■6//浸透する闇(4)

 井境。井境御堂いさかみどうというのが、燐の告げた呪術師の名だった。

 その名は彼女の言うところの「霊能者間のネットワーク」とやらで要注意人物とされていた名前なのだと言う。


『調べた限りでも、やはり過去に木藤会という暴力団に取り入って、そこで呪術による殺人などを請け負っていたのだとか。それでマークされていたんですね』


 そう語る燐に、東郷はさらに問いを重ねる。


「で、死んだってのは」


『文字通り。彼は20年前、木藤会が全滅した例の屋敷での一件にも関わっていたそうで……あの屋敷で他のヤクザ共々、死体が見つかったとのことです』


「死体が、ねぇ。西行の野郎のこと考えると、胡散臭さしかねぇが」


『まあ、そうなんですが』


 そう苦笑しつつ、さらに燐は続ける。


『ともあれ、我々の方で足取りを掴めているのはそれが最後……逆に言えば、それ以降に井境という人物が表舞台に出てきてはいないのも確かです。とはいえ――警戒しておくに越したことはないでしょうが』


「ああ。……悪いが美月ちゃんのことは、よろしく頼む」


『ええ。この私がついていれば、心配ご無用というものですよ』


 電話口で胸を張っていそうな声音でそう告げると、『ああでも』とそこで彼女は付け加えた。


『美月さんのご心配ばかりでなく、東郷さんたちもしっかりと自衛はして下さいね。すでに襲われているとなると、むしろ相手の狙いは東郷さんたちの方でしょうから』


「向こうから来てくれるってんなら、願ったり叶ったりだがな」


 軽口を返した後、東郷は「ところで」と続けた。


「宮前さん。あんた、今俺らを襲ってきた連中のこと……何か分かるか」


『死んだはずの不良さんが、生気のない顔で襲ってきたんですよね。死体を操るような呪法というのはいくつかありますが――なかなか特定までは。ただ、聞いた限りではその方々は皆、神主の息子さんに刀で斬り殺されたと』


「ああ」


『なら……その刀、何かあるのかもしれません。妖刀と、刀鍛冶の方はそうおっしゃっていたのですよね』


 彼女の指摘に、東郷は「なるほど」と頷いた。


「……確かに、可能性はあるな。そうと決まりゃ、こっちはあの刀についてもう少し調べを進めてみるとしよう。あんたは美月ちゃんのことを、頼む」


『ええ。しっかりと、危険のないようにさせていただきます』


 自信満々で告げた彼女に別れを告げて、東郷は通話を終了する。

 分からないことだらけな状況だが――ひとつだけ、次の目標はできた。

 戻丸。件の刀についてもう一度あの刀鍛冶……浅葱へと問いたださねばならない。


     ■


 そうしてその翌日。

 事務所の留守をヤスとコイカワに任せつつ、早朝から隣県まで車を飛ばして東郷は再び浅葱の鍛冶場を訪れていた。

 事前連絡もなしに来た東郷とリュウジを見て、彼女はわずかに目を丸くしたもののすぐ、肩をすくめて呟く。


「ずいぶんと、せっかちじゃないか。まだ出来たとは言ってないよ」


「ああ、分かってる。……今日来たのはそのことじゃねえ。例の刀――戻丸とかいう刀のことだ」


 そう切り出した東郷を見て、浅葱は眉根を寄せる。


「なにか、手がかりでもあったのかい」


「ああ。宮代ってガキを見つけた。いや、正確には――向こうから俺らに襲いかかってきたって言った方がいいだろうな。ついでにその辺にいた半グレどもを何人か斬り殺してな」


