■5//ヤクザVS半グレ(1)
殺気立った様子で周囲を取り囲む半グレたちを見回して、東郷はその顔に笑みを浮かべながら呟いた。
「おーおー、ガキどもがお揃いでどうした? こんな時間に出歩いてたら、お母さんに怒られるんじゃねえか?」
「……んだぁ、てめぇ」
東郷の挑発に、鉄パイプやらバットやら手に手に凶器を握りしめた半グレどもが殺意を膨れ上がらせる。ヤスはというとそりゃもう生きた心地がしないとばかりに青ざめていたが、コイカワ含む他3人は涼しい顔のまま。
「こ、コイカワさん……怖くないッスか??」
「あァ? こんなガキどもどうってことねェだろ」
「コイカワさんを遠くに感じるッス……」
そんな二人の会話をよそに、一触即発のきな臭い空気が漂うホール――しかしその空気を割って、半グレの中から一人の若者が進み出てきた。
どきつい赤に染めた髪と指や腕にジャラジャラとついたシルバーアクセサリーが目を引く、いかにもなチンピラ。だが周りの連中と違い、東郷たちを見て妙に余裕げな笑みを浮かべている。
そんな彼を睨みながら、東郷が先に口を開いた。
「お前が、親玉か?」
東郷の問いに、赤髪はゆるりと頷いてみせる。
「うん。俺はこの『竜宮城』ってチームの頭でね、火渡って言うんだけど――おっさんはさ、何なの? 人にものを訊ねるなら、自己紹介くらいした方がいいんじゃない?」
「ああ、たしかにな。……経極組若頭の、東郷だ。このラブホで女の幽霊が出るってんでな。舎弟と一緒に肝試しに来たのさ」
明らかにウソと分かるその言葉に、火渡はかすかに笑みを歪めながら口を開く。
「経極組って……ヤクザじゃん。ヤクザの若頭が肝試し? 冗談だろ」
「ああ、冗談だよ。ガキ相手にわざわざ本当のこと喋る義理もねえからな」
露骨に挑発していく東郷に、火渡は表情をひくつかせ始める。どうやら最初こそ大物ぶって出てきたものの、堪忍袋の緒は短いらしい。
余裕のなくなってきた火渡に、東郷は腕を組みながら続けた。
「なあお前、ここにたむろしてるなら何か知らねえか? 例えば――4階にあったあの死体のこととか」
その問いが、決定的だった。
周りの半グレどもから殺気が膨れ上がり、そして目の前の火渡もまた、完全に笑みを消して舌打ちをこぼす。
「……あー、何のことかわからないんだけど」
「分からない? それならそれでいいんだ。俺たちは善良な一般市民――じゃねえが、死体見つけたら通報するくらいの常識はあるんでね。これからサツにたれ込もうと思ってたところでよ」
「ふーん、これから。ってことはまだ通報はしてないわけ」
「そうなるな」
頷いた東郷に、火渡は「そっか」と呟いて。
「なら良かった。……おいお前ら、やれ」
彼の短い号令とともに、雪崩のように押し寄せてくる半グレたち。
この展開は当然予想していたことだったので、東郷たちも今さら驚くでもなく――むしろ笑みすら浮かべながら、彼らに向かっていく。
「っは、久々に人間相手の喧嘩だ! お前ら、負けたら後でシバくからな!」
目前の半グレを躊躇なく殴り飛ばしながらそう檄を飛ばす東郷に、舎弟どももまた威勢のいい返事を返す。
「了解です、カシラ」
バットを振りかざす半グレの顎に、ブラックジャックの一撃を叩きつけるリュウジ。
「カシラのお仕置きの方がこえェってんだ、なァヤス!」
「それはそうッス!」
背中や肩を特殊警棒で殴られているのにまるで効いていない様子で周りの3人を殴り飛ばすコイカワ、そしてそんな彼に取り付こうとする半グレを横合いから蹴り飛ばすヤス。
半グレたちも頭数こそ多いものの、背中を合わせながら死角を作らずに戦う東郷たちを相手に実際殴り掛かれる人数は限られる――ゆえに各個撃破され、あっという間に立っている半グレは当初の1/3程度まで減っていた。
「どうしたァ、竜宮城だか龍泉寺城だかしらねェが、大したことねェじゃねえか! どいつもこいつも一発殴られたくらいでノびやがって」
「ボッコボコに殴られて平然としてるコイカワさんの方がおかしい説はあるッスけどね……」
ドヤ顔で鼻息を荒くしているコイカワだが、けっこう半グレどもの攻撃を食らっていたせいもあってあちこちに青あざやらナイフの切り傷やらができていたりする。
それでもノーダメージな彼を見て、残りの半グレどもの顔にありありと怯えが滲んでいた。
