■4//ヤクザVS怨霊ノ廃ラブホテル(3)
回転ベッドのある部屋を出て、次にいくつかの部屋を回ったあたりで、一同はすでに若干疲弊しつつあった。
「なんなんスか、ここ……。入る部屋入る部屋、めちゃくちゃ怪現象祭りじゃないッスか」
息を切らせながら呟いたヤスに、コイカワもまた廊下でへたり込みながら頷く。
「鏡張りの部屋ではなんか気味の悪ィ目玉がこっち見てくるしよォ、プールのあった部屋なんか、水ン中にめちゃくちゃ長い髪の毛浮きまくってたぜ……」
この階の並びの3部屋は、こんなひなびたホテルの割に無駄に設備が充実しており――回転ベッドを始め、全面鏡張りの部屋だのプール完備の部屋だのとやたらオプションが豪華であった。
「こんな金の掛け方してたから潰れたんでしょうね」
と珍しくリュウジが毒づいていたが、まあ確かにそうだろう。こんな大して立地もよくないラブホテルでこんな設備を配置していたら、維持費だってバカにならない。
……とまあそれはともかく、ともあれコイカワの言ったような感じで、巡った部屋ではやはり立て続けに心霊現象に見舞われた。
その度にコイカワが溺れかけたりコイカワが鏡の破片で血まみれになったりと色々あったのだが、まあ無事なのでよしとしておく。
ちなみにこの階には全部で5部屋あり、コイカワが言った2部屋のほかは恐らく煙草の火の不始末か何かで焼け焦げていた部屋がひとつと、劣化のせいか天井が崩れていた部屋がひとつ。
そこでは特筆すべき現象はなく、ひとまず東郷たちはこの4階に関しては廻り終えていた。
「どうします。特にこの階には何もなさそうでしたけど、他の階を見に行きますか」
訊ねてくるリュウジに、東郷は「そうだな」と頷いて廊下をぐるっと照らして見渡す。
これ以上ここにいても調べるものもない。そう思ってのことだったが――しかし東郷はそこで怪訝そうに眉をひそめた。
「……なあ、リュウジ。部屋は全部で5つのはずだったよな」
「ええ。最後の部屋が406だったので……ん? いや、でも5つだったはずですが」
他の二人に視線を遣ると、彼らもこくこくと頷く。
「回転ベッド部屋と鏡部屋、プール部屋に焦げてた部屋、崩れてた部屋……そんだけっス、よね」
「あァ……でもだったらなんで最後の部屋、405じゃなかったんだ?」
そんなコイカワの呟きに応えるように、東郷が懐中電灯で廊下の扉を順繰りに示していく。
401から406号室。全部で、扉は6つあった。
そして、東郷たちが調べ終えた部屋はどれも分かりやすいように扉を開け放っていたか、あるいは最初から扉が壊れていたかのどちらか。
そのはずなのに――そこには一部屋だけ、扉の閉ざされた部屋があったのだ。
近付いて部屋番号を確認すると、404。調べた覚えのない番号だ。
「……他の部屋調べ終わったから出たとか、そういうアレっスかね……?」
「ンなゲームみてェな……」
若干怯えながら呟くヤスとコイカワ。リュウジもまた、警戒心に満ちた声で東郷に問う。
「調べますか」
「ああ。……このタイミングで、いきなり部屋が出てきたんだ。どう考えてもなんかあるだろ」
そう言ってすぐに、東郷は躊躇なく404号室の扉を開ける。
鍵はかかっておらず、抵抗なく扉は開いて――その瞬間東郷は顔をしかめた。
暗闇に包まれた部屋の中から、これまでの部屋とは比にならないほどの腐敗臭が溢れ出してきたのだ。
「なんだ、この部屋……?」
鼻をつまみながら懐中電灯で中を照らす。そこはこれまでの部屋とは異なり、ダブルベッドが置かれているだけの一般的なラブホテルの個室。
一見したところはこの臭気の正体は見当たらない。だとすれば――
「……浴室か」
そう呟いて、ずいずいと踏み込んでいく東郷。近付いていくにつれてどんどん濃くなるその臭いに確信を感じながら浴室の扉を開けると――後からついてきていたコイカワとヤスが、揃って悲鳴を上げた。
「……こいつぁ」
リュウジもさすがに眉をひそめている。無理もあるまい、二人で入れるような広めのそのバスタブの中にはビニールシートが敷かれていて――その上に、ぐずぐずに腐敗した人間の遺体が転がっていたのだから。
服は着ていない。髪は長く、体つきからすると恐らくは……女性。
それに気付くと、その場にいた全員が「彼女」が何であるかに気付いたようであった。
「……もしかしなくてもコレが、あの幽霊の――」
「行方不明事件の被害者……だろうな、多分」
青い顔で呟いたヤスに、頷くリュウジ。コイカワもそれに「うひィ……」と小さく悲鳴を上げる。
そんな中、東郷は遺体の様子をつぶさに観察する。腐敗は進んでいるため死因は判然としないが――少なくとも、半グレどものアジトに遺体が放置されている段階でロクな死に方はしていないだろう。
「ひでぇことしやがるッス……」
「ここに死体があるってことはよォ、やったのは――」
「ああ。あの半グレどもってことだろうな」
頷くと、東郷はそこで何かの視線に気付いて背後にある鏡を見る。