 東郷の言葉を受けて、彼女は何かを察した様子で深い息を吐いた。


「……そうかい。間に合わなかったか」


「その様子だと、あんたは何かしら勘付いていたんだな。……なあ、教えてくれ。あの刀――あんたが妖刀って言ったありゃあ、一体なんなんだ」


 尋ねる東郷に、浅葱はしばしの沈黙を挟んだ後でこう答えた。


「妖刀、戻丸。あれは――殺した相手を蘇らせることができる、呪われた刀なのさ」


「蘇らせる、だと?」


 思わず聞き返した東郷に、頷く浅葱。


「そんな血相変えて来たってことは、あんたは見たんだろう。あの刀で斬り殺された連中がどうなったかを」


「……ああ。生気のねぇツラして、夜道で俺たちに襲ってきたよ。だが待て、それがあの刀の力だってのか?」


「正直あたしも、今回のことを聞くまではまだ信じきれちゃいなかったけどね」


 そう言って再び深いため息を吐き出しつつ、彼女は言葉を続けた。


「20年前。打ち上がったあの刀を確認した後で、神主が言っていたんだ。この刀は生と死の境界を曖昧にし、死んだものを起き上がらせるもの――だから絶対にこの刀の存在を誰かに口外しないでほしいってね」


「生と死の、境界を……」


 斬った相手を生ける屍にする刀。冗談のような話だが、あいにくとそう考えた方が腑に落ちることの方が多い。

 だが――だとすればひとつ、妙なことがある。


「神主も、刀で斬り殺されてたって言ったよな。それなら神主も――連中と同じように起き上がってもおかしくねえんじゃねえのか?」


「そんなこと、あたしに言われてもね。……あたしだって、実際にあの刀の力を目の当たりにしたわけじゃないんだ」


 そうぶっきらぼうに返した後、浅葱は顎に手を当てる。


「……ただ、ひとつだけ実感として言えることはある。あの刀の厄介なところは、それだけじゃない――あれは握った人間をおかしくするんだ」


「おかしく?」


 尋ね返した東郷に、浅葱は静かに頷く。


「昔、あれを打ったときのことだけれどね。あたしはつい、冷やし終わった後の刀の柄を素手で握っちまった――その時に頭の中にね、流れ込んできたのさ。とにかく斬れ、殺せってぇ囁き声がね」


「……握ったら人を斬りたくなる刀、ってわけですか。いかにも『妖刀』らしい」


 呟いたリュウジに、肩をすくめる浅葱。


「あたしはすぐに手放せたから良かったけど、あれをあのまま握ってたらどうなったか。……たぶん、神主のせがれはそういう状態なんだよ。刀に指図されて、人を殺している」


「……刀のせい、ね。どうにも気に入らん言い方だが、まあいいだろう。だいたいの話は分かった。つまるところは相当物騒なもんが野放しになってるってことだろ」


「そういうことになるね」


「なら最初から全部言っといてくれりゃあ良かったものを」


「ヤクザ相手にこんな話をして、悪用されても困るだろう」


「違いねえ」


 失笑をこぼすと、東郷は再びまっすぐに浅葱を見る。


「ちなみに、他に何か言ってないことはないよな」


「失礼なやつだね。あたしの知ってることは、これで全部だよ」


「そうかい。邪魔したな」


 そう言って浅葱に一礼した後、鍛冶場を後にしようとする東郷。とそこで――ちょうど携帯電話に着信が入った。

 誰かと思って見てみると、相手はヤスである。


「なんだヤス。今ぁ取り込み中だ、後に――」


『大変なんス! 大変大変、めっちゃ大変なんスよぉ!』


 言葉の通り大慌てした様子で騒ぐヤスに「うるせぇ!」と一喝。すると多少落ち着いたのか2,3回深呼吸し始めるヤスに、東郷は話を促した。


「で、なんだ。何がそんなに大変なんだ」


『えっとですね、それが……どっから説明したらいいかわかんないんスけど』


「一番重要なとこだけ言え」


 そんな東郷の言葉に、ヤスが返したのは――


『抗争ッス。月無組の連中と、全面的にやり合うことになるかもしんねぇッス』


 ……なるほど、それは確かに大変なことだった。


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<7/9 本話が抜けていたため差し込みました。ご指摘感謝です>

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