そして……さらに彼らに恐怖を植え付けたのは、リュウジと東郷の会話。
「カシラ、一応殺しはしてませんが、これで良かったんでしたっけ」
「ああ。一応半分はカタギみてぇなもんだからな。それにこの人数だと埋めたり沈めたりするにしても面倒だろ」
「確かに」
気絶した半グレの胸ぐらを掴み上げながら平然とそんなことを話す二人に、半グレどもはすでに思い知りつつあった。
彼らの扱う「暴力」の質が、自分たちのそれとは本質的に異なることに。
「ど、どうしましょう、火渡さん……! あいつらヤバいですよ!」
「うるせぇ、数はこっちの方が多いんだ、死ぬ気で取り押さえちまえよ!」
「む、無理ですよぉ……」
すっかり戦意喪失した手下に苛立ちを浮かべる火渡。そんな彼に向かって、東郷はさらに揺さぶりをかけるように言葉を発する。
「なあ、お前。あの死体よ、最近話題になってる行方不明事件の被害者だろ? ……ってことはあの事件、お前らの仕業ってわけか?」
「はっ、違ぇよ! 俺たちがやったのは、あの女だけだ!」
即座にそう抗弁してくる火渡を見て、ヤスとコイカワは半眼でひそひそ囁く。
「あいつ口が軽いッス」
「バカだぜ、あいつ」
とはいえそれは本人の耳に届いてはいないようで、火渡は半ば投げやりな表情でさらに続けた。
「別に、俺らだって殺す気はなかったんだ。ただあのアマ、ヤク打ってマワしてたらいきなりびくびく震えて、泡吹いてぶっ倒れて……」
「……それで殺してねえたぁよく言えたもんだな、おい」
呆れ果てた様子で舌打ちする東郷に、火渡は「うるせぇ!」と喚きながら懐から何かを取り出す。
彼の手に握られていたもの――黒光りする拳銃を見て、東郷たちの表情にわずかな緊張が走った。
「……へ、へへ。形勢逆転だな。ヤクザさんよ」
「ガキのおもちゃにしちゃ、ちょいと危なすぎるな。どこの
堂々とした態度のままそう訊ね返す東郷に青筋を立てながらも、火渡は若干余裕を取り戻したのか上機嫌な様子で続ける。
「教えてやる義理はねぇよ。お前らはここで死ぬんだからな!」
その指が引き金に掛かって、銃口が東郷の額を向き――危険を感じたリュウジよりも先に、動いたのは東郷自身だった。
体を沈み込ませて射線から外れた彼に、とっさに火渡は引き金を引くが当然弾丸は虚空を貫き、後方の壁を浅く穿つのみ。
火渡は慌てて照準を向け直そうとするが、けれどその手付きからするに慣れていないのだろう、彼が狙いを定めるより早く東郷は動いて一気に間合いを詰める。
もともと5メートル程度しかなかった彼我の距離。初撃を外したのは火渡にとっては致命的だった。
すでに東郷の腕が彼の拳銃へと届き、左手でスライドを握りしめる。引き金を引こうとしても動かない拳銃にパニックを起こす火渡、その顔面に東郷の右拳が叩き込まれ――拳銃を手放しながら火渡の体は数メートルほど後ろに飛んだ。
「うげぇっ……」
鼻血をだらだら垂らしながら床に転がる火渡を前に、東郷は拳銃を人のいない方角の床に発砲。残弾を撃ち尽くして放り捨てると、火渡の元へと近付いてその胸ぐらを掴み上げる。
「で、どこであんなもん手に入れた? 親切なおじさんにでも道端で貰ったか?」
「は、ぐぅ……いてぇ、いてぇよ……」
「言わねえともっと痛い目見せるぞ」
その言葉と同時に問答無用で横っ面に拳骨を叩き込む東郷。短い悲鳴を上げる火渡を見て、残っていた半グレどもももはやすっかり抵抗しようという意欲は失せていたようだった。
「俺の質問に答えなかったら、今と同じように一発ずつぶん殴る。分かったな?」
「は、はいっ……」
「よし。じゃあ改めて訊くぜ。
そんな東郷の質問に、もはやすっかり牙を抜かれた様子の火渡は半泣きで答える。
「うっ、うちのチームにはヤクザがバックについてるんだ……! だからっ、俺たちに手ぇ出すってことはヤクザを敵に回す――いでぇっ!」
「余計なことは喋らなくていいんだよ、余計なことは。……んで? どこの組だ。俺らのシマでそんな真似してるクソ野郎どもってのは」
そんな東郷の質問に、火渡が告げたのは――
「き、
……それは、東郷からしてみれば思ってもみない名前であった。
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