薄汚れ、割れたその鏡の中から……あの髪の長い女が、じっと東郷に視線を送っていた。
「……ひょっとして、こいつはコレを、俺たちに見せたかったのか?」
ふとした思いつきで呟いた東郷に、ヤスが首を傾げる。
「どういうことッス?」
「この階を調べ始めてからこっち、妙な現象のオンパレードだ。だが……俺らを殺しにかかろうって類のもんでもなかっただろ」
「確かに……コイカワさんが勝手にプールで溺れかけたり鏡割って血だらけになったりはしてたッスけど、それ以外はただ気味の悪い現象ってくらいだったッス」
「おいてめェ」
何か言いたげなコイカワはさておいて、東郷は話を進めた。
「そもそも、考えてみりゃ変な話だ。こんな変な現象が起こりまくる廃墟を、いくら半グレっつったって根城にするか? ……思うに、この現象は奴らの前では起きていなかったってことかもしれん」
「……あくまで、『ここにいる』ことを誰かに知らせるための怪現象ってことですか」
リュウジの言葉に、東郷は静かに頷く。
「外を歩く通行人からやたら目撃情報が出てたのも、誰かに自分の存在を知らしめるため。そうすれば誰かが自分の死体を見つけるかもしれない――違うか?」
呟いて、鏡を見る東郷。その中でじっと立つ女性は、何も答えはしなかった。
「……ならよォ、カシラ、どうします? サツにさっさと通報しちまいますか」
「ああ、そうだな――」
と、訊ねるコイカワにそう答えかけた、その時だった。
「――おい、てめぇら! そこで何してやがる!」
響いた声は4人のものではない。浴室の外……部屋の入り口からこちらを睨みつけていた、半グレたちのものだった。
人数は3人。彼らは凄まじい形相で東郷たちを見つめると、各々ポケットからぎらつくナイフを取り出す。
「案外、帰ってくるのが早かったな」
「下の見張りが伸びてたから、慌ててここを調べにきたってところでしょうか。だとすれば――カシラの説の答え合わせになりますね」
彼らの手の刃物などまるで見えていないかのように、呑気に言い合う東郷とリュウジ。そんな二人を殺気立った顔で睨みつつ――半グレの一人が飛びかかってきた。
「死ねや、コラぁ!」
だがその突進を止めたのは東郷でもリュウジでもなく、ずいと前に進み出たコイカワだった。
刃物を持つ半グレの手を強引に掴むと、そのままがら空きのみぞおちに膝を叩き込む。
「へん、そんなナヨついた刃物で人が刺せるかってェの」
言いながら、コイカワは気絶した半グレから取り上げたナイフを握ると――にやりと下卑た笑みを浮かべながら残りの半グレどもに視線を向け、そのまま腰だめにナイフを構えて突進した。
「ひっ、ひぃぃ!?」
完全に怯え上がる半グレたち。その一人の懐まで一気に潜り込むと、コイカワはそこで握ったナイフを手放しながら半グレの襟首を掴み、もう一人に向かって投げつける。
「うおぁぁ!?」
悲鳴とともに絡まり合って倒れた二人。彼らが気絶しているのを確認すると、コイカワはすかさずナイフを取り上げて適当にベッドの下に放り込んだ。
そんな彼の手際を眺めながら、ヤスが目をぱちくりさせて呟く。
「コイカワさん、鬼つえぇッス……」
「あいつぁ後先考えねえ
珍しく手放しで東郷が褒めるのを見て、ヤスは改めてコイカワに尊敬の眼差しを送る。
「ただの三下パンチパーマじゃなかったんスね……」
「おい今めちゃくちゃ俺のことバカにしたろヤス!?」
「し、してないッス! 今まで心の中でちょっとバカにしてたけど見直しただけッス!」
「ヤスてめェ」
小競り合いを始めた舎弟二人をすかさず拳骨で黙らせると、東郷は部屋の外に出る。
すると――今の騒ぎを聞きつけたのか、階段側からまた半グレが数人押し寄せてきているところだった。
「結局、正面衝突になりましたね」
肩をすくめるリュウジに、笑う東郷。
「ま、もともと半グレ駆除も頼まれてたんだ。ちょうどいいだろ」
そんな東郷の言葉を合図に、いち早く半グレの群れへと突進していったのはコイカワ。
「おらァ、クソガキども! ぶち殺すぞ!」
「ひ、ひぃぃ!? 血まみれのパンチパーマの幽霊だぁ!?」
鏡の破片で怪我をしたせいで血まみれのままだったコイカワ。そのせいもあって余計見た目のインパクトが増していたらしく、半グレどもは彼のビジュアルだけで浮足立っている。
そこに殴り込むコイカワ、そこに続いて東郷とリュウジが半グレを蹴散らし、後に続いたヤスはなんとなく塩を撒く。
「いて、いててっ! 目にっ、目になんか入っていてぇッ!」
3人の攻撃を受けなかった残党も、塩が直撃して次々と行動不能になっていき――そのままの勢いで東郷たちは一気に一階まで駆け下りていく。
だがそこで、東郷たちはさすがに足を止めざるを得なかった。
広めのロビーには、東郷たちを囲むようにして半グレたちがたっぷり三十人ほど集結していたのだ。
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