■4//幽霊の正体見たり
「……ははぁ。その子が実はめちゃくちゃな怖がりで、その悲鳴を聞いた生徒が、モノホンの怪現象と勘違いしたと」
付き人君の話をひととおり聞き終えたところで東郷がそうまとめると、彼はなんとも言えない面持ちで頷いた。
「単純に言うと、そういうことです……」
彼が言うには、事の顛末はこうである。
もともとこの旧校舎には、廃墟特有の気味の悪さが原因で根も葉もない幽霊話があり――そのためここの生徒の間で定番の肝試しスポットとなっていたのだとか。
で、そこに「悲鳴を上げる幽霊」の噂話が付け加えられたのはつい最近。彼と黒河を含む学生グループがここを肝試しで訪れた時のことだという。
なんでそんなことになったのかはさておき、ともあれそこで怖がりの黒河が大絶叫。
それを外で聞いていた他の学生たちが、「旧校舎の怨霊の叫び声」として流布してしまった――というのが、どうやら真相らしかった。
「……じゃあ、さっきの激ヤバな叫び声も全部その子ッス?」
「遺憾ながら」
「人間の声帯から出るんスね、あんな声……」
ドン引きするヤスに頷く付き人君。ちなみに当の黒河本人は気絶しっぱなしのため何も言わない。大丈夫なのだろうか。
「けどよォ、それならそれでこんな大事になる前に学長サンだかなんだかに言やよかったじゃねェかよ。その子の悲鳴が幽霊の正体だって」
「それが……その、本人の希望で怖がりだってことは周りには秘密にしてるんです」
「なるほど」
それで巡り巡ってこうなってしまった、と。そういうわけだ。
腕を組んで近くの机に腰を据えながら、東郷は小さく息を吐く。
「だとして、俺らにそれを白状したのはどうしてなんだ?」
「それは――その。チカ……黒河のことは伏せた上で、東郷さんたちには『旧校舎に幽霊なんていない』っていう報告をお願いしたいんです。さっきのままだと、幽霊がいるってことになりかねなかったので」
その含みのある物言いに、東郷は怪訝な顔をする。
「幽霊がいちゃ、都合が悪いのか?」
「もしも旧校舎に幽霊が実在する、なんて話になろうものなら、こいつ不登校になりかねないんで……」
「そんなにか」
思わず突っ込む東郷だったが、とはいえ付き人君の表情は真剣そのものだった。
ひととおり合点がいったところで、東郷は立ち上がると「分かった」と頷く。
「なら、そういうことにしておこう」
「ありがとうございます、東郷さん」
折り目正しく頭を下げる付き人君。東郷のような明らかにカタギに見えない相手を前にして、これだけまとまった話ができるのだからなかなか彼も彼で見上げた根性である。
そう思っているとコイカワがなにやら下衆の勘繰りじみた顔をして口を挟んできた。
「なァ、ってことは君、その子のためにわざわざついてきたんだろ? ……ひょっとして、付き合ってんの?」
「まさか。そんなわけないじゃないですか」
即答だった。
「俺みたいなしょうもない奴と付き合ってるなんて勘ぐられたら、黒河に悪いです」
「お、そ、そうか……すまねェ」
妙に自己評価の低さをのぞかせる彼の先行きに若干の不安を感じつつ、東郷は「いい加減にしろ」とコイカワを軽く小突く。
そんな彼らに、今度はリュウジが「あの」と言葉を挟んできた。
「大体の話は分かったんですが……だとしたら、こいつは一体、なんなんで?」
そう言って彼が指さしたのは、黒板に貼られていた無数の御札の数々である。
完全に忘れかけていたが、そういえばそんなものもあった。付き人君に視線を送ると、彼も若干困惑を浮かべながら首を横に振る。
「すいません、これについては全然知らないです。肝試しに行ったって奴らからも、こんなものがあるなんて話は聞いてないですし……」
「ってことは、わりと最近になって貼られたのか」
それにしては分量が多い。これだけの枚数を貼るとなると、一人ではずいぶん時間も労力も掛かるだろう。
単純なイタズラや思いつきで、そこまでのことをするものだろうか。
「……どうするよ」
「いっそ剥がしてみますかァ?」
「それはやめろ」
「じゃあ塩でもかけてみるッス? 持ってきてるッス」
