■6//浸透する闇(2)
警察署を出た頃には、もはや外は真っ暗だった。
リュウジの迎えの車に乗り込んで、事務所への帰路へ。その道中、運転しながらリュウジが口を開いた。
「カシラ。不在の間に、草壁の奴から一点、妙な連絡が」
「妙な連絡?」
「ええ。例の刀探しの件で」
リュウジの言葉に、東郷はわずかに目を見開いた。
「何か進展があったのか?」
「いえ、それが――進展というよりはむしろ、問題と言ったほうがよさそうで」
含みのあるその言を受けて、眉間にしわを寄せる東郷。リュウジは少し間をおいて、話を続けた。
「うちの若衆を走らせて、聞き込みやらさせていて――草壁がその連絡塔になってくれているんですが。どうも何人か、報告を上げてこない連中がいるみてぇなんです」
「なんだ、サボりか? クソったれどもめ」
毒づく東郷に、しかし「違うんです」とリュウジ。
「草壁もそう考えて個別に連絡をつけようとしたんですが――どうもそいつら全員、まったく連絡がつかなくなっているみてぇでして」
「……まさか行方不明とか言うんじゃねえだろうな」
「……あいにくと、今の段階ではそうです」
「ったく、次から次へと……」
ただでさえあの宮代とかいう神主の息子の件に加えて半グレどもに拳銃を横流ししている井境、行方不明事件と頭の痛くなることばかり立て続けに起こっているのだ。基本的に頭脳労働は門外漢と考えている東郷からしてみれば、たまったものではない。
「まあ、単にバックれている可能性もあります。草壁の方でも、消えた若衆も併せて探してくれるとは言っていました」
「ありがたい話だぜ」
「カシラの方は、不動刑事から何か聞き出せましたか」
リュウジの問いに、首を横に振る東郷。
「全然だな。警察でも、例の行方不明事件にしろ神主殺しにしろ、ついでに半グレどもに銃流してる輩にしろ……何も掴んじゃいなさそうだ。強いて言うなら、半グレどもは他の行方不明事件とは無関係くせぇってことくらいか」
「なるほど……。厄介なもんですね」
「ああ。あの半グレのリーダーが言ってた井境って奴も、今のところの情報と言えばせいぜい過去に木藤会って組に出入りしてたってことくらい――それ以外はまったくの情報ゼロだ。ムカつくぜ、いっそタマでも取りに来てくれた方が分かりやすいくらいだ」
「カシラらしい」
前を向いて運転しているため顔は見えないが、なんとなくリュウジの声音からは苦笑しているような色が漂っていた。
そんな話をしているうちに事務所近くまで到着したため、東郷とリュウジは車を降りる。
すっかり夜も更け、空は暗い。駐車場のある場所は歓楽街の外れであり、辺りにはしみったれた安い居酒屋やスナックが点々とするくらいで人通りも少なく、喧騒に包まれた大通りとは別世界のように陰気臭い。
無人の道を事務所に向けて歩き始めて……そんなときのことだった。
「……カシラ」
「ああ。分かってる」
お互いに頷いて、東郷もリュウジも警戒心を全身にみなぎらせる。
視線を、感じたのだ。東郷たちを見つめる、何者かの視線――それもひとつではなく、無数に。
ドロつき、刺し貫くような敵意と殺意に満ちた眼差し。明らかにそれは尋常なものではなく、それでいて東郷からしてみれば馴染みのある感覚。
「4,5人ってところか」
「ええ。どうします。このまま事務所まで?」
「はっ、お行儀よく家まで見守ってくれるってタイプじゃねぇだろこいつら」
ですね、と肩をすくめつつ、リュウジは声を潜めたまま続ける。
「どっかの組の連中ですかね」
「いや、今のところ鉄砲玉送ってくるような連中はこの辺りにはいねぇはずだ。月無組も、うちとは今のところは不干渉を続けてぇだろうしな」
月無組というのは、かつて経極組と抗争を繰り広げていた暴力団である。
彼らもこの近辺に事務所を構えており、以前には直接東郷が出向いたこともあったが……向こうの組長と話した時にも、少なくとも今、経極組と事を交えようという野心はなさそうであった。
「……なら、あるとすれば半グレの残党からのお礼参りってところか。まあ、何でもいいが」
そう呟いたところで足を止めると、東郷はやおら振り返る。
すると――身を隠すことすらせず、暗がりの中に何人かの人影が立っていた。
手に手にナイフや金属バットを握りしめ、ゆっくりと東郷たちへと近付いてくる彼ら。その歩き方は緩慢で、酔っ払っているようでもある。
その奇妙さに東郷が違和感を覚えていると――彼らの姿が近くのスナック看板の明かりで照らし出される。
それを見て、東郷もリュウジも思わず目を見開いた。
「おいおい、嘘だろ」
看板の明かりで照らされた、先頭の一人。その顔は……つい数時間ほど前に見たもの。
あの半グレ集団のリーダー、火渡その人であったのだ。
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