■7//霊能者・二宮雲海VS呪いの部屋(1)
ひとまず夜までの間は二宮は応接室で過ごさせておくこととして、数時間後。
そろそろ日も暮れて暗くなってきた頃合いに、二宮とともに東郷たちは二階の事務所を訪れていた。
昼間も暗かったが、夜となるといよいよ電灯なしでは真っ暗だ。というか、電灯を点けてもやはり微妙に薄暗い。
そんな中――東郷は隣で渋面になっている二宮を見て口を開いた。
「さて、雲海先生。霊能者として、この事務所の見立てはどんなもんだ?」
その問いかけに、彼は「ぬぐ」と呻きながら髭を撫でつけて、しばしの沈黙の後で大きく頷く。
「こ、こうして立ち入っただけでも、凄まじい邪気が溢れかえっているようだ。ここはアレだな、間違いなく過去に黒髪に白ワンピースの女性とかがイロイロあって自殺とかしたかあるいは他殺されたかしたに違いないと思うぞ、うん」
「なるほど。コイカワ、どうだった?」
そう東郷が話を振ると、コイカワは首を横に振る。
「少なくとも、女が死んだって話はねェです」
「ぬうっ!」
顔色を青くする二宮を無視して、東郷は小さく肩をすくめると、
「ま、実際に心霊現象が起こってみないと分からねえよな。そうだろ、先生?」
「……う、うむ。その通りである」
東郷に気圧されながら頷く二宮。そんな彼より先に東郷は事務所に入ると、我が物顔でオフィスチェアのひとつに座って顎をしゃくる。
「さあ、先生もどうぞお掛けになってくださいよ」
促されてしぶしぶ座る二宮。ヤスとコイカワは、録画のために部屋の隅にふたつビデオカメラを配置した後、画面確認用のノートパソコンとともに二宮の両脇を固めるように座る。
すっかり逃げ出せない配置になり、落ち着かなそうにそわそわとする二宮――向かい側のデスクで、東郷は腕を組んだままじっと沈黙する。
誰も、何も喋らない。音を立てているのは壁掛け時計が秒針を刻む音だけ。
その沈黙にいよいよ耐えられなくなったのか、二宮は立ち上がると東郷に向かって口を開いた。
「み、ミスターヤクザ。全然何も起こらないことだし、そろそろ撤収でもいいのではないかね」
「馬鹿言え。まだ5分くらいしか経ってねえだろ」
「ぬぐ」
唸る二宮を一瞥しつつ、東郷はヤスへと向き直ると口元に冷ややかな笑みを浮かべる。
「どうやら先生は緊張してらっしゃるようだ。ヤス、雑談でもしてやれ」
「了解ッス」
頷くと、ヤスは「ええと」とノートパソコンで資料を開いて読み上げた。
「二宮雲海。本名は二宮まさし、48歳独身。もともとは売れない芸人だったのが、動画配信で心霊モノをやるようになって徐々に右肩上がりになったらしいッス」
「な、何故ワタシのことをッ!?」
「ネット上でまとめられてたッス。過去に何度か炎上した時に、個人情報色々特定されてたみたいッスよ」
「なんと……」
どうやら本人には自覚がなかったようで、信じられないといった顔でわなわなと手を震わせていた。
「最初はただ心霊スポットに突撃したりしてただけだったみたいッスけど、だんだんグッズを売り出したりし始めて……過去の炎上もそれが原因みたいッスね。売るだけ売ってトンズラこいたってことで大揉めに揉めたらしいッス」
「よく警察沙汰になってねェな、それ」
呆れたようにぼやくコイカワに、ヤスは頷くと、
「それが……相手方が毎回、揉めてる最中にぱたっといなくなっちゃうみたいなんスよ。SNSとかからも姿を消して、それで結局自然鎮火するみたいッス」
そんな彼の言葉で、二宮に疑惑の目を向ける東郷とコイカワ。すると二宮はぶんぶんと首を横に振って、慌てた様子で否定してみせた。
「違う! ワタシは断じて何もやっていないぞ! た、確かにワタシを疑ったり、金払いが悪くなったりしたクライアントからは手を引いてはいるが……」
「最低ッス」
「やっぱり詐欺師じゃねェか」
「ぐ、ぐう……! だがワタシは決して、クライアントに危害を加えたりはしていないぞ! むしろこちらから連絡しても、勝手に向こうが音信不通になるだけで……」
「音信不通、ねぇ」
二宮の必死の言葉に、東郷は顎に手を当て考える。少なくともこの男は――いい加減な人間であることは間違いなさそうだが、一方で嘘はついていない。
この業界で悪党どもと渡り合ってきた東郷の嗅覚が、確かにそう告げていた。
だが……だとしたら、何が起きている? なぜ彼を糾弾したクライアントたちは、音信不通になって消え失せた?