そう言ってリュックサックから塩の袋を取り出したヤスを、ぎょっとした顔で見る付き人君。まあいきなりリュックから塩を出してくる奴がいたら驚くな……と、東郷はいまさらながら再認識していた。
「よし、とりあえずやってみろ」
「ッス!」
そう言ってヤスが意気揚々と塩をひとつかみしたところ、いきなり気絶していた黒河が――絶叫を上げた。
「うわっス!?」
「チカ!?」
突然のことに驚いたのは、付き人君も同じだったらしい。彼は「黒河」と呼び直すのも忘れて腕の中の黒河を見て――そこで動揺したような表情を見せる。
「チカ、どうした、チカ?」
彼のただならぬ雰囲気に黒河の方を注視すると……彼女は白目をむいて、大絶叫を続けていた。
……ただ怖がって叫んでいるというにはあまりにも鬼気迫るその様子。東郷は嫌な予感を覚えてヤスに向かって叫ぶ。
「おいヤス、この子に塩撒け!」
「えぇ!? い、いいんスか!? 分かったッス!」
そう言ってヤスが戸惑いながらも手に握った塩を黒河に向かってぶち撒けたその瞬間――彼女の全身がびくんと弓のように反って、同時に辺りに暴風が吹き荒れる。
東郷とリュウジだけは踏みとどまれたが、他の面々は吹き飛ばされて机や壁に激突していた。
「おいおい、何だってんだこりゃあ」
呟きながら東郷は、ゆっくりと立ち上がった黒河を見つめる。端正な顔立ちはそのままに、しかし浮かんでいる表情はどこか……彼女であって彼女でないような雰囲気を漂わせていた。
「おいおい、また取り憑かれた系かよォ?」
「どうするッス、カシラぁ!?」
戸惑う舎弟どもを前に、東郷もまた手をこまねかざるを得ない。
「くそ、取り憑かれてるのがコイカワなら前みてぇにぶん殴って追い出せるんだが」
「……前みたいに? え、カシラァ、それどういう」
コイカワの声は一切無視して黒河……いや、黒河の体を借りた何者かを睨んでいると、やがて「彼女」はその唇を小さく動かした。
『…………い』
「あん?」
『……こ、わい。何、この人たち……! せっかく相性のいい体があったから封印をすり抜けて移ったのに、ヤクザに囲まれてるなんてどういうこと……!?』
東郷たちをきょろきょろと見回しながら白目をむいたままそう喚く「彼女」。その振る舞いに東郷が、
「おい、何なんだてめぇ」
と声をかけようとすると、その時である。
『いやぁああぁぁあぁぁあぁあぁああぁあぁぁあ!!!! ころされるウゥゥぅぅ!!??』
黒河本人のものには及ばないものの大絶叫をかましながら「彼女」は泣き喚き、それと同時、黒河の体からなにかぼんやりとした光のようなものが飛び出したかと思うと、黒板に貼られた御札たちの中に溶け込んでゆく。
その瞬間、吹き荒れていた風はとんと止み――黒河本人も、糸の切れた人形みたいにかくんと崩れ落ちる。
それを素早く付き人君が支えたところで、彼女は再び目を覚ましたようだった。
「……あれ、たっくん……? ここはどこ、私は誰……?」
「混乱しすぎだ。……大丈夫かチカ、なんか今――」
そこまで言いかけたところで口を閉ざす付き人君に、黒河は首を傾げる。
「どうしたの、たっくん? 一体何があったの? ……まさか、幽霊が出たとか……!?」
東郷たちがいるのにも構わず、その顔がさっと青ざめる。それを見て取って、付き人君はぶんぶんと首を横に振った。
「…………いや、何もなかった。幽霊もいなかった。ですよね、東郷さん」
「あ、ああ……」
とりあえず頷くと、黒河は安心したようにほうと息を吐いた。
「そ、そうだったんだ……よかった。幽霊なんかいたら、もう学校に来られなく――あ、いいえ、そんなことはないですけど」
そこでやっと東郷たちの存在を思い出したのか取り繕い始める黒河。すると隣のヤスが、
「いや、今思いっきりゆうれ……」
無神経に言いかけたところをリュウジのレバーブローが襲う。
うずくまって動けなくなったヤスを体で隠しつつ、東郷はうんうんと頷きながら声を上げた。
「この噂の教室まで来て、何も起きなかった。だから幽霊の噂なんてのはデマだったと、そういうことだ――というわけでさっさと帰るぞ、お二人さんも」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます