大怪我でござんすよ」


「それがうちの組員だって証拠は。逃げちまったんだろ」


「代紋のバッジをね、落としていったんでござんすよ」


「じゃあ顔は見てねえんだな」


 確かめるようにそう告げた東郷に、金堂は目を鋭くする。


「そりゃあまるで、誰かがおたくの組を騙った……とでも言いたげじゃあございませんか」


「そう考えたくもなるさ。あんただって、薄々妙だと思ってるんだろ」


 金堂はその言葉に口をつぐむと、小さく肩をすくめてみせた。


「今日、うちの事務所に電話が来たんですよ。名乗りはしませんでしたが――このラブホテル跡で待ってるからケリつけようってぇ話でね」


「俺たちは知らねえな。天地神明と組の代紋に誓ってもいい」


 真っ向から見返して告げた東郷に、金堂は苦笑まじりに頷く。


「おたくほどの御仁が言うなら、そうなんでござんしょう。……それで、おたくの方にはその写真が送りつけられていたと」


「ああ。……そういや、このラブホ跡――あんたらはどうして入れたんだ。昨日の今日で、警官だって詰めてたはずだろ」


 その質問に、金堂は「はて」と首を傾げた。


「警官、でござんすか。うちらが来た時にはだーれもいませんでしたがね。……そういやあテープが張られてましたが、何かあったんで?」


「昨日、殺しがあった。だからホントなら、今日は現場検証の真っ最中のはずだ」


「……ははぁ? そりゃあ――」


 いよいよお互いにその「奇妙さ」を実感して、東郷と金堂が顔を見合わせていたその時のことだった。

 不意に広間の外から悲鳴が上がって、二人は弾かれたように入り口に視線を移す。すると――十数人かの若い男たちが、ゆっくりとした足取りで入ってくるところだった。

 服装はまちまちで、黒ジャージだったり派手な色のスーツだったり、あるいは警官の服を着ているものもいる。だがどれも皆一様に簡素な仮面を被っており、顔は分からない。

 とはいえ……血のついたゴルフクラブやらバットやらを握りしめているその様子からは、少なくとも友好的でないことだけは見て取れた。


「ぉ、あ、ぁ」


 そんなうめき声を上げながら、仮面の連中が一斉にヤクザたちになだれ込んでくる。

 虚を突かれた月無組の組員たちだったが、すぐに彼らも応戦し――しかしすぐ、悲鳴を上げ始めた。


「なんだこいつらっ、痛くねえのかよッ!?」


 バットで殴打されて首があらぬ方向に曲がったまま、しかし何事もないように近付いてくる警官姿の仮面……それを見て東郷は目を見開く。


「あいつら、昨日のと同じ――」


 間違いない。この襲撃者たちは皆、戻丸によって蘇らされた生ける屍だ。

 だとすればあの警官姿の連中もおそらくは、ここに詰めていたはずの警官たちだろう。

 そして――


「……らァっ!」


 接近していた黒ジャージの仮面を殴り返し、その仮面を剥ぎ取ると。

 そこにあったのは――失踪したという経極組の若衆、その一人の顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る