■4//ヤクザVS怨霊ノ廃ラブホテル(2)

 一同が4階フロアに立ち入ると、そう広くない廊下の片側に5部屋ほどが並んでいた。

 廊下は経年によるものか――いや、それだけではないだろう。おそらくはあの半グレどもが散らかしたのであろうゴミや煙草の吸殻などがそこらかしこに散乱していて、独特の臭気が籠もっている。


「汚えッス……」


「ずいぶん我が物顔で使ってくれてるみてェだなァ、あいつら」


 ビデオカメラで撮影しながら呆れたように呟くコイカワ。そんな彼らの先を歩きながら、東郷がまず最初の部屋の扉に手をかける。

 鍵はさすがにかかっていないようで、ノブをひねるとあっさりと開いた。

 懐中電灯で中を照らすと、意外にも廊下に比べて中はそれほど荒れていない。

どきついピンク色の壁紙が張られた室内は外観よりも広々としていて、中央にはここがラブホテルであったということを全力で主張するかのように丸いダブルベッドが置かれている。いわゆる回転ベッドというやつだ。


「すげーッス、本当にあるんスね、こういうベッド!」


「お、見ろよヤス、ここまだゴム入ってるぜゴム!」


「中学生かよてめえら」


 警戒心もへったくれもなく室内に踏み入って何やら床頭台を探ったりあちこちを触ったりしてテンションを上げているヤスとコイカワ――そんな二人を見てげんなりしつつ、東郷は周囲を伺う。

 少なくとも、自分たち以外の気配は感じられない。慎重に室内を歩き回り、浴室の戸を開けて中を覗く。

 水垢やら経年の汚れですっかり見る影もないくらいに汚れた浴槽。中には、これまた半グレどもの捨てたゴミだろうか。注射器やらビニール袋やら、妙なものが散らばっている。

 ……どうやら連中、ロクでもないものにも手を出しているのかもしれない。ひとり東郷が舌打ちしていると、その時だった。

 ふと、先ほどまで感じることのなかった「誰か」の視線を感じて、東郷は反射的に顔を上げる。

 浴室内を見回すが、当然それほど広いわけでもなく、隠れ場所もない。

 あるのはせいぜい、壁に貼り付けられた大きな姿見くらいのもの。


「……ちっ」


 神経質になりすぎか。経極の白虎が情けない――そう自嘲しながら舌打ちしていると、そんな東郷の感傷を吹き飛ばすような声が別室から聞こえてきた。


「うおォ、なんだこれ、めちゃくちゃ回ってるんだが!?」


「なんなんス、なんなんスかこれぇ!?」


悲鳴にも似た舎弟たちの声に、浴室を出て東郷が目の当たりにしたのは――高速でぐるぐると回っている回転ベッドと、その上ではしゃいでいるコイカワとヤスの姿だった。


「……おいこら、遊んでんじゃねえぞクソボケ殺すぞ」


「久々に殺すって言われた気がするッス!?」


「っていうか待ってくださいよォ、遊んでるわけじゃァねェんですよォ!」


「あん?」


 眉根を寄せる東郷に、その時無言だったリュウジが頷いてみせた。


「あいつらがベッドの上でじゃれ合ってたら、いきなり回りだしたんです。……当然電源はついてないはずなんですが」


「……マジか」


 やや驚きながら、回り続けるベッドに視線を戻す。なるほど、そもそもの回転速度も明らかに何らかの安全基準をオーバーしていそうな勢いだ。


「うわー! ッス!」


「目が回るゥ!」


 ぎゃいぎゃいと叫ぶ二人。悲鳴は必死そうだが、表情は微妙に楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。


「……あいつら楽しそうだし、放っておいて先行くか」


「そうですね」


「「待ってくださいよぉカシラぁ!?」」


 二人分の抗議の声で、半ば本気で部屋を出かけていた東郷は足を止める。


「……まあ、それは冗談としても。別にお前ら、そもそも勝手に降りりゃいいだろ。回転が早いっつったって降りて怪我するってほどでもねえんだし」


 ひょっとしたら降りた時につんのめって軽く転ぶくらいはあるかもしれないが、せいぜいその程度だ。……しかしそんな東郷の言葉に、首を横に振るヤス。


「いや、そう見えるかもッスけど! 出ようとすると、なんか変な壁みたいなのがあって……」


「あん?」


 怪訝な顔で東郷がベッドに近付いて手を伸ばしてみると――それこそ高速回転する板かなにかにでも触れたような衝撃が指先に伝わって、慌てて出した手を引っ込める。


「……なるほど。こりゃ出られねえな、確かに」


 物理的に壁があるならば分かり易いが、あいにくと目に見える限りでは何もないから物理的手段に訴えようにも取っ掛かりがない。

 いっそ適当に除霊グッズでも放り投げてみるのも手か、と考えていると、その時回転ベッドの上であぐらをかいて何やら思案していたコイカワが口を開いた。


「なァ、ヤス。思いついたんだが」


「なんスかコイカワさん!?」


「これってひょっとしてよォ、◯ッ◯◯しないと出られねェ部屋とかそういう奴なんじゃ……」


「言うに事欠いてまたとんでもないこと言い出したッスね!?」


 苦い顔をするヤスとは対照的に、無駄に真剣な顔のコイカワ。なんなら頬が微妙に赤くなっているのが最高にイヤな感じだった。

 ……というか、さすがにいくらなんでもおかしい。


「まさかアイツ、まーた呪われてるんじゃねえだろうな……」


 そんな東郷の予想をよそに、じりじりとベッド上でヤスに迫っていくコイカワ。

 こんなシーンが続くと本気で読者が離れかねないので、霊現象にしても最悪すぎる。


「おいヤス、そのバカをなんとかしろ」


「なんとかって言われても……」


 ――なんて言っていると、その時だった。

 景気よく回っていた回転ベッドの動きが、みるみるうちに鈍くなり……やがてぴたりと停止して、動かなくなったのだ。

 それと同時、胡乱な顔つきをしていたコイカワも「はっ」と目を見開いて、周りをきょろきょろ見回す。


「なんだ、なんだァ? 俺ァ今まで、何して……」


「コイカワさん、正気に戻ったッスか!?」


「お、おう……。ってかよォ、正気ってなんのことだ?」


「なんでもないッス」


 きっぱりそう言うと、いそいそとベッドの上から降りてくるヤス。先ほどまで内と外とを隔てていた壁もまた、回転が止まったと同時に消えていたらしい。何事もなく彼はベッドの外へ出られていた。


「とりあえず、一件落着か……? にしたってコイカワ、お前本当に何も覚えてねえのか」


「え、えぇ。珍しいベッドがあるンでテンション上がって……それからは、記憶が途切れてて……」


 そう呟いたコイカワを横目に、ヤスが深刻げにぽつりと口を開いた。


「もしかしたら、このホテルにいる怨霊に操られていたッス……?」


 やはりその可能性が一番高いだろう――だが。


「だったらなんで、いきなり元に戻ったんだ?」


 そんなリュウジの突っ込みに、ヤスは再び頭をひねった後でこう答えた。


「あの状態のコイカワさんがちょっとシャレにならないくらい気持ち悪かったから、幽霊も思わずドン引きしたのかもッス」


「おい、何キモいだのドン引きだの言ってやがンだコラ」


「す、すんませんッス~~~!」


 コイカワには悪いが、ひょっとしたらヤスの推測こそが真相なのかもしれなかった。


 ……ついでに。ちょうど彼のビデオカメラにこの一部始終がうまいこと録画されていたので後日見せたところ、ダメージを受けすぎてしばらく事務所に顔を出さなかったことを付記しておく。

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