そう考えを巡らせていた……その時だった。
かたん、と。最初に聞こえたのはそんな物音。
一同が一斉に音のしたほうを見ると――壁の鋲に掛かっていたカレンダーが、床に落ちていた。
だが妙だ。別に地震があったわけでもなければ、窓も開いていない無風の状態。壁の鋲が抜けたわけでもなく……カレンダーが落ちる理由がない。
一同が戸惑っていると、さらに立て続けに――今度は戸棚の中のダルマが、軽い音を立てて床に落ちた。
「……カシラ、こりゃァ……」
「ああ。始まったのかもな」
「は、始まったって、何がッ」
真っ青になって叫ぶ二宮に、東郷は腕を組んだまま静かに告げる。
「そりゃあ――お待ちかねの、心霊現象ってやつさ」
瞬間。かちかちかち、と事務所内の電灯が明滅し始めて。瞬く闇の中、東郷は窓の方に気配を感じて視線を向ける。
そこには、何もいない。
だが――何もいないはずなのに、窓はひとりでに、ゆっくりと開こうとしていた。
二宮はと言うとただその状況に完全に怖気づいた様子で、椅子から転げ落ちてわなわなと震え出す。
「なっ、何を見ているんだ、ミスターヤクザ!?」
「さてな。俺にも分からん。分からんが……何かが来る」
東郷とて、霊感の類はないと自認している。だが彼の場合は、もっと根源的な本能によって「それ」の存在を感知していたのだ。
東郷の様子を見て、ヤスとコイカワもまた手元に開いていたノートパソコンの画面を見る。
室内に設置したカメラと同期されている画面――そこには、肉眼とは異なるものが映し出されていた。
……開いた窓の隙間。そこから事務所に入り込んでくる、異質な黒い影の姿が。
「「ひぇえぇえぇぇええぇぇぇ!??」」
画面を見て同時に叫び出したのは、二宮とコイカワ。一方でヤスはと言うと、今まで散々この手の経験をしてきたからか「うわぁ」と顔をしかめつつも淡白な反応である。
「カシラ、どうするッス?」
震えているオッサン二人をよそに、東郷へと視線を向けて伺うヤス。そんな彼に、東郷は座ったまま微動だにせず、二宮を半眼で見つめて呟いた。
「慌てんな。こっちには大霊能者、雲海先生がいらっしゃるんだからよ」
「なぁッ!?」
いきなり名指しされて肩を跳ね上げる二宮。するとどうしたことだろうか、映像の中……そこに映る黒い人型の影、その頭らしき部分が二宮の方を向いたように見える。
いや、見えるだけではない。室内への侵入を果たした「それ」は、窓から一番近い東郷を無視して一歩一歩、二宮の方へと近づき始めたのだ。
「うげェ、こっち来る!」
ビビり上がりながら飛び退るコイカワ。矢面に立たされた二宮は、画面と自分の正面とを見比べて……涙目になりながら、持参したアタッシュケースを開ける。
中に入っていたのは定規だとかセロハンテープだとか、明らかに百均で買ってきたような安っぽい道具に「除霊」と書かれた代物。お手製の除霊グッズであろうそれらを取り出して、二宮はやけっぱちとばかりに、
「っひッ……あ、悪霊よ、立ち去りなさい!!」
それらを勢いよく、影のいるであろう方向へと放り投げたその時だ。
映像の中の影が、投げられた除霊グッズに手を伸ばして――その手に触れた瞬間、除霊グッズは吸い込まれるようにしてふっと消え失せたのだ。
「なぁっ!?」
驚く二宮。東郷も、その予想外の光景に眉根を寄せて……すると皆が見守る中、なにもない空間で奇妙なことが起こり始めた。
かちかち、かちかちと点いたり消えたりを繰り返す電灯。その明滅のさなかで、徐々にそこに「影」が浮かび上がってきたのだ。
「なんという……」
呆然と呟く二宮。ヤスたちも、そして東郷にも、先ほどまではカメラでしか確認できなかったはずのその「影」が見えていた。
……否、それだけではない。その「影」は先ほどまでよりも大きさを増し、同時に放つ敵意も、先ほどまでとは比にならないほどに増しつつあった。
「……なんだ、こりゃ。どうなってやがる」
思わず呟く東郷。先ほどまで実体を持たなかった「何か」が、あの除霊グッズを吸収した途端に肉眼で見えるようになり、それに合わせてその気配、その存在の密度を色濃くした――
それが意味するところを測りかねているうちに、実体となった「影」は再び頭を二宮へと向けると、ゆっくりと彼に向かって歩み寄ってゆく。
やはりそうだ。この「影」はなぜだか分からないが、二宮のことを狙っている。
それを理解すると同時、東郷は舌打ちしながら「影」へと殴りかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます