■6//浸透する闇(1)

「……ったく。ここ最近、妙にお前の顔をよく見る気がするな」


 ラブホテルでの一件があった後の、警察署の取調室。東郷の向かいに座っていた人物――東郷の旧知でもある不動刑事は、呆れたようにため息をついた。


「俺としても、刑事さんの顔なんかそうそう見たくはないんですがね。今回は一応一般市民の義務として、通報せざるを得なかったんですよ」


 腕を組みながらそう言ってのける東郷の前で、不動刑事は落ち着かなそうに机を指で叩き続ける。記録係は退室させており、室内には二人だけ。それゆえにもはやお互い猫を被る必要もなかった。


「半グレの溜まり場になっていた潰れたラブホテルで遺体を発見。しかもその晩には半グレが何人も同じラブホテルで殺されてる。……おい東郷、本当にお前らは何もしてないんだろうな」


「ああ。そのへんのチンピラならともかく、俺らはこんな無駄な殺しはしねぇ。……お前なら、そのあたりの勘所は分かるだろ」


 しばらく睨み合う二人。だがすぐに、折れたのは不動刑事の方だった。


「……ったく。取り調べが俺じゃなきゃ、これで理由つけて捜査令状フダ取ってくるところだぞ」


「ありがたい限りだよ、まったく」


 にやりと笑う東郷を半眼で見つめながら、不動刑事はそこで手元の資料に目を落とす。


「……まあ、お前の言っていることの裏はある程度、現場にいた半グレどもから取れている。4階に遺棄されていた遺体が連中の仕業だってことも――ついでに死んだ半グレどもを殺したのが、お前の言うところの日本刀男だってこともな」


「なんだよ、肩肘張って損したぜ」


 そう言って椅子の背もたれに寄りかかる東郷。そんな彼に舌打ちしながら、不動刑事も腕組みして続ける。


「最近、お前のところの手下が人探しをしてるって話を聞いた。そいつと何か、関係があるのか」


「……ノーコメントと言いたいところだが、こうなっちまった以上はそうも言ってられねぇか」


そう呟いて、東郷はこれまでのあらましをかいつまんで説明する。

 神主殺害事件の関係者らしき息子、宮代の捜索を依頼されていること――妖刀だの井境だのといった胡乱な話は伏せこそすれ、およそ全てを話したところで不動刑事は顎に手を当て「ふむ」と呟いた。


「神主の事件は、向こうの県警から捜査協力の依頼が来ている。だが……その息子がホシだとして、何だって隣の県まで来て半グレなんぞを殺してる?」


「それが分かれば苦労はしねぇよ」


 そう言って頭をかいた後、東郷は「それより」と続ける。


「あの4階の死体の方は、身元は分かったか?」


「お前に教える義理はない――と言いたいところだが、まあいい。どうせその口ぶりだと当たりはつけているんだろう。多分、お前の思っている通りだ」


「例の行方不明事件の被害者――ってことで、いいんだな」


 東郷の言葉に、不動刑事は肯定も否定も返さずただ続ける。


「検死の結果を待たないと完全に断定はできんがな。現場から被害者の所持品らしき物品が発見されている」


「なるほど。……だとすりゃ、残りの被害者も連中が?」


 東郷の問いに、しかし不動刑事は首を横に振る。


「少なくとも、今のところ全員否認している。それにあのホテルから見つかったのは一人分の遺体だけだ――今のところ、なんとも言えん」


「そうか……」


 神妙な顔で東郷が呟くと、不動刑事はイライラした様子で眉間のしわを深くする。


「ちなみに東郷。連中が持っていた拳銃、あれはお前のところのシノギじゃないだろうな」


「違ぇよ。うちはとっくにそういう商売からは手ぇ引いてんだ、あんたも知ってるだろ」


 そう答える東郷に、しかし不動刑事はなかなか信じきれない顔で続ける。


「最近、県内で拳銃所持の検挙率が上がってる。どこかのバカが景気よくばら撒いているんだろう――本当に、お前たちじゃないんだな」


「だから違うっての。……出処については、むしろ俺の方が知りたいくらいだ」


 言いながら、火渡が死ぬ寸前に言っていたことを思い出す。

 木藤会。井境というヤクザから手に入れた――だとすれば、他の拳銃にも、まさか木藤会が絡んでいると言うのか?

 そんな東郷の内心の疑惑には気付かない様子で、不動刑事は小さくため息をついた。


「ったく、キレイなヤクザを気取るなら、せめて自分の縄張りくらいは管理してほしいものだな」


「警察に言われたくはないがな。……ま、努力はするさ。俺らだって自分のシマで好き放題されて黙ってるほどお行儀は良くないんでな」


「だからって、騒ぎは起こすなよ」


「へいへい。……さて、取り調べはこのくらいか?」


 そう東郷が半笑いで返すと、不動刑事はむすっとした顔のまま舌打ちをする。


「お前が仕切るな。まあ、これ以上訊くこともないが」


「ならよかった。じゃあ最後にひとつ」


「あん?」


 怪訝そうに見返す不動刑事に、東郷は軽く右手を上げて言う。


「カツ丼の出前、頼むわ。さすがに腹が減った」


「……ちっ、代金はお前持ちだぞ」


 ――なんだかんだで聞いてくれるのが、この旧知の仲の刑事なのである。

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