■6//浸透する闇(3)
「おいおい、嘘だろ」
看板の明かりで照らされた、先頭の一人。その顔は……つい数時間ほど前に見たもの。
あの半グレ集団のリーダー、火渡その人であったのだ。
よく見れば服装も先ほどのまま、肩の辺りには黒ずんだ血が付着していて、断ち切られたはずの首の傷跡は――ぐるりと一周するように、ミミズ腫れのようなものが走っている。
目は白目を剥き、肌の色は土気色。見てみれば、他の連中も先ほど宮代に殺された半グレたちで……彼らもまた同じように生気のない顔をしている。
『あァ、あ』
くぐもったうめき声を上げて、東郷目がけて走り出す彼ら。虚を突かれながらもすぐに東郷は応戦すべく構えると、金属バットを振りかぶった一人の顔面を殴りつける。
生きた人間を殴った時よりも脆い感触。顔面の骨が砕け、その拳はそのまま頭蓋まで到達して脳漿をかき混ぜる――
『あ、ぐ、がァ』
びくびくと全身を震わせて動きを止めると、死体じみた半グレはずしゃりと道路に倒れ伏したまま痙攣を続けていた。
東郷としては殺すつもりはなかったが、とはいえもはや後の祭り。いやそもそもこれは殺したことになるのか、だってこいつらは――そんな思考を巡らせる間もなく、さらに半グレたちが襲ってくる。
「このッ」
リュウジが放った蹴りが半グレの一人の腕に当たり、するとそのまま半グレの腕が吹き飛ぶ。
だが断面から血は出ない――どころか腕を喪ったはずの半グレは、まるで気づいてすらいない様子で失われた方の肩を持ち上げて武器を構えるような仕草をした。
「……カシラ、妙ですぜこいつら」
「ああ、俺もそう思っていたところだ」
死んだはずの半グレどもが襲ってくるというのがまずありえないし、腕がなくなっても平然と向かってくる奴も尋常ではない。
何より他の連中も……この手の輩にしては静かすぎた。チンピラのくせに罵声や怒声もなく淡々と、うめき声だけ上げながら襲ってくるというのは異様が過ぎる。
そう思っていると、さらに目を疑うような事態が起こった。
――東郷が先ほど頭を粉砕した一人が、体を痙攣させたままゆっくりと立ち上がったのである。
もちろん頭は肉片になって、道路にこぼしたまま。
「……殺しでしょっぴかれるってことはなさそうですね、カシラ」
「ああ。ありがたい限りだよ、ったく――またこの手の連中が相手か」
言いながら東郷は脳汁に塗れた手袋を軽く振り、別の手で懐から何かを取り出す。
安っぽいプラスチック製の数珠。だが二宮の霊力がこれでもかとばかりに込められた、除霊グッズだ。
それを拳に巻きつけると、東郷は正面の火渡へと突進。反応するより早く、彼の首筋へ数珠つきの拳を叩き込んだ。
びちゃあ、と湿った音とともに、ミミズ腫れのようであった断面が破裂して転がり落ちる火渡の頭。だが先ほどの一人と違ったのは、頭が落ちた後で彼の体全体が真っ白な……灰のようなものになって霧散した点だ。
「こいつはしっかり効くってわけか。リュウジ!」
「ええ」
頷いてリュウジが取り出したのは、半グレどもとの喧嘩でも使っていたブラックジャック。中に詰めた砂にやはり二宮が汗水垂らして込めたむさ苦しい霊力が封入されているため、除霊性能もお墨付きな代物だ。
ブラックジャックで頭部を殴打された一体はそのまま消し飛び、やはり灰に。続けて残りの半グレどもも二人で蹴散らして――数分もしないうちに、辺りにはぶちまけられた灰だけが残っていた。
手に付着していた汁もいつの間にか灰になっていて、東郷はそれを軽く払いながら呟く。
「こいつら……なんだったんだ? なんだって、死んだはずの連中が俺らを襲ってきた?」
「少なくとも、たまたまこの辺りをうろついていたって線はなさそうですね。明らかに俺たちを――うちの事務所を目掛けて、けしかけられた」
リュウジの推測に、東郷は無言で頷いて事務所の入っている雑居ビルを見上げる。事務所のある階に明かりがついているのを確認すると、試しに電話を掛けてみる。
『はい、経極組……じゃなくて、ええと、うちの社名なんでしたっけ、コイカワさん!』
「経極総合株式会社だ。組とか電話口で言ってんじゃねえぞタコ」
『カシラ!? どうしたッスか、わざわざ事務所に電話なんて』
呑気な調子で答えるヤス。どうやらコイカワもいるらしい。少なくとも事務所には何も異変がなさそうなことを確認すると、特に答えずに東郷は通話を切った。
「どうでしたか」
「あいつらは無事みてぇだ」
だが――事務所が割れているとなると、懸念すべきはむしろ他。東郷たちの元に足しげく通ってくれている、美月である。
相手が何者かも、目的も分からない今、彼女に危険が及ばないとも限らない。
これがただのヤクザ同士の抗争とかであれば若衆を遠巻きに護衛にでもつけておけばいいが――相手はどうやらもっとたちの悪いものらしい。
思い当たるのは、そう。
「……宮代、栄斗」
襲撃してきた連中は全員、彼に殺された半グレたち。であれば彼が無関係とも思えない。
少しの思案の末、東郷が連絡をつけたのは宮前燐――強い力を持つ霊能者で何度も東郷たちを救ってくれた、ヤスの母だった。
『はいはーい、もしもし。どうしましたか東郷さん、こんな夜分遅くに』
「ああ、悪い。ちょいとばかし急な用事を頼みたくてな」
『なるほど、また何かロクでもないことに関わっちゃったみたいですねぇ。電話口からでもすでにイヤーな気配が満ちてます。何か汚いものとか触りました?』
相変わらず、見ていたかのような話の早さである。いやあるいは、彼女の場合は本当にすぐ近くで見ていたとしてももはや驚かないが。
ともあれかいつまんでこれまでのことを伝えると、燐はしばらく黙って聞いた後で口を開いた。
『なるほど、それで美月さんの護衛を私にと。さすがは東郷さんですね、餅は餅屋ということをよく理解されている』
「ま、あんたならうちの若衆と違って目立たねえからな」
そもそも、東郷や美月のように「あちら側」と縁ができてしまっている人間でもなければ彼女を認識できないようなので、目立たないどころの騒ぎではないのだが。
『いいでしょう、承りました。ですが――宮代ときましたか。いやはや本当に、縁が妙なところでこじれていますね』
何か含みのある物言いの燐に、東郷は眉根を寄せる。
「どういう意味だ?」
『いえ、宮代というその神主さん……知らない人ではなかったので。彼が殺されて、刀が奪い去られて――しかもまた、井境ときましたか』
電話口ゆえに表情こそ見えないが、珍しく心底嫌そうにそう呟く燐。
そういえば、以前彼女は「井境」という人物のことを調べると言っていたが。
「井境って奴のこと、何か分かったのか?」
だがそんな東郷の問いに対し、燐の答えはいささか歯切れの悪いものだった。
『分かったといえば、分かりました。ですが期待外れかもしれません』
「いいから、教えてくれ」
そう促した東郷に、彼女は数秒の沈黙の後でこう続けた。
『死んでるんです、井境は。それも――20年も昔に』
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