■4//ヤクザVS怨霊ノ廃ラブホテル(1)

 それから準備を済ませて、例の廃ラブホテル近辺へと再び向かった東郷たち。

 そこで選んだ手はというと――きわめて原始的な手段。張り込みであった。

 何を待っているかと言えば、そう。廃ラブホテルを根城にしている半グレたち……彼らが出かけて手薄になる瞬間である。

 そしてその瞬間は、張り込みを始めてから実に5時間程度。すっかり日も沈んで暗くなった頃にようやく訪れた。


『カシラ、聞こえるッス? 連中、なんか急にぞろぞろ連れ立ってどっか行ったッス!』


 無線によるヤスからの連絡を受けて、車中で待機していた東郷は眉を上げて応答する。


「入り口は、どんなもんだ」


『下っ端っぽい奴が留守番してるのは相変わらずッス。でも今、中から十数人くらい出てったッスから中は手薄だと思うッス』


「よし。……なら、乗り込むぞお前ら」


 そう東郷が告げると、同じく車中にいたリュウジは「はい」と頷いて車から出て。

 もう一人、コイカワはというと爆睡していたところを東郷に軽く小突かれて、「はいィ!」と大慌てで出ていった。

 直接張り込んでいたヤスのいる、ラブホ玄関口近辺の塀の陰――そこで合流すると、ヤスは「はぁ」と深い息を吐く。


「疲れたッス……。交代なし5時間はマジ鬼畜ッス……」


「下っ端なんだからよォ、そういうもんだろうがよ」


「交代前に張り込み終わったからイキイキしてるッス……コイカワさん……」


 恨みがましげにコイカワを見つめるヤスを「偉い偉い」と雑に労いつつ、東郷は改めて皆を見回す。


「準備はできてるな?」


「バッチリッス。除霊グッズも塩もあるッス」


「録画用カメラは俺が持ってますぜェ」


「さすがにチャカ持ってくるわけにはいかねぇんで、武器はこいつだけです」


 そう言ってリュウジが掲げてみせたのは、棒状の黒い革袋。俗にブラックジャックとも呼ばれる、砂入りの棍棒である。

 ちなみに殺傷力は十分すぎるほどにあるので、よい子とカタギは真似しないように。


 準備万端の一同を見て頷くと、東郷は拳を軽く打ち合わせて告げた。


「よし、じゃあ早速――行くとしようか」


 先陣を切って大股で玄関へと近付いていく東郷。ロビーエリアに入り込むと、中のパイプ椅子で間抜けヅラをしていた半グレ二人……ちょうど日中の連中と同じ奴らである――が東郷を見て怪訝な顔をした。


「あぁ? お前、昼間の……」


「なんだ、お前らはお留守番専門か。仲間のシノギには混ぜてもらえねえのか?」


「……喧嘩売ってんのか、おっさん――」


「当然だろ。ンなことも分かんねえのかよ」


 そう言うと同時、立ち上がろうとした正面の若者の胸ぐらを掴んで勢いよくロビーのカウンターに向かって放り投げる東郷。鈍い音とともに、彼は哀れにも白目をむいて気絶する。

 それを見たもう片割れはというと、顔にありありと驚きと恐怖の色を浮かべパイプ椅子を蹴って後ずさる。


「なっ、おい、てめぇ、いいと思ってんのかクソ……! 俺たちはなぁ!」


「うるせぇな。どうでもいいんだよ、ガキどもが」


「んだとぉ、クソっ……ナメてんじゃねえぞコラ!」


 言いながら片割れが取り出したのは、バタフライナイフ。刃を出す手付きのぎこちなさを見るに、使い慣れていないのだろう。

 あまりの不甲斐ない様子を見て心底呆れたというふうにため息をつくと、東郷は大股でナイフを持ったチンピラへと近付いていく。


「てめぇ、く、来るんじゃねえっ……こ、こいつが見えねえのか!」


「おままごとは小学生で卒業しときな」


 一切の迷いもなく無造作にチンピラの握るナイフを払い除けると、そのままその顔面に黒手袋の拳を叩き込む東郷。

 あっさり気絶した彼をそのまま無造作に転がすと、首を振って「行くぞ」と後ろの舎弟たちへ促す。


「……今さらッスけど、刃物とか怖くないんスかね、カシラって……」


「ドス向けられたくらいでビビってたら、カチコミなんてできねえよ」


 ヤスとリュウジのそんなやり取りを特に気にした風もなく、東郷はすたすたとホテルの中へと進んでいく。

 そう広くない廊下の突き当りにある非常階段の扉を開けて、上へ。電灯の明かりなどもなく真っ暗な中を、懐中電灯だけで照らしながら慎重に上がる。

 そのさなか、後ろからビデオカメラで撮影しつつコイカワが呟いた。


「んで、どうするんでェ? 部屋の数そこそこあるみてェですけど、全部見てくんで?」


「いや。そんなことしてたら、半グレどもが戻ってくるかもしれん。……何か手がかりがありゃいいんだがな」


 ……と、東郷がそうぼやいた、まさにその時のことであった。

 東郷たちの頭上の方から、なにやら軋むような音が聞こえてきたのだ。


「……なんだ?」


 怪訝そうに呟きながら、懐中電灯を片手に階段を上がっていく東郷。

 すると4階に差し掛かったところで、彼はそこの扉が不自然に開けっ放しになっているのを発見した。

 きぃ、きぃ、と揺れながら開いている金属扉。その様子はまるで、こちらにおいでと手招きしているようにも見える。


「……順路はこちら、ってか。分かりやすくて結構」


 不敵な笑みを浮かべると、東郷は迷いなく4階へと足を踏み入れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る