■5//ヤクザVS半グレ(2)

「木藤会……それに、井境だと?」


 その名前を聞いて、さすがに東郷も驚きを隠せなかった。

 木藤会――それは以前美月の住んでいた「死霊の館」を所有していたという暴力団。そしてそこに出入りしていたのが、とある呪術師集団の出である井境という人物であった。

 例の呪いのビデオの事件の後、宮前燐――ヤスの母である霊能者がそう語っていたことを思い出しつつ、東郷は火渡に向かってにじり寄る。


「バカ言うなよ。木藤会ってのは、もう20年も前に潰れたはずだ」


「で、でも……確かに井境さんは、そう言って……」


「てめぇはその井境って奴と会ったことがあるのか。そいつはどんな奴だ、男か、女か。知ってることを全部吐け、でねえと――」


 そう東郷が言いかけた、その時であった。

 不意に凄まじい敵意を感じて、東郷は反射的に後ろに跳ぶ。

 刹那――今しがた彼の頭があった場所を、鋭い風切り音が抜ける。

 それが振り抜かれた刀の刃だと分かった時には、すでにもう一撃が振り下ろされるところだった。


「っ――」


 無我夢中で両手を合わせると、運のいいことに白刃取りが決まったらしい。振り下ろした相手はすぐに東郷の手を振りほどいて飛び退ると、壁際で転がっている火渡の側に立った。

 真っ赤なフード付きのパーカーの上に黒い雨合羽を羽織った、奇妙な人物。周囲が暗いのもあって、顔立ちはおよそ見えない。

そして……その手には、刃渡り1メートル以上はあろうか、柄も鍔もない剥き身の日本刀が握られていた。


「今の、避けるのかよ。運がいいなぁまったく」


 その声からするに、どうやら男のようだった。周りで観衆と化していた半グレどもを見るが、彼らもその人物の登場に驚いている様子。となると、彼らの仲間というわけでもないらしい。


「な、なんだ、あんた……」


 その男の異様さに、火渡も何かただならぬものを感じたらしい。怯えた表情で立ち上がろうとする彼に、男は振り向くと――

 そのまま無造作に、刀を振るった。


「んぇ?」


 間抜けな断末魔の声とともに、転がり落ちる火渡の首。

 冗談みたいな量の鮮血が断面から吹き出したところで、ようやく周りの半グレどもも何が起こったか理解したようだった。


「てめぇッ……!」


 彼らにも一応仲間意識というものがあるらしく、数人の半グレが怒りに任せてパーカー男に群がっていく。東郷はというととっさに、


「バカ、やめろ!」


 そう叫んだがその時にはすでに遅く。殴りかかった4,5人ほどはものの数秒でナマス切りににされ、辺りに血の花を咲かせていた。

 突然の事態に、リュウジたちも身動きをとれず固唾を呑むばかり。その場の視線が集まる中――男は刀を構え直して東郷へと目標を移す。

 人並み外れた俊敏さで一気に距離を詰め、袈裟懸けに一閃。転がりながらどうにか回避して、東郷は舌打ちしながら周囲を見回し武器を探す。

 手近にあったのは、転がっていた半グレが持っていた金属バット。再び迫る一撃をそれで受けると、硬質な音が辺りに響いた。

 刀と金属バットで鍔迫り合いを保ちながら、東郷は男に向かって言う。


「てめぇ――その刀、もしかして、宮代栄斗か?」


「……」


 男は答えない。だが東郷とて、答えを期待していたわけでもなかった。

 それに……今の質問でほんのわずかに、刀に動揺が伝わったのが分かる。それだけで、東郷にとっては十分だった。


「っ、らぁ!」


 腕に力を込め、金属バットを押し込む。力負けして身を引いた男に向かって、続く一撃でフルスイングを叩き込もうとする東郷――しかしその一撃はわずかにフードの端をかすめただけで、有効打には至らない。

 だが意味はあった。フードがはらりと落ち、男の顔が顕になったのだ。


「……は、やっぱり大当たりか」


 にやりと笑みを浮かべた東郷。その言葉の通り、フードの下の顔は確かに写真で見たものと同じ――殺された神主の息子、宮代栄斗のものだった。


「なかなかやるね。ヤクザのくせに」


「大口叩けるのは今だけだぜ。なんでてめぇがこんなとこにいるのかは分からねえが……俺らはちょうどてめぇのことを探してたんだ。たっぷりと話を聞かせてもらう」


 宮代が見回すと、東郷の大立ち回りの間に、舎弟たちが周囲を取り囲んでいた。

 皆手には半グレたちの持っていた鉄パイプやらバールやらを握って、臨戦態勢である。


「逃げられると思うなよ」


「逃げるよ。今捕まっちゃうわけにはいかないからね」


 ヤクザ4人に囲まれてなお余裕を崩さずそう告げる宮代――その言葉で東郷は即座に、彼を取り押さえるべく動く。

 他の3人もそれに合わせるように武器を振りかぶって……けれどそのどれもが、宮代を捉えることはできなかった。


「!?」


 彼の振るった一撃で、東郷の握っていた金属バットがまるでソーセージか何かのようにするりと切断され。

 続いたリュウジ、コイカワ、ヤスの持っていた得物も同様――どころかそれに留まらず、返す刀で宮代はそのままヤスを狙う。


「ひっ……!」


 背後からの斬り上げ。しかし幸運だったのは、ヤスがたっぷりと道具の入ったリュックサックを背負っていたことだろう。

 刃はリュックを捉えるに留まり、中から彼の持ってきた大量の除霊アイテムやら塩やらが溢れ出す。


「――っ!?」


 どっさりと塩の粒が溢れ出すリュックを見てさすがに虚を突かれたか。わずかに宮代が動きを止めたのを、東郷は見逃さなかった。

 斬られた金属バットの柄を全力で彼に向かって投擲。するとその一撃がもろに彼の肩を捉え、宮代はくぐもった呻き声を漏らして大きく後ろに跳ぶ。


「ちっ……くそ、次は殺す!」


 それからの宮代の判断は、早かった。

 東郷たちにそれ以上の追撃を加えようとはせずに、そのまま踵を返して出入り口から逃げていってしまったのだ。

 嵐が過ぎ去った後のホテルロビーで、しばらく呆然と沈黙する一同――最初に口を開いたのは、ヤスだった。


「すいませんッス、俺のせいで……」


「いや。あのままやり合ってたら、こっちもタダじゃ済まなかった。……ヤクザの命なんざ投げ捨てるもんだが、捨てるなりの時と場所ってもんがある。今はそうじゃねえ」


 尻もちをついていたヤスをそう言って助け起こした後、東郷は宮代の出ていった玄関と、そして彼によって殺された火渡の死体を見回して肩をすくめる。


「……ったく。何がどうなってやがるんだ、くそ」


 どうやら今回の事件は――いや、今までもそうだったが、やはり一筋縄で済む話ではなさそうだ。

 ともあれ今まず考えるべきは、4階の死体とこの半グレどもの死体。そして現場にいたヤクザ4人……この状況をどう誤解のないように警察に説明するかということだったが。

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