■5//ひとつ屋根の下で暮らす完璧清楚委員長の秘密を知っているのは彼だけでいい。

 それから、事の顛末については結局「何もなかった」で押し通すことで東郷たちは報告を終え、帰路についていた。

 学園長の方も正直なところそんな厄介事を抱え込みたくもなかったようで、東郷たちの報告を聞くと深く追及することもなく、あっさりと納得してくれていた。

 ただ――一点だけ、腑に落ちないことが残ってしまった。というのも。


「……結局あの御札のことは、わからずじまいでしたね」


 運転しながら呟いたリュウジに、東郷はため息交じりに頷く。


「ああ。学園長に訊いてみてもさっぱりだったしな」


 そう、例の教室に貼られていた無数の御札――あれの正体だけが、結局のところ何の情報もないままに終わってしまったのだ。

 学園長がお祓いでも頼んだのかと思ったが、それとなく訊ねてもそういった様子はなく。

 となると、やはり単なるイタズラか――


「イタズラ、ってェ感じじゃなさそうだったよなァ。実際何かしら『いた』わけだし」


「ッスねー。まあカシラの顔見てビビって退散してたッスから、大人しく封印されてそうッスけど」


 そんなことを言っているのは東郷の隣にいるヤスと、助手席のコイカワ。東郷が無言で殺気を放つと、二人とも小さな悲鳴を上げて口をつぐんだ。

 とはいえまあ、二人の言う通りでもある。

 黒河の悲鳴以外にもあそこには――なにやら霊のようなものがいて。

 そしてそいつは、実際にあの御札によってあそこに封じられていた。

 どうやら黒河が憑依体質だったようで、そのせいで一時的に抜け出せてしまったようではあるが……学園長にも立入禁止の強化をするようには伝えておいたから、今後は多分誰かが近づいて憑依されるという心配もないだろう。

 それに――今まで相対してきた手合と比べて、あそこにいた何かからは大した敵意は感じられなかった。

東郷たちヤクザを見て逃げ出す程度の幽霊だ、万一誰かが訪れてしまったとしても、せいぜい多少のイタズラで済むのではないだろうか。


「……つっても、気にはなるがな」


 誰にともなくそうぼやくと、東郷はふと思い立って携帯電話を取り出した。


「リュウジ、すまん。ちょっと電話だ」


「うす」


 そう言って掛けた先は――履歴に残っていたヤスの母、宮前燐の番号だった。

 名刺からはきれいさっぱり番号が消え失せていたし、掛かるかどうか怪しいが。

 こういうことを訊くなら、もはや彼女くらいしかいないだろう。

 半ば無駄骨覚悟で電話を掛けてみると……意外にも数コールで、あっさりと繋がった。


『はいはーい、なんでもサクッと解決しちゃうデウス・エクス・マキナこと、ヤスの母です』


「なんだそりゃ」


『おや、そのお声は東郷さん。お久しぶりです』


 以前、いかにも思わせぶりな別れ方をしたわりにはずいぶんと何事もなかったように接してくる。まあ今回はその方が話が早いため、特に突っ込まずに東郷は話を続けることにした。


「あー、ちょいとあんたに訊きたいことがあってな」


『訊きたいこと、ですか……。旦那さんとの馴れ初めとかですか? それならスマホの電池が切れるまでたっぷりお話しできますが』


「そういうのは別にいい。実はだな――」


 かくかくしかじか。

 今日の出来事をひととおり説明したところで、彼女はすぐに『なるほど』と呟いた。


『それはアレですねー。封印の感じからすると、私の昔のお知り合いかもしれません』


「知り合い?」


『同業者です。ちょうどその辺りの神社で神主をしておられる方でしてね、その手の封印の術とかが得意で……よく頼まれもしないのに心霊スポットに出向いていっては、妙な事件が起こらないよう悪いものを封じたりしていました』


「そりゃあずいぶんとお人好しな……」


『今はご夫婦で除霊とかお祓いとかをやられているって風のうわさで聞きましたね。高校生になる息子さんもいらっしゃるそうですから、将来が楽しみです』


「はぁ……。まあいいや、あんたがそう言うんなら多分それで間違いないんだろう。……助かった」


『お役に立てたなら何よりです。ではではまた次のエピソードでお会いしましょう』


 そう言って通話を終了する宮前。……次のエピソードってなんだ。今日はいつにも増して発言が混沌としていたような気がする。

 頭が痛くなってくるのを感じて眉間にシワを寄せていると、舎弟二人が再び沈黙に耐えきれなくなった様子でどうでもいい話を始めた。


「にしても、あの子可愛かったッスねー。悲鳴めちゃめちゃエグかったッスけど」


「だなァ。おっぱいもデカかったしよォ。美月ちゃんほどじゃねェけど」


「おいコイカワ、お前がそういうこと言ってると本当にシャレになんねえからな?」


 顔が顔だけに犯罪度が増すのだ。一応釘を刺しておくと、「わかってますってェ」と軽い返事が返ってきた。


「彼氏とかいンのかな、やっぱ」


「えー、でも見るからに清楚って感じだったッス。俺はいない説を推すッス」


「分かんねえぜェ。ああいう子が案外よ、もうすでにしっぽりと色々……って、お」


 また下らないことをのたまっていたところで、不意にコイカワが言葉を止めた。


「どうしたッス?」


「おいヤス、見ろよ。噂をすればアレ、あの子じゃねェか?」


 そう言って窓の外、彼が指さした先――そこには歩道を歩いている黒河の姿があった。

 東郷たちが旧校舎を出たところで別れたので、ちょうど帰り道と重なったのか。そう思って東郷もつい彼女を目で追っていると……彼女は、一人ではなかった。

 あの付き人君、彼も一緒の帰り道を歩いていたのである。


「おい、アレってよォ、さっきの……やっぱり付き合ってたんだ、あいつら!」


「いや多分帰り道が一緒だっただけッスよ! コイカワさん意外と純情ッスね!?」


 なんて言っていたところでしかし、ほどなくしてヤスの表情も固まった。

 なんだなんだ、と思って東郷も再び彼の視線を追って――そこで東郷もまた、目に飛び込んできた光景を思わず二度見する。

 というのも……


「あいつら、今、同じ家に入っていったか?」


 ……そう。住宅街に入っていった彼女と彼――二人は神社の隣にある一軒家の扉を開けて、二人そろって入っていったのだ。


「あれって……同棲って、やつッス?」


「どう、せい……高校生で、同棲だとォ……?」


「マジか……」


 絶句する東郷、震えるヤス、真っ白になって固まるコイカワ、無言でハンドルを握るリュウジ。

 ヤスとコイカワ二人の口から……やがて絞り出すような呟きが、こぼれ落ちた。


「「最近の高校生、コワ……」」


 少なくともそれに関しては、東郷も珍しく同意見だった。

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